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7話 彼女の正体
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「あら、奥様とっても驚いてるじゃない! ふふっ」
色気と茶目っ気を併せ持った女性は、部屋に入るなりリアスにからかうような声をかけた。
その光景を見て、私は呼吸を忘れてしまいそうなほど驚いた。
リアスをからかい笑うこの目の前の人物こそ、私とユアンさんが純喫茶で見た例の女性だったのだ。
「この方はいったい……」
「大人しくしてくれっ。ごめんね、エリーゼ。彼女は――」
「どうも、ごきげんよう」
大人しくしろと言うリアスを遮り、女性は椅子に座る私の真横にやってきた。
すると、おもむろにスカートの裾を持ち上げ、完全に自己流の可憐なカーテシーを披露した。
「私の名前はアルチーナよ」
「アルチーナ?」
「ええ、魅了専門の魔女をやっているの。よろしくね、奥様?」
仄かに暗がりだった純喫茶では分からなかったが、彼女に顔を向けると、魔女だけが持つとされる灰白色の瞳と目が合った。
魔女が存在すると聞いたことはあったが、本当に実在するとは思ってもみなかった。
しかし、この女性が魔女ということは妙に腑に落ちた。自分自身に魅了の魔法をかけていると思えるほど、圧倒的な印象強さがあるからだ。
ただ正直なところ、彼女は魔女というより“魔性の女”という言葉の方が内心しっくりときた。
だからこそ、不思議に思う。
彼女のような人と、リアスがいつどこで出会ったのかと。
私は彼女に空いた席を進めて、口を開いた。
「よろしくの前に……一つ質問をしてもよろしいかしら?」
「ええ、何でも聞いてちょうだい!」
「……二人はそもそも、どうやって出会ったというの?」
あえてリアスには訊かなかった。
彼女のように遠回しや遠慮など知らない人の語りの方が、素早く要点を把握できるからだ。
リアスは今にも口を挟みたそうな顔をしているが、私は彼女を見つめて答えを待った。
「気を悪くしないでね」
彼女は怖い前置きをすると、ケロリとした様子で口を開いた。
「この人、とっても顔がいいじゃない? だから愛人にしようと思って、教会に来るときに魅了魔法をかけたのに、効かなかったのよ!」
しれっと発された愛人という発言に、思わず表情を引き攣らせてしまう。
しかし、女性は気に留めることなく話を続ける。
「私、どうしてもそれが許せなかったの。だから、この人に問い詰めたら、愛する人がいるから君に惹かれることはないって言われたの」
私はリアスに顔を向けた。
彼は私が向くのを分かっていたかのように、同時に視線を逸らした。真っ赤になった耳がよく見える。
その姿を見るだけで、その女性が誰を指しているのかは一目瞭然だった。
「……それが、私というわけ?」
「ご名答! 私びっくりしたのよ!? まさか片想いが魅了魔法を打ち消すとは思わないじゃない?」
「そうなの?」
「当たり前よ! どれだけ妻を溺愛している男性でも、魅了魔法をかけられたら一瞬でよその女に骨抜きになるのよ?」
なんて恐ろしい魔法だと、思わず背中がゾクリと震える。
そんな私に、アルチーナは忘れかけていた言葉をさらりと告げた。
「だから、私はそのときこの人に、片想いのご令嬢に魅了魔法をかけてあげるって言ったの」
「っ……!」
「そしたら相当思い詰めていたみたいで、できるものならかけてくれってこの人が頼んできたの。だから、お望み通りあなたに魅了魔法をかけたってわけ!」
私はこの言葉を聞き、リアスに再び目を向けた。すると、今度は罪悪感に塗れた彼の顔が視界に映った。
――次は、こちらに話を聞く番ね。
「リアス。出会った経緯は分かったけれど、最近はどうして彼女と会っていたのかしら?」
彼女とリアスの関係性が分かった以上、密会を知っている旨を明かしても問題ないと判断して訊ねた。
リアスはバレていると思ってもみなかったのだろう。私の発言を聞くと、驚きを露わにした。
「ど、どうして知っているんだ? いや、先に答えるよ。実は一カ月ほど前に偶然再会したんだ」
「それで?」
自分でも驚くほど、淡々とした冷たい声だった。
様子を見かねたのか、アルチーナが口を挟んできた。
「あなたにかけた魅了魔法を解くことができると教えたの! 言い忘れていたと気付いたから……」
「ああ、彼女の言う通りだ」
リアスは追随するように答えると、思い詰めた表情を浮かべた。この顔は、一カ月ほど前から見せるようになったそれと重なっていた。
だがそうなると、ここで一つの疑問が生じる。
――どうしてリアスとアルチーナは、複数回も会っていたの?
