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本編
33.出張終了報告
しおりを挟む窓から差し込む明るい光を瞼に感じて目を開ける。
いつものように上体を起こして、体の上に乗っていたものがずり落ちたのを感じた。寝癖の髪を掻きながら大欠伸をひとつして、横を見る。
そこには俺と同じく裸の男がすやすやと寝息を立てていた。
さっき滑り落ちたのは彼の腕だ。
「……」
ふわふわの髪を撫でて手触りを楽しむ。
そのまま指先を滑らせて、少し鋭いラインを見せる頬を辿った。
昨日は焦燥を滲ませていた瞳は、今は閉じられているが、昔と変わらない寝顔に似つかわしい自信に満ち溢れた双眸が秘められているに違いない。
ベッドを降りる動作が腰に響いた。
もう若くもない、丈夫な体でもないのに、求められることが嬉しくて無理な姿勢も受け入れたし、何時間繋がっていたのかも定かではない。
どちらかといえば淡白な俺と違ってこいつは、絶倫気味だ。
週末か連休前でなければ絶対に夜の誘いには応じなかったことを思い出す。
二人で寝ることを想定していたとしか思えないサイズのベッドをなるべくゆっくりと下りて、俺は自室に帰った。
(あれから何時間経ったかわからないが……まずは地上の動向把握だな)
せめてもの抵抗にとタートルネックのTシャツの上からワイシャツを着込む。
どうせ首元の痕跡は隠しきれないだろうが……気にせず丸出しにできるほど俺は面の皮が厚くない。
恐る恐る冷蔵庫を覗くと、作りおきのおかずなどは無事だった。
地上で過ごした時間が長かったせいで感覚が狂っているが、雲海の上ではせいぜい2,3日が経過している程度、のはずだ。
足の早い食材が残っていないことを確認して、残り物の白飯と少しのネギを鍋に押し込んで煮ただけの簡単なおかゆを作った。
長くまともなものを食べていない胃腸は、もはや空腹を訴える機能も退化しているかもしれない。消化の良いものから慣らしていくほうがいいだろう。
創造神にはいつもの朝食を用意する。
トースターが食パンの焼き上がりを知らせる頃に、廊下がバタバタと騒がしく鳴った。
「海くんっ!?」
リビングの扉を破壊するつもりかという勢いで駆け込んできた総司郎は、キッチンでパンにバターを塗っている俺を呆然と見つめる。
「おはよ。朝飯できたとこだぞ」
「……っ」
「うわっあぶねぇ!」
パンを乗せた横にスクランブルエッグを添えた朝食プレートをリビングに運ぼうとしたところを、後ろから無言で羽交い締めにされた。皿を取り落としたらどうするつもりだ。
そう文句を言おうとして、胸の前できつく握られた総司郎の両手が微かに震えているのに気付く。
「っ……また、いなくなったかと……思ったっ……」
「あー、悪かった。すぐ作って呼びに行くつもりだったんだ」
「……」
「ごめん、申し訳ない。配慮が足りなかった。今日はずっとくっついてていいから。冷める前にメシにしよう、な?」
背中に押し付けられた総司郎の頭がこくりと頷く。
俺は後ろに自分よりデカい男をぴったりくっつけたまま、諸々の配膳をする羽目になった。
「というわけでさっそく今日から仕事を再開します」
「ダメです」
朝食を食べ終わり、食器を片付けて、腰を引きずられるに任せてリビングのソファに座った直後。
ただでさえ業務開始時間はとっくに過ぎているというのに、腰が痛いこと以外不調もない俺が仕事をサボるわけにはいかないだろうと提案したのだが、即却下されてしまった。
「なんでだよ。すぐ取り掛かったほうがいいだろ、何事も」
「海くんは過酷な地上生活で痩せるくらい疲れてるんだよ? 一ヶ月くらい休んでもいいくらいだよ。だいたい何のために俺が昨日丁寧に抱き潰したと思ってるの」
「お前、妙にねちっこいと思ったらそういうことだったのか……」
今まで我慢していた分が爆発したのだろうと許容したが、最終的には泣いて許しを請う状態になった昨夜を思い出す。
どれだけ嫌がっても全く聞き入れてもらえなかったが、あれは実際にそういう意図があったのか。
それはもはや暴力なのでは、と思考が逸れそうになったが、こいつが自分勝手なのは今に始まったことではないので一旦保留する。
「まぁ落ち着け、考えてもみろ。俺達が仕事をサボったら、今回の事案の本部への報告、対策立てがその分遅れる。そうなったらまた月日が流れて、地上が再び神の召喚とか言い出すかもしれないんだぞ?」
「俺から海くんを奪う世界なんて滅ぼしてやる」
「落ち着けって。そうなる前に早く対策を立ててだな、再発防止に努めるんだ。本部に過去事例照会したりした方が効率いいし、事務員さんも手伝ってくれるだろうし」
「……」
必死に総司郎を説得し続け、なんとか仕事開始の承認を得た。
ただし俺は一週間外出禁止となった。
「なんでだよ?」
