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番外編

神の子作り

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 不慮の事故から地上勤務が始まり、その後職場へ復帰して、一ヶ月が経った。
 俺は今、同僚兼恋人の創造神───総司郎と二人三脚で、毎日神として仕事をこなしている。

 当初は家に監禁されたり、毎日のように体を求められて足腰立たなくなったりと色々あったが、さすがに近頃は恋人の不安症も収まってきたらしく、異常なほど纏わりつかれたり抱き潰されたりすることはなくなった。
 だからだろうか、少し油断があったのかもしれない。
 就業時間真っ最中にベッドに押し倒されたのは、そんな日々の出来事だった。



 早くも呼吸を奪い尽くすような深い口付けを受けながら、シャツのボタンをすべて外されそうになって、俺は渾身の力で藻掻いて総司郎を引き剥がした。

「なに、どうしたの海くん」
「どうしたのじゃねえ! お前こそどうした、いきなり盛ってきやがって……!」
「だってさっきのって、お誘いでしょ? 『子作りしよう♡』って」
「そんなこと言ってないし語尾にハートなんか付けてねぇ!!」

 納得できていなさそうな顔で、とりあえず退いた総司郎を押しのけてベッドから降りる。
 シャツのボタンは4つも外されていた。手が早い。

「まぁ待て。俺も言葉が足りなかった。イチから説明する」
「聞きましょう」

 発端は俺の現在のメイン業務、地上活動報告のレポート作成だった。
 俺が地上で移動した距離というのは、星単位で言えば糸くず以下だし見て回るのが目的ですらないし、詳細に報告書を作ったところでどうなんだ、とは思っていたのだが……本部はそうは考えていなかったらしく。
 地上の自然、植生、大気の状態から人間の文明、魔法の詳細、造形や骨格から言語、果ては印象、雰囲気なんていう主観でしかないような項目まで細かく挙げて、全て網羅したレポートを提出するようにと言い出した。
 報告書を書くために視察に行ったのならともかく、生きるのに必死だった日々を細かく思い出しながら描写するのは想像以上に困難だった。
 大学時代の卒論ですらここまで悩んでのたうち回ることなんてなかったぞというほど俺は苦しみ抜いて、毎日用紙と格闘しているのだが。
 その時ふっと思いついたんだ。

「魔王作れるんじゃね? ってことを!」
「?」

 拳を握りしめて興奮する俺とは対照的に、総司郎はピンと来ていないようだった。
 仕方ない、男心がわからない総司郎に説明してやろう。

 男なら必ず一度は憧れる、勇者もしくは魔王。
 光の力で悪をばったばったと斬り倒す勇者になりたいと思う時期があると同時に、優れた知能と悪魔の大群を率いるカリスマ、魔王に心惹かれる男子がいるのは明確な事実だ。
 俺も最初は勇者になりたい男の子だったが、年齢とともに魔王への憧憬を強めていった。
 具体的には、闇の魔法で学校や会社を粉砕したいと考えていたわけだが。

「前に言ってたろ。俺の破壊の力を内包した人間を作れるかもしれないって」
「あぁ、子作りの話ね」
「違う! それって俺の分身が作れるってことだろう!」
「ん~……そうとも言う」
「そうとしか言えないだろ!」

 何でもかんでもエロ方面に持っていこうとする総司郎のことは放っておこう。

 普段、雲海から遥か下の地上を眺めながら破壊に勤しんでいるときには気づかなかった、細かな地形の隆起や自然現象の不備。
 それらの粗が、実際に地上を歩いてみて、そりゃあもうたくさん目に付いた。
 しかし全部いちいち修正していられるほどお気楽な旅ではなかったから、後ろ髪引かれる思いで放置した場所は数知れない。

 加えて、セドリックの木こり小屋の近くにあった毒沼。
 あの底に沈んでいた、得体の知れない厨二病的物質───暗黒物質、ルビを振るならダークマター ───のことが今でも気になっているのだ。
 あれはどう見ても人間の手には負えない存在だった。
 それがあんな、すぐ人の手の届く場所にあるのは問題だと感じる。