私は気付かれないよう小さくため息をついた。
「……そう。実はリアスをメイーナ通りで見かけたという噂を耳にしたの。会ったのは複数回のようだけれど、それについても説明してくれるかしら?」
私の言葉に二人は顔を強張らせた。
「そんな噂がっ……。エ、エリーゼ本当にすまない。どうやって魅了魔法を解くかの説明を受けていたんだ。別の日は、いつ解くかの打ち合わせをして――」
「つまり、説明、打ち合わせ、このためにメイーナ通りで会ったのは合計で何回?」
「三回だ!」
「三回よ」
二人が同時に答えた。
私も三回が本当であれば、納得できると思った。
私の予定を知ったうえで、いつ解くのか計画を立てないといけないだろうから。
一度話を持ち帰ったというのであれば、無難な回数だった。
また、食材配達のウィリーは毎日配達をしているようだから、その三回すべてで遭遇したのであれば、それらの説明に合点がいった。
「分かった。……信じるわ」
二人は私の言葉を聞くと、張り詰めた緊張の糸が緩んだように止めていた呼吸を再開した。
するといきなり、アルチーナが意気揚々と声を上げた。
「奥様がお話の通じる方で良かったわ。じゃあ、今から魔法を解くわね」
語尾を流しながら、彼女はリアスに視線を向ける。
リアスはその視線を受けると、苦しそうながらも安心した顔で「よろしく」なんて言うから、私は驚いて声をかけた。
「ちょっと待って。勝手に話を進めないで」
「え? どうして? あなたたち白い結婚なんでしょ? あなたは美人だし、離婚してもすぐ相手がいるから問題ないわよ!」
「な、どうしてそれをっ……。って、そういう問題ではないわ!」
今日初めて声を荒げてしまった。
一方のアルチーナは、なぜ私が声を荒げたのか分からないといった様子で首を傾げた。
「どうして怒ってるの? 貴族はそういうのが大事なんでしょ?」
「そうだけど……」
「彼、あなたと結婚できたのは魅了の力だから、さすがに一線は超えられなかったみたいよ。良かったじゃない」
彼女はそう言うと、百面相をしているリアスを見てクスリと笑った。
「リアス、本当なの? 私の身体を気遣っていたからではないの?」
「どう考えても、それだけの理由なわけないでしょ」
リアスに訊ねたのに、アルチーナが横から口を挟んできた。正直、鬱陶しい。
しかしその反面、リアスが嫌いなタイプの人間の言動そのものだったから、ちょっと安心してしまった。
奇しくも、彼らに恋愛関係は成立しないと確信できた瞬間だった。
「ねえ、リアス」
何と答えるべきか考えている慎重派のリアスの隣の席に移動し、私はグイッと彼に詰め寄った。
「……あなたは私のことをどう思っているの?」
「もちろん愛してる!」
即答だった。まるで、予想外の質問をされたかのように、彼はこちらを向いて目を真ん丸にしている。
「昔も?」
「ああ、だからこそ君に魅了魔法をかけた。……逃したら、絶対に後悔すると思ったんだ。君以上に誰かを愛するなんて考えられないし、君が他の男の手で幸せになるなんて考えたくもなかったからっ……」
「っ……そう。じゃあ、最後の質問よ。あの喫茶で、あなたがアルチーナに向かって《本能だから仕方ない……。好きなんて言葉じゃ足りないくらい愛してるよ》と言っていたのはどういう意味かしら?」
不倫していないことは分かったが、これだけは言葉の真意をはっきりとさせておきたかった。
ずっとモヤモヤし続けるのが嫌だったのだ。
返ってくる答えに恐怖はあったが、私はリアスを真っ直ぐに見つめた。するとその瞬間、彼はボンっと顔を赤面させてあわあわとしながら言葉を発した。