「海くんが拉致られたあと、この家の中は空間をいじって、とりあえず地上の魔法が干渉できないようにしたんだ。でも雲海までは手が回らなかった。何かしら策を打てるまでは外に出ないでほしい」
「でも、」
「お願い、海くん」
「……はぁ。わかったよ……」
今にも潤みそうな目で見つめられると、どうも弱い。
総司郎に押し切られる形で、俺は在宅ワークを余儀なくされた。こういうときこの世界にもインターネットがあれば便利なんだけどなぁ。
「あと今の海くんエロすぎて色気ダダ漏れだから。あの陰険メガネに会わせたくない」
「誰のせいだ、誰の」
くそ、ちょっとでも真面目に仕事する気になってくれたのかと見直しかけた俺がバカだった。
意外なことに、俺が外に出ない分仕事をしたのは総司郎だった。
嫌そうにしながら事務所に出向いたり、まるで臭いものでも持つように指先で摘んで本部からの資料を持って帰ってきたり、精力的に動いている。
いつもこれくらい仕事してくれればいいんだが……。
俺は対地上魔法対策の合間に、地上の様子を確認してほしいと総司郎に頼んだ。
ろくに別れも告げられなかった俺の子分がどうしているのか、気になって仕方がなかったからだ。
創造神である総司郎は、わざわざ雲海の四阿に行かずとも地上を覗くことはできるらしい。
しかし特定の場所を見続けるという作業となると、やや集中を要するらしく、自室に篭ってかれこれ半時間。
俺は書類仕事をしながら、やきもきしつつ待った。
「お待たせ」
「ど、どうだった!?」
「元気そうにしてたよ」
ソファに座った総司郎に詰め寄っていた俺は、その言葉を聞いて肺に溜まった空気をすべて吐き出して安堵した。
そうか、ニルはあの後もちゃんと生きて、元気にやっていけてるのか。
「海くんのことがあってから、地上とここのタイムラグは最小限にしてたからまだ少ししか経ってないけど。前に見た時より背が伸びていたよ」
「前にもニルを見たことあったのか?」
「もちろん。地上にいる海くんの状況を把握しないといけないし、何かあったら即世界滅ぼして助けようと思ってたよ」
無事で本当に良かったと微笑む総司郎は、どう考えても創造神失格だが、実際に世界を滅ぼしたわけではないので大目に見てほしい。
「海くんと別れたあの街の近くに住んでいるようだね。魔法使い───魔道士って言うんだっけ。それを生業としているみたいだった」
「そうかそうか……きっと良い魔道士になっただろうな」
「恋人と仲良さそうにしてたよ」
「………………え?」
ニルの近況を笑顔で聞いていた自分の顔が強張るのが分かる。
俺の可愛いニルに恋人、だと!?
「どいつだその馬の骨は! 俺が世界滅ぼしてやる!」
「落ち着いて、海くんが言うとシャレにならないよ」
「お前シャレのつもりで言ってたのか」
「恋人はあの人だよ。海くんと途中から一緒に行動してた、背の高い……」
「な───んだと……」
俺がニルから離れたばっかりに、俺の可愛い子分がセドリックに食われてしまったというのか……!
たしかに道中ニルはセドリックに懐いていたし、不必要なくらいくっついていたし、ベタベタ触っていたし、ちょっと目を離した隙に二人で暗がりにいたり……って、アレ?
「もしかしてあの二人って前からそういう仲だった?」
「そうなんじゃない?」
他人の色恋に全く興味がない総司郎の投げやりな返答だったが、俺は衝撃を受けた。
いつのまに大人の階段登ってたんだ、ニル……!
お父さんは悲しい!
「くっ……セドリックなら俺のニルを大事にしてくれるだろうし、出自に偏見もないから……変な奴に取られるくらいならそのほうが……くぅ……」
「本当にお父さんみたいだねぇ海くん」
「俺はそう思ってるけどな! ニル……幸せになれよ……」
手塩にかけて育てた娘がいつのまにか嫁に行ってしまっていた父親の気持ちを味わいながら涙を飲む。
隣に座る総司郎が物珍しそうだ。
「なんだよ、俺が地上の人間に入れ込んでるのが変か?」
「俺以外の人間に執着してるの見ると、妬ける」
大きな手のひらに頬を包まれて唇を啄まれる。
顔が近づいて来た時点で目を閉じてしまうのは癖だからだし、総司郎の首に腕を回してしまうのは長年の習慣のせいだ。
俺の態度に気を良くした総司郎の口付けが深くなる。
向こうから仕掛けてきたんだし、お互いにスイッチが入ってしまったとしても……俺のせいじゃない。
「───んっ、ふ、はぁ……総……」
「もうトロトロになっちゃって。俺のこと誘ってる?」
「お前がその気にさせたんだろ」
「はいはい。責任取らせていただきますよと」
決して軽いわけではない体をひょいと抱き上げられて寝室に運ばれた俺達が、今日の分の仕事を終わらせられなかったことは言うまでもない。
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