「そこで俺の分身を地上に下ろして、細かい破壊をしてもらったり、暗黒物質の管理もしくは破壊を担当してもらえばいいかなと」
「なるほど」
「そもそも現地住民の目線で世界運営に携わる存在が今までいなかったことの方が疑問なんだよな。こういう黎明期の人類って、一人くらいは神の代弁者がいるはずだろ」
「それを俺達の子供にやらせようってわけね」
「俺の! 分身! 子供じゃない!」

 ふざけたことを抜かす割に、総司郎は何か真剣に考えてくれているようだ。
 物質および生命の創造には総司郎の力が不可欠だ。
 彼が否と言えば聞き届けられない。

「わかった。魔王、作ってみよう」

 どきどきしつつ返事を待っていた俺には拍子抜けなほど、総司郎はあっさりと頷いた。



 眠りのたびにぽろぽろと零すように大災害を生み出し、指先一つで錆釘から一軒家まで自在に創り出してしまう創造神の力。
 破壊神生活の長い俺だが、創造神が生命を作り出すところは、実はまだ見たことがなかった。
 破壊神の派遣というのは、ある程度創造神が世界の基盤を整え終わってから始まる。破壊神が来る頃には一通りの生命が発生した後で、以降は生物の進化になりゆきを任せるため創造神自らが手を下すことは滅多にない。

「ほら、これ」

 だから総司郎が、物置部屋から子供の知育菓子みたいなセットを持ってきたときは目を疑った。

「……なにこれ」
「『本部謹製 生命創造キット』だよ」
「…………なにそれ」

 この家の廊下の奥には、三畳ほどの小さな部屋がある。
 俺が来たときからそこは物置部屋で、薄っすら埃の積もった箱やら紙束やらが無造作に積まれているだけだった。
 以前あの部屋はそのままでいいのかと総司郎に聞いた時、処分の仕方がわからない物が多いから現状維持だと言われて、俺も軽くハタキを掛ける以外に立ち入ることはない部屋だ。
 どうやらあの部屋にはこの謎のキットのような、本部から送られてきた「世界創造に役立つグッズ」が大量に仕舞い込まれているらしい。

 総司郎が紙箱の蓋を取ると、中には白く不透明なプラスチックのケースが入っていた。手のひらから少しはみ出るくらいの小ささで、本当にただのプラスチックに見える。
 ケースを開けると、なにやら色のついた液体が入った小さな小瓶がプチプチに包まれていくつか入っていた。いわゆる気泡緩衝材というやつだ。この世界でプチプチを見ることになろうとは。
 瓶の横にはプラスチック製のヘラが二本。
 使い捨てのスポイトが箱の横にいくつか纏められている。
 それらを退けると、ケース自体が作業パレットのように使える構造になっているらしい。
 紙箱の底に取扱説明書が入っていたが、総司郎はそれを開く気はないようだ。

「これ使うの何億年ぶりかなぁ」
「まぁそうだろうな……この子供の理科実験キットみたいなやつで、本当に創れるのか?」
「うん。でも今回はちょっと特殊だから、失敗するかもしれない。そうなったら何回か手伝ってもらうかも」
「俺は何したらいいんだ?」

 総司郎は慣れた手付きでプチプチから小瓶を取り出し、パレットに中身を出している。
 さらさらの液体かと思われた瓶の中身は意外なことにドロッとしていて、総司郎は完全に目分量でそれらをヘラで混ぜ合わせていた。

「えぇと……まずはこのキットで、肉体の元になるものを作る。完成する直前に、海くんの力を注いでもらうけど……それまでは静観かな。ふつうの作り方と変わらないよ」

 ふつうの作り方、というものからして俺は知らないのだが、一応頷いておく。
 作業が終わったのか、混ぜられて色の変わった液体をスポイトで採った総司郎は、同じく物置小屋に放置されていたガラスのシャーレにそれをポタリと落として蓋をした。

「これで数日待ちます」
「えっ? これだけ?」
「最初はね。結構お手軽なんだよ、生命創造って」
「そうだったのか……」

 こちらからお願いしたことだし、難しい手順があったら悪いかなと思っていた手前、簡単すぎて拍子抜けしてしまう。
 まるっきり理科の実験を見ていただけだった俺は、感心すればいいのか呆れればいいのか分からなかった。
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