「お、俺が魔法を解く決意を改めてアルチーナに伝えたとき、エリーゼをそんなに好きなのに魔法を解いて俺が耐えられるのかと訊かれて答えた言葉の一部だと思う」
彼はそう告げると頭を垂れて、言葉を続けた。
「もしかして、そこだけ聞こえたと報告を受けたのか? エリーゼ、嫌な思いをさせただろう。本当にすまないっ……」
「じゃあ、アルチーナに向けた言葉ではなく、私に対する言葉ということ?」
「当たり前だよ! 君しか愛していないし、俺は君しか愛せないっ……。俺が愛するのは後にも先にもエリーゼただ一人だ」
熱烈な愛の言葉を私に向ける彼の横で、アルチーナが囃し立てるように口笛を吹いた。
当然無視の一択だ。
「だからこそ――」
「ならいいじゃない、このままで。私もあなたを愛してる」
リアスが言いかけた言葉に被せて伝えると、彼は顔を真っ赤に染め上げた。
しかし、瞬く間にその顔を苦しそうに歪めた。
「違うんだっ……。君はもともと僕を愛してない」
「勝手に決めつけないで。この想いが魔法だなんてそんなわけないわ。私はあなたをちゃんと愛して――」
「それこそが、愛していない者を愛していると錯覚させる魅了魔法の効果なんだ」
リアスのこの言葉に私はハッとした。ふと、リアスを好きになった時を思い出したのだ。
確かにあのとき、あっという間に彼に心惹かれるようになった。それこそ、魔法的なくらい一瞬で。
運命の出会いはこういうことかと思っていた。
しかし、それが魔法の力だとすると、すべての辻褄が合うような気がした。
受け止めきれない情報にしばらく口を噤んでいると、リアスが様子を伺いながらも言葉を続けた。
「俺の一時の欲のせいで、君を傷付けて申し訳ない。君と結婚して以降、幸せな反面ずっと罪悪感を募らせていたんだ」
彼の言葉に伏せていた目を軽く上げると、今にも泣き出しそうな顔をした彼がそこに居た。
「エリーゼ、本当にごめんね。今すぐ魔法を解いて君を解放するよ」
魔法を解かれた私は、リアスのことが嫌いになるのだろうか? 絶対に嫌いになんてなりたくない。
でも、偽りの気持ちで一生過ごすのだとしたら? それはそれで嫌だ。
正直言って、私は今が一番幸せだ。もしリアスを嫌いになって、幸せじゃなくなるのなら怖い。
でも、私に魔法をかけたことでリアスは心を病んでいる。となると、リアスは私の魔法が解けない限り、幸せにはなれない。
リアスが幸せじゃなければ、結局私も幸せな気持ちになれない。
なら、答えは一つしかなかった。
はっきりさせようじゃないの。
「……分かった。アルチーナ、私の魅了魔法を解いてちょうだい」
「いいのね?」
「ええ、お願い」
リアスを一瞥すると、苦しそうながらも安堵した彼が視界に入った。
その横で、アルチーナが説明を始めた。
「魔法を解いたら、あなたは一日眠りにつくわ。目が覚めたら、完全に魔法が解けた証拠よ」
この説明を受け、私は私室のベッドに移動した。
そしてベッドに横たわると、アルチーナが私の胸元に指を翳して何やら呟いた。
すると、みるみるうちに睡魔に襲われ、私はそのまま深い夢の中へと落ちていった。
色気と茶目っ気を併せ持った女性は、部屋に入るなりリアスにからかうような声をかけた。
その光景を見て、私は呼吸を忘れてしまいそうなほど驚いた。
リアスをからかい笑うこの目の前の人物こそ、私とユアンさんが純喫茶で見た例の女性だったのだ。
「この方はいったい……」
「大人しくしてくれっ。ごめんね、エリーゼ。彼女は――」
「どうも、ごきげんよう」
大人しくしろと言うリアスを遮り、女性は椅子に座る私の真横にやってきた。
すると、おもむろにスカートの裾を持ち上げ、完全に自己流の可憐なカーテシーを披露した。
「私の名前はアルチーナよ」
「アルチーナ?」
