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第五夜 性少年の嫉妬
第22話
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「お待たせ」
「荷物、持つよ」
「ありがとう」
「実優ちゃんは?」
「俺が連れてくから、鍵関係頼んでいい?」
「ん」
優斗さんの車の鍵と、このマンションの家の鍵。
二つ渡されて荷物持って、戸締り確認して――。
「実優。寝てていいから」
実優ちゃんを横抱きに抱えて、優斗さんが優しく声をかけていた。
半分寝てるのが高熱のせいでぼーっとしてんのか優斗さんの腕の中でぐったりしてる実優ちゃんは頷いたような頷いてないようなってくらいの状態。
あやすようにその背中を叩いて、
「行こうか、捺くん」
って言われて、慌てて頷いて先を行った。
ドア開けてあげて、一緒に駐車場降りて。
車のドア開けて。
……そういや俺、いつ帰ればいいんだろうって気づいた。
優斗さんちまで一緒に行くのかな?
それとも途中で下ろしてもらう?
それかもうここで別れたほうがいいのか。
「捺くん、どうしたの」
後部席に氷枕を置いて、実優ちゃんを寝かせた優斗さんが不思議そうに「乗って」と促してくる。
俺、帰るよ。
そう喉元まで出かけたけど、結局言えずにそのまま車に乗り込んだ。
実優ちゃんが寝ているから音楽もかかっていない静かな車内。
走行音だけで、俺はぼーっとまだ明るい外の景色を眺めていた。
……ていうか、いつ言おう。
帰るって。
「捺くん、お腹空いてない?」
タイミングってなかなかつかめねーもんだな。
そう思ってたら優斗さんが訊いてきた。
「えー……と大丈夫」
「夕食どうする? お家で用意してあるのかな」
「あーたぶん」
今日は優斗さんに会う予定でもなかったし、ご飯の用意はするだろうけど。
「でも俺んち夕食遅いから、いま言えば大丈夫だと思うけど」
つーか、俺って優斗さんちで夕飯食うのかな。
でも――俺はいないほうがいいような気もするんだけど。
実優ちゃん具合悪いんだし。
「そっか。どうする? 簡単なものでよければ作るよ?」
「……」
優斗さんは普通にそう言ってくれるけど、でもなんか、やっぱ……気がのらねーっていうか、実優ちゃんもいるし……。
「いいよ、気使わなくて。実優ちゃんの看病もあるだろうし、それに俺もテスト勉強しなきゃなんねーし」
だから飯は家で食うよ、って笑った。
そう?、とほんの少し笑い返してくれた優斗さんは一瞬寂しそうな顔をした――ような気がした。
気のせい……だと思うけど。
「家まで送るから一旦実優をうちで寝かせてからでいいかな」
「え、いいよ。俺ひとりで帰れるし」
首を振るとちょうど赤信号で車が止まって、優斗さんの手が伸びてきた。
俺の髪を梳くように手を滑らせて、頬に触れてくる。
「俺が送りたいから、送らせて?」
「……うん」
なんか、いまちょっとヤバかった。
優斗さんと一緒にいると少しのことでキスしたくなったり触れたくなったりする。
そばにいるだけで興奮する……って変態か俺は。
信号はすぐに青になって、車が動き出すと同時に優斗さんの手も離れていく。
それが寂しく思いながら、でも優斗さんが言ってくれた言葉が嬉しくて単純な俺は少しだけ気分が浮上していた。
でも、そんなテンションなんて落ちるのはあっという間。
マンションについて、荷物持って実優ちゃんを抱きかかえた優斗さんについて行って。
――実優ちゃんの部屋の、実優ちゃんのベッドに寝かされる実優ちゃんを見て、ここは"実優ちゃんの部屋"で"家"なんだ、って当たり前のことを実感する。
二人は家族で、当たり前。
そんな二人に嫉妬するのが間違ってる。
ちょっと待っててって言った優斗さんが氷水の入った洗面器を用意して、冷えピタじゃなくてちゃんとタオルを氷水で濡らして絞って実優ちゃんの額に乗せてた。
別に、病人に看病するのは普通だ。
「実優。ちょっと捺くん送ってくるから。なにかあったら俺の携帯に電話するんだよ」
枕元で優しく声をかける優斗さんを見て、俺は部外者なんだって……くだらないことを思った。
本当に馬鹿じゃねーのかな。
思考のネジがどこか一本飛んでそうな気がする。
だって俺がヤキモチ妬く部分がどこにある?
