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本編

13.フレックスタイム出勤

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 衝撃の告白と、俺の「お友達」宣言のあと。
 眠さの限界に達しつつあった俺は着替えもせずにベッドにダイブした。
 今考えると血のついたシャツは脱ぐべきだったと思うが、それすら面倒だった。
 もうすっかり空が白んできていたから、完全に徹夜になってしまった格好だ。徹夜がキツいともう若くないんだなと感じる。
 いや、人間のように加齢で老化して肉体的な限界が狭まるということはさすがにないんだけど、精神的な疲れというか。

 翌日、昼前。
 まだぼうっとする頭を抱えて上体を起こすと、体に掛けられていた毛布がなにかに引っ張られてずり落ちた。
 毛布を辿って視線を下げて、俺の腰にしがみつくように添い寝している創造神が目に映る。

「……んあ、おそようカイくん」
「お前、お友達から始める気ないな?」
「もうバレちゃった?」

 腰に回された腕が妙な動き方をする前に、俺は創造神をベッドから蹴り落として立ち上がる。
 受け身を取れず床に落ちた創造神がなにやら喚いているが、無視して部屋を出た。さすがに空腹なのでなにか食べたい。

 昨夜はとにかく眠くてさっさと創造神と離れたが、首筋についていた痕については執拗に追求された。
 創造神曰くキスマーク(俺からは見えないので確かめようがない)がついていたらしいが、該当箇所は噛み千切られて血みどろになっていたので今はガーゼを貼ってある。

 そう、俺は首を噛み千切られていた。
 生みの神、慈愛母神とも呼ばれる存在からまさかこんな暴力を受けるとは思わず、またいくら力量差があるとはいえ歯と顎の力で簡単に皮膚を千切り取られたという事実はかなり脅威だ。

 破壊神の体は欠損すると修理に苦労する。
 代わりのものを付けることが難しいのだ。今回は肉体の持つ自己治癒能力でなんとかなる範囲のはずなので、本部支給の救急キットからガーゼを出してきた。
 今後はこれまで以上に肉体の維持には気をつけないといけない。
 事務員さんとは本当になにもなかったので、「なにもない」がゲシュタルト崩壊しそうになるまで言って聞かせた。
 創造神はそれでも訝しげにしていたが、急所を噛み千切られてまでやましいことを隠し通すほどの度胸が俺にあると思っているのだろうか。

 野菜を切って挟んだだけのベーグルサンドを手早く作ると、リビングの定位置に創造神が座っていた。
 こちらも手抜きでティーバッグから淹れた紅茶と一緒にテーブルに並べると、創造神も寄ってきて食べ始める。
 時間的には昼飯なのでボリュームが足りないかと懸念したが、そういえばこいつはなにか食べる必要はないんだと思い直した。
 食べる必要がないやつのために食事を作ってやる必要があるのかと以前考えて、そのまま伝えたことがあったが、食べる行為が気に入っているというようなことを言っていた。
 「カイくんの作るものはなんでも好きだよ」なんて緩みきった顔で言っていたのを揶揄だと思っていたが、もしかして本心だったのだろうか……。

「それ、カイくんが来てすぐのときの話でしょ。やっと気付いたの? ずーっとモーション掛けてたのに」
「モ……わかるわけないだろ!  お前初顔合わせからずっと態度変わんねぇし、そういう奴なんだろうなと思ってたんだよ」
「む、なるほど。それは俺の失策だ」

 態度をがらりと変えてギャップで攻めるべきだったか……などと呟いている創造神は無視してベーグルサンドを摘む。

「ていうかお前、最初からあの態度ってことはさ……ずっと俺のこと、その、す…………好き、だったの?」
「そうだよ」

 つっかえながら聞いた俺に苦笑しながら、創造神はなんでもないことのように肯定した。
 顔の温度が上がる。
 こいつが俺のことを、恋愛的な意味で好き、ということからまず理解できてないのに、それが最初からだったというのはちょっと、いやかなり恥ずかしい。
 じゃあ今までの、過剰とも言えるスキンシップや、キスや、あれやこれやは全部そういう意味が含まれていたということで───。

「ちょっと待て。俺はどう頑張っても一目惚れなんてされるような見た目じゃねえぞ。なにがきっかけてそう思ったんだよ」
「あ、あー……それ聞いちゃう?」
「なんか隠してるだろお前」
「んー……」

 妙に歯切れの悪い創造神は新鮮だったが、自分に関する隠し事があるというのは気味が悪い。
 テーブルの下で脛を蹴って地味に嫌がらせをしてやると、渋々といった様子で創造神は話し始めた。

「ホントはカイくんのこと、ずっと前から知ってたんだ」
「ずっと前?」
「えっと……カイくんが新神しんじん研修で本部勤務だったとき、俺も少しだけ本部にいたことがあったんだ。当時はこの世界には生物がいなくて、手が掛からなかったからたまに本部に顔出してて」

 懐かしい話をされて、一瞬意識があの頃に戻ったように錯覚する。
 破壊神は正式に派遣される前に研修を受ける時期があり、座学から実践、実地試験を経て一定の水準をクリアしたものが破壊神として任命される。
 とはいえ破壊神になれなかった新神は漏れなく存在抹消されるので、皆必死に研修を受けるから、水準を満たせないやつはいないのだが。
 しかし研修時代といえば相当昔のことだ。
 そんな頃から顔を知られていたのかと思うと、やっぱりちょっと恥ずかしい。
 もしかして座学でいつも居眠りしてたのも見られてた?