「ええ、魅了専門の魔女をやっているの。よろしくね、奥様?」
仄かに暗がりだった純喫茶では分からなかったが、彼女に顔を向けると、魔女だけが持つとされる灰白色の瞳と目が合った。
魔女が存在すると聞いたことはあったが、本当に実在するとは思ってもみなかった。
しかし、この女性が魔女ということは妙に腑に落ちた。自分自身に魅了の魔法をかけていると思えるほど、圧倒的な印象強さがあるからだ。
ただ正直なところ、彼女は魔女というより“魔性の女”という言葉の方が内心しっくりときた。
だからこそ、不思議に思う。
彼女のような人と、リアスがいつどこで出会ったのかと。
私は彼女に空いた席を進めて、口を開いた。
「よろしくの前に……一つ質問をしてもよろしいかしら?」
「ええ、何でも聞いてちょうだい!」
「……二人はそもそも、どうやって出会ったというの?」
あえてリアスには訊かなかった。
彼女のように遠回しや遠慮など知らない人の語りの方が、素早く要点を把握できるからだ。
リアスは今にも口を挟みたそうな顔をしているが、私は彼女を見つめて答えを待った。
「気を悪くしないでね」
彼女は怖い前置きをすると、ケロリとした様子で口を開いた。
「この人、とっても顔がいいじゃない? だから愛人にしようと思って、教会に来るときに魅了魔法をかけたのに、効かなかったのよ!」
しれっと発された愛人という発言に、思わず表情を引き攣らせてしまう。
しかし、女性は気に留めることなく話を続ける。
「私、どうしてもそれが許せなかったの。だから、この人に問い詰めたら、愛する人がいるから君に惹かれることはないって言われたの」
私はリアスに顔を向けた。
彼は私が向くのを分かっていたかのように、同時に視線を逸らした。真っ赤になった耳がよく見える。
その姿を見るだけで、その女性が誰を指しているのかは一目瞭然だった。
「……それが、私というわけ?」
「ご名答! 私びっくりしたのよ!? まさか片想いが魅了魔法を打ち消すとは思わないじゃない?」
「そうなの?」
「当たり前よ! どれだけ妻を溺愛している男性でも、魅了魔法をかけられたら一瞬でよその女に骨抜きになるのよ?」
なんて恐ろしい魔法だと、思わず背中がゾクリと震える。
そんな私に、アルチーナは忘れかけていた言葉をさらりと告げた。
「だから、私はそのときこの人に、片想いのご令嬢に魅了魔法をかけてあげるって言ったの」
「っ……!」
「そしたら相当思い詰めていたみたいで、できるものならかけてくれってこの人が頼んできたの。だから、お望み通りあなたに魅了魔法をかけたってわけ!」
私はこの言葉を聞き、リアスに再び目を向けた。すると、今度は罪悪感に塗れた彼の顔が視界に映った。
――次は、こちらに話を聞く番ね。
「リアス。出会った経緯は分かったけれど、最近はどうして彼女と会っていたのかしら?」
彼女とリアスの関係性が分かった以上、密会を知っている旨を明かしても問題ないと判断して訊ねた。
リアスはバレていると思ってもみなかったのだろう。私の発言を聞くと、驚きを露わにした。
「ど、どうして知っているんだ? いや、先に答えるよ。実は一カ月ほど前に偶然再会したんだ」
「それで?」
自分でも驚くほど、淡々とした冷たい声だった。
様子を見かねたのか、アルチーナが口を挟んできた。
「あなたにかけた魅了魔法を解くことができると教えたの! 言い忘れていたと気付いたから……」
「ああ、彼女の言う通りだ」
リアスは追随するように答えると、思い詰めた表情を浮かべた。この顔は、一カ月ほど前から見せるようになったそれと重なっていた。
だがそうなると、ここで一つの疑問が生じる。
――どうしてリアスとアルチーナは、複数回も会っていたの?