なんもねーよ。
病人相手に、馬鹿じゃねーの。
俺が風邪ひいたって、優斗さんはちゃんと心配してくれるはずだし。
イライラは――してない。
してない、けど。
言ってくるね、って実優ちゃんの頭を撫でる優斗さんに、どうしてかどんどん冷静になる。
冷静?
いや……冷静っていうより、なんか――。
「捺くん?」
いつの間にか目の前に優斗さんがいて、ソファに座って待ってた俺を不思議そうに見下ろしてた。
「明日のテストのこと考えてたらぼーっとしてた」
帰ったら勉強しなきゃ、って苦笑して見せる。
優斗さんは納得したように微笑んだ。
「勉強、見てあげようか?」
「……へーきへーき」
実優ちゃんが大変な時に余計な手間かけさせたくねーから、笑って首振る。
「そう?」
少し優斗さんの眉が下がる。
まじで大丈夫って頷いて、
「行こっ」
元気よくソファから立ち上がって玄関に向かおうとした。
でも足が止まる。
振り向く俺の手は優斗さんに掴まれてた。
「どうかした?」
なにか言いたそうに、優斗さんは俺を見つめて口を開きかけた。
けど、結局閉じた。
「――……なんでもない。行こう」
「……うん」
なん、だろ。
数秒あった間に少し不安みたいなもの感じたけど、掴まれた手がそのまま俺の手を繋いで握りしめる感触にホッと安心した。
駐車場までそのまま手を繋いで下りて行った。
送ってもらう車内ではちゃんと笑顔で喋ってたって思う。
優斗さんは運転中も悪戯するように俺の手を触ってるし。
いつも通り――だよな。
いつも通りにしてる。
でもどーでもいいこと喋りながら日曜どうするかな、とか考えてた。
まだ日曜まで時間あるし様子見で大丈夫……かな。
車はどんどん俺の知った道を進んでいく。
もうすぐ家に着いちまうのが寂しいような、ホッとするような。
「……早く実優ちゃんよくなるといいね」
「そうだね」
俺の家に着く少し前で車が止まった。
だいぶ日が長くなってきてるから、空はまるで夜明け前みたいな薄暗い青になってる。
「捺くん」
優斗さんが助手席に身を乗り出してくる。
頬に手を添えられて俺の顔に影が落ちて。
「……あ。優斗さん、外っ」
まだ7時過ぎで薄暗いだけだし、住宅街だし、いまは人通ってねーけど、いつ誰が通るかもわかんねーし。
「……優斗さん……?」
慌てた俺に、優斗さんは動きを止めてそのあとなにも言わずに俺の肩に額を乗せた。
「――」
だけど、ぼそっと、なにか言われた気がして、なに?、って聞き返す。
でも返事がなくて、どうしたんだろうって思ったらようやく顔を上げて目が合う。
「捺くん」
「うん?」
「キスしてくれる?」
「……へ?」
ふっと笑う優斗さんにぽかんとしてしまう。
「え、え?」
キスだよな。
してくれる――って俺からってことか?!
別にキスくらいいつだってするけど、家の近所だし、なんかめったに優斗さんが言わないことだから少し照れた。
でも……。
左見て前見て後ろ見て、人気がないことチェックして。
自分から唇を触れ合わせた。
やっぱ人気が気になるから触れるだけで終わろうと思ったけど、離れようとした瞬間下唇を甘噛みされて思わず口を少し開いたとたんに舌が入り込んでくる。
ゆっくりと歯列をなぞって、ゆっくり絡んでくる舌。
唾液のぬるっとしたのとざらついた舌の感触が絡み合って水音を頭ん中に響かせる。
深いけど激しいキスじゃなくて、お互いを確かめるみたいなキスだった。
理性なんてあったのはほんの数秒で、誰か通ったらっていう不安も忘れてた。
頭の中が蕩けるって思う。
あー……もうちょっと一緒にいてーな、って思う。
「……ん…」
舌が離れてく感覚が寂しくて追いかけそうになったけど、熱くなった咥内に冷たい空気が入り込んできて口を閉じた。
至近距離で優斗さんが優しい目で俺を見つめてて、それにぼうっと視線を返してたら額にキスして運転席に座りなおした。
「続きはまた今度、だね」
「……うん」
今度が早く来い来い。
またゆっくり動きだした車に内心ため息つきながら、家までの少しの距離の間、優斗さんの横顔を眺めてた。
「荷物、持つよ」
「ありがとう」
「実優ちゃんは?」
「俺が連れてくから、鍵関係頼んでいい?」
「ん」
優斗さんの車の鍵と、このマンションの家の鍵。
二つ渡されて荷物持って、戸締り確認して――。
「実優。寝てていいから」
実優ちゃんを横抱きに抱えて、優斗さんが優しく声をかけていた。
半分寝てるのが高熱のせいでぼーっとしてんのか優斗さんの腕の中でぐったりしてる実優ちゃんは頷いたような頷いてないようなってくらいの状態。
あやすようにその背中を叩いて、
「行こうか、捺くん」
って言われて、慌てて頷いて先を行った。
ドア開けてあげて、一緒に駐車場降りて。
車のドア開けて。
……そういや俺、いつ帰ればいいんだろうって気づいた。
優斗さんちまで一緒に行くのかな?