「で、研修でカイくんを見つけてもっとお近づきになりたかったんだけど、俺みたいな力の強い創造神にアテられたら困るって本部の偉い人に止められて、そのときは遠くから見てるだけだった」
「そんな頃から俺、お前に狙われてたの……?」
「そうなるねぇ」

 あっけらかんと言う創造神に言葉を失う。
 確かになんの心構えもない未熟な俺にこいつが接触してきたら、わけもわからず力に飲まれて使い物にならなくなっていただろう。それほどまでに最上級創造神というものは周囲への影響が大きい。
 それにしても、研修も決して真剣にやっていたわけではない俺のどこがそんなに気に入ったのか……。

「んで、俺の世界も晴れて破壊神派遣先に認定されたし、派遣されてくる破壊神に適当に文句つけて配置換え請求しまくってればいつかカイくんが来るんじゃないかな~と」

 ジト目で創造神の話を聞いていた俺は、爆弾発言に目を剥いた。
 こいつに合う破壊神がいないからと無理やり派遣されたのには、そんなウラがあったというのか!

「お前ほんっと最低だな! 俺達にクーリングオフ制度はないんだからな!?」
「クーリングオフって、ふふ……カイくん面白いこと言うね」
「笑い事じゃねぇ!!」

 こいつの気まぐれのせいで、実力も性質も申し分のない破壊神達がどれだけ自信喪失したか。考えるだけで申し訳なさに頭が痛くなる。
 しかもその原因は俺だというのだ。
 テーブルの下で創造神の向こう脛を蹴飛ばすだけでは足りなくなり、胸倉を掴んで揺さぶったがこいつは全然堪えていなかった。

「文句って言っても、人事査定でマイナスにならないような内容で請求出してるからきっと大丈夫だよ」
「そういうことじゃねえんだって! はぁ……」

 言葉を尽くしてもこいつには伝わらないだろうことが容易に知れて、俺は諦めた。
 掴んでいた創造神の襟元を離す。
 前任の破壊神は四人いたという。
 俺がここに来るのが遅ければもっと被害は増えていただろう。俺で止めることができて、こいつの餌食になる者が他に出なくてよかったと前向きに考えるべきか。
 結局、いつから俺を好きなのかという俺の疑問は完全に藪蛇になってしまった形になった。

 ということは、だ。
 もしかして以前、俺と交わって子神を作ろうとかふざけたことを言い出したことがあったが、あれもあながち冗談でもなかったということなのだろうか……?
 恐る恐る創造神の方を見て、ばっちりと目が合う。
 ふんわりと微笑んでいた創造神に、俺の考えていたことが伝わったわけではないだろうが───創造神がこちらに身を乗り出したと同時に、俺は背中を反らせて避けてしまった。

「カイくん」
「あ、あー……その……」
「逃げないで」

 大した力も込められていないのに、頰に添えられた手を振り払うことができない。
 ゆっくりと近づいてきた創造神を拒むことができず、そっとやわらかく唇を重ねられた。
 今まではセクハラの一種だろうと思ってなんとも感じていなかった行為が、彼の言葉によってまったく違う意味を持ってしまったことを、俺は知った。
 キスは一度だけで、すぐに離れていく。

「すぐに恋人になれるとは思ってない。でも意識して、俺のこと」

 そのまま創造神の腕に抱き寄せられるのも、俺は拒絶できなかった。
 優しく微笑む創造神がとても嬉しそうで、冷たく手を払うことなんてできないから……と、言い訳でもしないと心があらぬ方向へ傾いてしまいそうで。
 変な考えが頭を掠めて、俺は慌てて創造神から体を離した。
 そうするとあからさまに寂しそうな創造神がいて……くっ、絆されんぞ!

「わかっ、た。考えてみる。というわけで俺からもひとつ」
「何?」
「俺は仕事しない奴は嫌いだ」

 意趣返しでにっこり笑顔を浮かべて言うと、創造神は気まずそうに目を逸らした。
 もしかするとこれは、今までの宥めすかして仕事をさせる苦労が一気に吹っ飛ぶ手段を見つけたかも知れない。

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