私は気付かれないよう小さくため息をついた。
「……そう。実はリアスをメイーナ通りで見かけたという噂を耳にしたの。会ったのは複数回のようだけれど、それについても説明してくれるかしら?」
私の言葉に二人は顔を強張らせた。
「そんな噂がっ……。エ、エリーゼ本当にすまない。どうやって魅了魔法を解くかの説明を受けていたんだ。別の日は、いつ解くかの打ち合わせをして――」
「つまり、説明、打ち合わせ、このためにメイーナ通りで会ったのは合計で何回?」
「三回だ!」
「三回よ」
二人が同時に答えた。
私も三回が本当であれば、納得できると思った。
私の予定を知ったうえで、いつ解くのか計画を立てないといけないだろうから。
一度話を持ち帰ったというのであれば、無難な回数だった。
また、食材配達のウィリーは毎日配達をしているようだから、その三回すべてで遭遇したのであれば、それらの説明に合点がいった。
「分かった。……信じるわ」
二人は私の言葉を聞くと、張り詰めた緊張の糸が緩んだように止めていた呼吸を再開した。
するといきなり、アルチーナが意気揚々と声を上げた。
「奥様がお話の通じる方で良かったわ。じゃあ、今から魔法を解くわね」
語尾を流しながら、彼女はリアスに視線を向ける。
リアスはその視線を受けると、苦しそうながらも安心した顔で「よろしく」なんて言うから、私は驚いて声をかけた。
「ちょっと待って。勝手に話を進めないで」
「え? どうして? あなたたち白い結婚なんでしょ? あなたは美人だし、離婚してもすぐ相手がいるから問題ないわよ!」
「な、どうしてそれをっ……。って、そういう問題ではないわ!」
今日初めて声を荒げてしまった。
一方のアルチーナは、なぜ私が声を荒げたのか分からないといった様子で首を傾げた。
「どうして怒ってるの? 貴族はそういうのが大事なんでしょ?」
「そうだけど……」
「彼、あなたと結婚できたのは魅了の力だから、さすがに一線は超えられなかったみたいよ。良かったじゃない」
彼女はそう言うと、百面相をしているリアスを見てクスリと笑った。
「リアス、本当なの? 私の身体を気遣っていたからではないの?」
「どう考えても、それだけの理由なわけないでしょ」
リアスに訊ねたのに、アルチーナが横から口を挟んできた。正直、鬱陶しい。
しかしその反面、リアスが嫌いなタイプの人間の言動そのものだったから、ちょっと安心してしまった。
奇しくも、彼らに恋愛関係は成立しないと確信できた瞬間だった。
「ねえ、リアス」
何と答えるべきか考えている慎重派のリアスの隣の席に移動し、私はグイッと彼に詰め寄った。
「……あなたは私のことをどう思っているの?」
「もちろん愛してる!」
即答だった。まるで、予想外の質問をされたかのように、彼はこちらを向いて目を真ん丸にしている。
「昔も?」
「ああ、だからこそ君に魅了魔法をかけた。……逃したら、絶対に後悔すると思ったんだ。君以上に誰かを愛するなんて考えられないし、君が他の男の手で幸せになるなんて考えたくもなかったからっ……」
「っ……そう。じゃあ、最後の質問よ。あの喫茶で、あなたがアルチーナに向かって《本能だから仕方ない……。好きなんて言葉じゃ足りないくらい愛してるよ》と言っていたのはどういう意味かしら?」
不倫していないことは分かったが、これだけは言葉の真意をはっきりとさせておきたかった。
ずっとモヤモヤし続けるのが嫌だったのだ。
