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雲乃みい

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第三夜 性少年の受難

30.分岐点

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 和はバイトだってわかってたから、智紀さんも仕事で忙しいだろうけど、電話してしまってた。
 明日優斗さんと会わなきゃいけないんだって思うと、妙に落ち着かなくって。
 会ったら別になんてことないのかもしれないけど、一人でいると頭の中がごちゃごちゃしてて。
 誰かに一緒にいてほしかった。
「――捺くん、お待たせ」
 駅のロータリーでぼんやりしてた俺の前に止まったアウディ。
 アメジストグレーの大人っぽい色合いの車体。
 その窓から笑顔をのぞかせて軽く手を振る智紀さんにホッと気が緩む。
「急にごめん、智紀さん」
 俺も笑顔を返しながら、車の助手席に乗り込んだ。
「ごめんね、遅くなって」
「ぜんぜん! 俺こそ急にスミマセン」
「それこそ全然構わないよ。今週は捺くんに会えないのかなぁって寂しかったから」
 ポケットから煙草を取り出しながら智紀さんがふっと笑う。
 爽やかだけど、夜で車ん中が薄暗いせいかちょっとセクシーにも見えて、男なのにドキッとしてしまう。
 そんな風に言われたら女の子ならイチコロなんだろうなぁ、なんて思いながら笑い返した。
「俺も寂しかったから、智紀さんにあえて嬉しいよ?」
 ジョーダンっぽく言えば、智紀さんも
「俺も」
って吹き出しながら言ってくれて、すっげぇ気分が楽になる。
 エアコンの効いた車に冷気が入ってきて視線を向けたら、智紀さんが窓を少しあけて煙草に火をつけるところだった。
 片手ハンドルで煙草を咥える姿は様になってて、カッコイイ。
 思わずじっと見てたら、「なに?」って笑われた。
「いや、やっぱいいオトコって煙草が似合う男なのかなーって思って」
「ていうことは俺はいいオトコって思われてるってことなのかな」
 煙草を吸いながら喉を鳴らして智紀さんがちらっと俺を見る。
「うん! カッコイイって思う。ほら俺って自分で言うのもなんだけどどっちかっていうと可愛い系だから、なんかもうちょっと男っぽくなりたいなーって思うんだよなぁ」
 まぁ可愛いって言れても平気ではあるんだけど……。
 優斗さんや智紀さん、それに松原と接してみるとやっぱり俺ってガキだよなぁってしみじみ思う。
 歳が一回りはなれてるからしょうがねーんだろうけど、それでもいつか智紀さんたちみたいなカッコイイ大人になれたならなぁって最近思うようになってた。
「まだいま成長期だし、ぐんぐん大人っぽくカッコよくなっていくと思うよ、捺くんは」
「そうかな?」
「そうだよ。それに――」
 車が赤信号で止まる。
「可愛いって言われる時期なんてそう長くないだろうし、いまは捺くんのままでいいと思うよ」
 煙草を持っている手は窓の外で灰を落として。
 ハンドルを握ってた手が俺のほうへ伸びてくる。
 ぽんぽんって頭を優しく叩かれて、ちょっと子供扱いされたような気もするけど、それでも心地よさにヘラっとしてしまった。
「ありがと、智紀さん」
「いえいえ。それでどうする? どこか食べ行く?」
「あー……うん」
 青信号になってまた走り出す車。
 運転する智紀さんを盗み見ながら、どうしようか躊躇った。
 さすがに図々しいかなぁ、なんて、今日出来たらお願いしたいことを考えてため息が出そうになる。
「捺くん? どうかした?」
「えっと、いや、その……」
 どうしても歯切れ悪くなっちまう俺に智紀さんは
「どこか行きたいところあるのかな?」
って訊いてきた。
「……行きたいっていうか。あの……ほら前さ、今度一緒に飲もうって言ってたの……今日じゃ駄目かな?」
 悩んだけど、やけっぱちで言ってみる。
 初めて食事したときにいつか智紀さんのマンションでお酒を飲もうって話になった。
 できればそれを今日したいって思ったのは、本当にヘタレすぎんだろって自分でも思うけど優斗さんのことを考えたくなかったから。
 酒でもパーって飲んで楽になりたいっていうのもあるし。
 従兄のマサ兄のところに言ってもいいんだけど、オカマのミッキーにあったらなんやかんやウルセーし。
「……その智紀さんと飲みたいなーって思って」
 本当にそれは本心だから、窺うように言って――女の子には効力抜群の上目遣いで見てみた。
 智紀さんはちらっと俺を見て笑うと、あっさり「いいよ」って言ってくれた。
「ほんと!? マジでいいの?」
「いいよ。前約束してたしね。それよりお家の人は大丈夫?」
「平気! 泊ってくるって言ってきたから」
 ぶっちゃけ、ずるいけど、きっと智紀さんはOKしてくれそうな気がしてたし。
 それにダメだったらバイト終わりの和待ち伏せしようって思ってたし、家には友達んちに泊るって言ってきておいた。
「用意周到だね」
 クスクス笑う智紀さんに、笑って誤魔化した。
「じゃあなにか食べ物でも買ってから帰ろうか」
「うん! あ、さきいか!」
「ああ、利きさきいかだっけ。よく覚えてたね」
「当たり前! 間違ったら罰ゲームだよ、智紀さん!」
「はいはい」
 車ん中はすっげぇ楽しくって、俺はただ笑ってた。
 だけど――
 バカでガキな俺は文化祭のときと同じように優斗さんから目を逸らそうとして起こしたこの行動が――……もっと頭を悩ますことになるなんてこと気づきもしなかった。


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