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番外編

神の子作り2

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 総司郎曰く「生命の元」が育っている最中だというガラスのシャーレは数日間、物置部屋の中に置かれていた。
 直射日光に当たらず、高温多湿を避けられる部屋としてもあの部屋は優秀らしい。
 冷蔵庫に入れる必要がない菓子のような扱いにちょっと笑ってしまったが、実際地球に生命が誕生した経緯も、奇跡と偶然の産物だったとする可能性が高いらしい。
 生命の創造も、偶然に頼るくらいがちょうどいいのかもしれない。

 毎日のように総司郎を急かしては「まだダメ」と言われていた、シャーレの中の生育状況。一日一回総司郎が物置部屋に入るのを見送って、俺はリビングでそわそわしながら待っていた。
 すぐに戻ってきた総司郎はいつもと違い、手にシャーレを持っていた。

「もしかして!」
「んー、たぶん大丈夫。続きの作業をしよう」
「やったー! 俺、もう名前考えてあるんだよ」
「待って、まだ気が早い」

 飛び上がって喜んだが、すぐさま総司郎に窘められてしまった。
 許可を得て覗き込んだ器の中は、俺の目ではなにも捉えることができない。どうも生命誕生の初期段階、胚ができた程度の状態のようだ。

「普段はもうちょっと放っておくんだけど、今回は特定の機能を持つ個体を作るということで……この胚に海くんの力を馴染ませる作業を加えます」
「へぇ。具体的には?」
「はいこれ」

 手渡されたのは、曇りガラスで作られた立方体だった。
 上部が開くように作られているがそれ以外に継ぎ目はなく、俺の頭くらいの大きさで、それなりに重い。

「シャーレの蓋を開けてここに入れます。中の胚は勝手に育つから、ここに海くんの力を注ぐ」
「力を注ぐって、具体的にはどうするんだ?」
「枕元に置いて寝る、かな」

 曇りガラスの箱についていた説明書をめくっていた創造神は、意外にもお手軽なことを言い出した。

「それだけ?」
「うん。これ本来は創造神の直属の神使を作るためのやり方なんだけど、寝ている間に放出される力の波動から慣らしていくのが丁度いいらしいよ」

 説明書を渡され、該当部分を読む。
 そこには「きみだけの神の遣い・天使を作ろう!」というポップなフォントの煽りが入っていたが、神であれば創造神でも破壊神でもやり方は同じだと注釈が小さく書かれている。
 それにしてもキットの名前といい、説明書の内容といい、よほど緊張感のないふざけた奴がこれらのセットを作っているようだ。

 それからしばらくは毎日、俺は創造神のベッドで寝起きすることになった。
 俺のベッドにはガラスの箱を置くことができるスペースがなく、創造神のベッドにはヘッドボードに小さな棚もついているから良いだろうということだった。
 恋人同士、ヤりたい盛り(片方のみ)の二人が同衾していたら、そりゃあもう夜は大騒ぎだったが……四回に一回は拒否した。俺の体が持たない。

 そして生命創造に着手してから、一ヶ月後。

「うん、完成。一回で出来上がったのは良かった」
「…………これが?」

 俺の手のひらの上には、小ぶりな籠に収まったガラスの球……のようなものが載っていた。
 籠のほうは物置に放置してあった、以前はお菓子かなにかが入っていたと思われる既成品だ。内側にタオルを敷き詰めて、嵌まり込むように真円のガラス玉が鎮座している。

「これは『生命核』というもので、このまま地上に放つことで受肉して、生物の形になる。外殻が硬いのは珍しいけど、これで完成」
「そ、そうなのか。俺はてっきり人間の赤ん坊みたいなのが作られるのかと思ってた……」
「この次元で俺が肉体まで作っちゃうと、地上に下ろせない存在になるからね。作りかけくらいが丁度いいらしいよ」
「なるほど」

 ガラス球は重さもあまりなく、当然動くこともないが、ほのかに光を放っていた。
 しばらくはベッドの横に置いておいただけだったガラスケース。
 数日前から俺は、総司郎の監修のもと、力を分け与えるという作業工程を踏んでいた。

 持ち上げたケースは少し重くなっていたが、開けてはいけないと言われ、ガラス越しに煙を浸透させるようなイメージで胚に力を注ぐ作業が一日三時間ほどあった。
 この破壊の力で、今後この子は生きていくことになるはずだ。
 それがたった数日間の作業だけで足りるのか不安だったが、総司郎曰く「育てば自分で力を生み出したり効率よく循環させられるようになる」とのことだったので、我が子の可能性を信じることにする。

 今は、いわば卵とも言える存在。
 こんなものを地上に下ろしたら、地表に当たって割れるか、他の動物や人間に踏み潰されて壊れてしまう気がするのだが、本当にそれでいいのだろうか。

「実は俺もそれを懸念してた。俺達が生命創造するときってだいたい他に生物いないから、外敵から身を守るっていう観点はないと思うんだ」
「そうだよなぁ。どうしようか……」
「というわけで、海くん。これ持って事務所行ってきて」
「事務所?」