それとも途中で下ろしてもらう?
それかもうここで別れたほうがいいのか。
「捺くん、どうしたの」
後部席に氷枕を置いて、実優ちゃんを寝かせた優斗さんが不思議そうに「乗って」と促してくる。
俺、帰るよ。
そう喉元まで出かけたけど、結局言えずにそのまま車に乗り込んだ。
実優ちゃんが寝ているから音楽もかかっていない静かな車内。
走行音だけで、俺はぼーっとまだ明るい外の景色を眺めていた。
……ていうか、いつ言おう。
帰るって。
「捺くん、お腹空いてない?」
タイミングってなかなかつかめねーもんだな。
そう思ってたら優斗さんが訊いてきた。
「えー……と大丈夫」
「夕食どうする? お家で用意してあるのかな」
「あーたぶん」
今日は優斗さんに会う予定でもなかったし、ご飯の用意はするだろうけど。
「でも俺んち夕食遅いから、いま言えば大丈夫だと思うけど」
つーか、俺って優斗さんちで夕飯食うのかな。
でも――俺はいないほうがいいような気もするんだけど。
実優ちゃん具合悪いんだし。
「そっか。どうする? 簡単なものでよければ作るよ?」
「……」
優斗さんは普通にそう言ってくれるけど、でもなんか、やっぱ……気がのらねーっていうか、実優ちゃんもいるし……。
「いいよ、気使わなくて。実優ちゃんの看病もあるだろうし、それに俺もテスト勉強しなきゃなんねーし」
だから飯は家で食うよ、って笑った。
そう?、とほんの少し笑い返してくれた優斗さんは一瞬寂しそうな顔をした――ような気がした。
気のせい……だと思うけど。
「家まで送るから一旦実優をうちで寝かせてからでいいかな」
「え、いいよ。俺ひとりで帰れるし」
首を振るとちょうど赤信号で車が止まって、優斗さんの手が伸びてきた。
俺の髪を梳くように手を滑らせて、頬に触れてくる。
「俺が送りたいから、送らせて?」
「……うん」
なんか、いまちょっとヤバかった。
優斗さんと一緒にいると少しのことでキスしたくなったり触れたくなったりする。
そばにいるだけで興奮する……って変態か俺は。
信号はすぐに青になって、車が動き出すと同時に優斗さんの手も離れていく。
それが寂しく思いながら、でも優斗さんが言ってくれた言葉が嬉しくて単純な俺は少しだけ気分が浮上していた。
でも、そんなテンションなんて落ちるのはあっという間。
マンションについて、荷物持って実優ちゃんを抱きかかえた優斗さんについて行って。
――実優ちゃんの部屋の、実優ちゃんのベッドに寝かされる実優ちゃんを見て、ここは"実優ちゃんの部屋"で"家"なんだ、って当たり前のことを実感する。
二人は家族で、当たり前。
そんな二人に嫉妬するのが間違ってる。
ちょっと待っててって言った優斗さんが氷水の入った洗面器を用意して、冷えピタじゃなくてちゃんとタオルを氷水で濡らして絞って実優ちゃんの額に乗せてた。
別に、病人に看病するのは普通だ。
「実優。ちょっと捺くん送ってくるから。なにかあったら俺の携帯に電話するんだよ」
枕元で優しく声をかける優斗さんを見て、俺は部外者なんだって……くだらないことを思った。
本当に馬鹿じゃねーのかな。
思考のネジがどこか一本飛んでそうな気がする。
だって俺がヤキモチ妬く部分がどこにある?