返ってくる答えに恐怖はあったが、私はリアスを真っ直ぐに見つめた。するとその瞬間、彼はボンっと顔を赤面させてあわあわとしながら言葉を発した。
「お、俺が魔法を解く決意を改めてアルチーナに伝えたとき、エリーゼをそんなに好きなのに魔法を解いて俺が耐えられるのかと訊かれて答えた言葉の一部だと思う」
彼はそう告げると頭を垂れて、言葉を続けた。
「もしかして、そこだけ聞こえたと報告を受けたのか? エリーゼ、嫌な思いをさせただろう。本当にすまないっ……」
「じゃあ、アルチーナに向けた言葉ではなく、私に対する言葉ということ?」
「当たり前だよ! 君しか愛していないし、俺は君しか愛せないっ……。俺が愛するのは後にも先にもエリーゼただ一人だ」
熱烈な愛の言葉を私に向ける彼の横で、アルチーナが囃し立てるように口笛を吹いた。
当然無視の一択だ。
「だからこそ――」
「ならいいじゃない、このままで。私もあなたを愛してる」
リアスが言いかけた言葉に被せて伝えると、彼は顔を真っ赤に染め上げた。
しかし、瞬く間にその顔を苦しそうに歪めた。
「違うんだっ……。君はもともと僕を愛してない」
「勝手に決めつけないで。この想いが魔法だなんてそんなわけないわ。私はあなたをちゃんと愛して――」
「それこそが、愛していない者を愛していると錯覚させる魅了魔法の効果なんだ」
リアスのこの言葉に私はハッとした。ふと、リアスを好きになった時を思い出したのだ。
確かにあのとき、あっという間に彼に心惹かれるようになった。それこそ、魔法的なくらい一瞬で。
運命の出会いはこういうことかと思っていた。
しかし、それが魔法の力だとすると、すべての辻褄が合うような気がした。
受け止めきれない情報にしばらく口を噤んでいると、リアスが様子を伺いながらも言葉を続けた。
「俺の一時の欲のせいで、君を傷付けて申し訳ない。君と結婚して以降、幸せな反面ずっと罪悪感を募らせていたんだ」
彼の言葉に伏せていた目を軽く上げると、今にも泣き出しそうな顔をした彼がそこに居た。
「エリーゼ、本当にごめんね。今すぐ魔法を解いて君を解放するよ」
魔法を解かれた私は、リアスのことが嫌いになるのだろうか? 絶対に嫌いになんてなりたくない。
でも、偽りの気持ちで一生過ごすのだとしたら? それはそれで嫌だ。
正直言って、私は今が一番幸せだ。もしリアスを嫌いになって、幸せじゃなくなるのなら怖い。
でも、私に魔法をかけたことでリアスは心を病んでいる。となると、リアスは私の魔法が解けない限り、幸せにはなれない。
リアスが幸せじゃなければ、結局私も幸せな気持ちになれない。
なら、答えは一つしかなかった。
はっきりさせようじゃないの。
「……分かった。アルチーナ、私の魅了魔法を解いてちょうだい」
「いいのね?」
「ええ、お願い」
リアスを一瞥すると、苦しそうながらも安堵した彼が視界に入った。
その横で、アルチーナが説明を始めた。
「魔法を解いたら、あなたは一日眠りにつくわ。目が覚めたら、完全に魔法が解けた証拠よ」
この説明を受け、私は私室のベッドに移動した。
そしてベッドに横たわると、アルチーナが私の胸元に指を翳して何やら呟いた。
すると、みるみるうちに睡魔に襲われ、私はそのまま深い夢の中へと落ちていった。
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