 総司郎が自ら事務所へ向かうよう俺に指示をするのは、はじめてのことではないだろうか。
 俺が初めてこの世界に赴任したときも、かなり催促しないと事務所の場所すら教えてくれなかった、あの筋金入りの事務員さん嫌いが。珍しいこともあるものだ。

「この程度の大きさのものなら、四阿に空いてる穴から落とせると思う……あの眼鏡野郎の炎には、次元間の影響を最小限にする力があるから。俺としては癪だけど、あいつに頼んだほうが確実だ」

 なるほど、嫌いな相手ではあるが能力は認めているということか。
 とても苦いものを口に入れてしまったときの顔をしている総司郎に笑いがこみ上げたが、ここで笑おうものなら臍を曲げることは目に見えてる。
 俺は努めて真剣な顔をして頷いた。

「わかった、事務員さんに頼んでみるよ」
「俺は行きたくないから海くん一人で行ってね。寄り道しないで帰ってきて」
「はいはい」

 最近習慣となりつつあるいってきますのハグとキスをして、俺は籠を両手に持って事務所へ向かった。




「ほぉお……これを創造神さんと一緒に作ったのですか?」
「そうです。このまま地上に下ろせばいいらしいので、事務員さんに手伝ってもらいたくて」
「いいですよ。雲海に穴を開けるのでなければそんなに手間はありませんし。その前に写真撮っていいですか?」
「あ、どうぞ」

 事務机の引き出しから薄型のデジカメを持ってきて、事務員さんがいくつか写真を撮る。
 特に深く考えずに、創造神と話し合いだけしてこれ創っちゃったけど、もしかして本部に相談したほうがいいものだっただろうか。

「事後報告でいいんじゃないですか? 本来創造神というものは本部の命令を聞く必要のない存在ですし。この生命は地上の安定化のために遣わすんでしょう?」
「そうです。俺の代わりに細かいケアをしてもらいたいと思って」
「そういうことなら平気でしょう。その代わりしっかりした報告書を作って、文句をつけさせなければいいんです。やれますか?」
「がんばります!」

 写真を撮り終わった事務員さんは、今度はメジャーと量りを持ってきた。
 ガラス玉に触れないように直径を測ったり、俺が球を持ち上げて重さを確認する。

「下ろすものの大きさや重さがわかっていれば、より安全に輸送できるんです。郵便物と同じですね」
「な、なるほど……」
「それと、どこに下ろすか、誰かに育成を任せるならそのための方法ですね……なにか考えはありますか?」
「あ、ではこれを」

 そのことについては既に検討してあった。
 人間の赤子の姿をしていないという点はちょっと予想外ではあったが、これが俺の遣わせたものだと判れば、あいつならなんとかしてくれるだろう。
 予め地上の座標を調べておいた数値のメモと、添えるための手紙を事務員さんに手渡す。

「あぁ、破壊神さんを拾い上げたところの近くですね。ここなら大丈夫です。この手紙も一緒に下ろせばいいんですね?」
「お願いします」
「わかりました。ではさっそく行きましょうか」

 事務員さんが立ち上がり、俺も後に続く。
 両手にすっぽりと収まってしまうガラス球は、改めて見ても自分の子供のような存在だとは思えなかったが……受肉した姿を見れば、感じるものもあるかもしれない。
 なめらかな表面を指の背で撫でると、ほのかに揺らめく光が少しだけ強くなったような気がした。

 四阿にぽっかりと開いている穴はずっと閲覧専用だと思っていたが、その気になれば物質のやり取りはできるものらしい。
 ちなみに俺を引っ張り上げる時に開けたという雲海の大穴は、今はどこに開いていたのかも分からないほど綺麗に塞がった。塞ぐまでの間は土嚢が積んであったそうで、雲海に土嚢が敷き詰められていた光景を想像すると笑える。

「そうだ。ちょっと下準備していいですか?」
「えぇ、どうぞ。こちらも準備しておきますね」

 彼は言っていた。
 空から黒い光が射すときは俺の力の合図であり、その光は周囲では自分にしか見えていないようであったと。
 ここから俺の力を流せば、地上には黒い光となって顕現する。
 その後に目的のものを下ろせば、あいつならきっと気付いて、落ちたものを見に来てくれるはずだ。
 俺はそうっと雲海の切れ目に指先を突っ込んで、力を流し込んだ。
 なにもしないで力だけ放出してもどうなるかわからないので、空気中の有害物質を少しだけ除去するイメージで。この力が光となって降り注いでいればいいのだが、確かめるすべはない。

「もういいのですか?」
「……たぶん。あとはお願いします」
「承りました」

 事務員さんはしっかりと頷き、ガラス球を籠に入れたまま、籠と布の間に挟むように手紙を添えて、雲海の穴にそっと置いた。
 事務員さんの両手から黒い炎が現れる。
 地上で見たものと同じだが、今出ているものはかなり出力抑えめだった。
 籠がやんわりと炎に包まれ、ゆっくりと雲の下へ落ちていく。

「達者で暮らせよ……」

 こういうときに告げるべき言葉が思いつかなくて、俺は昔見た時代劇みたいな台詞を言ってしまった。
 あとで事務員さんに少し笑われた。
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