なんもねーよ。
病人相手に、馬鹿じゃねーの。
俺が風邪ひいたって、優斗さんはちゃんと心配してくれるはずだし。
イライラは――してない。
してない、けど。
言ってくるね、って実優ちゃんの頭を撫でる優斗さんに、どうしてかどんどん冷静になる。
冷静?
いや……冷静っていうより、なんか――。
「捺くん?」
いつの間にか目の前に優斗さんがいて、ソファに座って待ってた俺を不思議そうに見下ろしてた。
「明日のテストのこと考えてたらぼーっとしてた」
帰ったら勉強しなきゃ、って苦笑して見せる。
優斗さんは納得したように微笑んだ。
「勉強、見てあげようか?」
「……へーきへーき」
実優ちゃんが大変な時に余計な手間かけさせたくねーから、笑って首振る。
「そう?」
少し優斗さんの眉が下がる。
まじで大丈夫って頷いて、
「行こっ」
元気よくソファから立ち上がって玄関に向かおうとした。
でも足が止まる。
振り向く俺の手は優斗さんに掴まれてた。
「どうかした?」
なにか言いたそうに、優斗さんは俺を見つめて口を開きかけた。
けど、結局閉じた。
「――……なんでもない。行こう」
「……うん」
なん、だろ。
数秒あった間に少し不安みたいなもの感じたけど、掴まれた手がそのまま俺の手を繋いで握りしめる感触にホッと安心した。
駐車場までそのまま手を繋いで下りて行った。
送ってもらう車内ではちゃんと笑顔で喋ってたって思う。
優斗さんは運転中も悪戯するように俺の手を触ってるし。
いつも通り――だよな。
いつも通りにしてる。
でもどーでもいいこと喋りながら日曜どうするかな、とか考えてた。
まだ日曜まで時間あるし様子見で大丈夫……かな。
車はどんどん俺の知った道を進んでいく。
もうすぐ家に着いちまうのが寂しいような、ホッとするような。
「……早く実優ちゃんよくなるといいね」
「そうだね」
俺の家に着く少し前で車が止まった。
だいぶ日が長くなってきてるから、空はまるで夜明け前みたいな薄暗い青になってる。
「捺くん」
優斗さんが助手席に身を乗り出してくる。
頬に手を添えられて俺の顔に影が落ちて。
「……あ。優斗さん、外っ」
まだ7時過ぎで薄暗いだけだし、住宅街だし、いまは人通ってねーけど、いつ誰が通るかもわかんねーし。
「……優斗さん……?」
慌てた俺に、優斗さんは動きを止めてそのあとなにも言わずに俺の肩に額を乗せた。
「――」
だけど、ぼそっと、なにか言われた気がして、なに?、って聞き返す。
でも返事がなくて、どうしたんだろうって思ったらようやく顔を上げて目が合う。
「捺くん」
「うん?」
「キスしてくれる?」
「……へ?」
ふっと笑う優斗さんにぽかんとしてしまう。
「え、え?」
キスだよな。
してくれる――って俺からってことか?!
別にキスくらいいつだってするけど、家の近所だし、なんかめったに優斗さんが言わないことだから少し照れた。
でも……。
左見て前見て後ろ見て、人気がないことチェックして。
自分から唇を触れ合わせた。
やっぱ人気が気になるから触れるだけで終わろうと思ったけど、離れようとした瞬間下唇を甘噛みされて思わず口を少し開いたとたんに舌が入り込んでくる。
ゆっくりと歯列をなぞって、ゆっくり絡んでくる舌。
唾液のぬるっとしたのとざらついた舌の感触が絡み合って水音を頭ん中に響かせる。
深いけど激しいキスじゃなくて、お互いを確かめるみたいなキスだった。
理性なんてあったのはほんの数秒で、誰か通ったらっていう不安も忘れてた。
頭の中が蕩けるって思う。
あー……もうちょっと一緒にいてーな、って思う。
「……ん…」
舌が離れてく感覚が寂しくて追いかけそうになったけど、熱くなった咥内に冷たい空気が入り込んできて口を閉じた。
至近距離で優斗さんが優しい目で俺を見つめてて、それにぼうっと視線を返してたら額にキスして運転席に座りなおした。
「続きはまた今度、だね」
「……うん」
今度が早く来い来い。
またゆっくり動きだした車に内心ため息つきながら、家までの少しの距離の間、優斗さんの横顔を眺めてた。
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