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58 古い友人

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「ヘルル様」

 呟くように名前を告げると、彼女はそっと柔らかく口角を上げた。

「オーロラ、ちょっとお話し相手になってくれる?」

 正直、話を聞くどころではないくらい急いでいる。
 しかし、探索に行き詰まりを感じていた私は心を落ち着けるためにも、穏やかなヘルル様と話すことを選んだ。

「はい」

 もしかしたら、話の中に何かヒントが隠されているかもしれない。
 そんな淡い期待を密かに胸に抱きつつ、私はヘルル様とすぐ近くのハンギングベンチまで移動した。

 そこについて、先に口を開いたのはヘルル様だった。

「実はね、あなたに会ったとき、ふと古い友人を思い出したの」
「友人ですか?」
「ええ、私の記憶の中でたった一人の友人よ。昔はその子と、今あなたが座っているベンチに並んで、よく語らったわ」

 遠い日の記憶を懐かしむかのように、彼女がフッと目を細めた。その表情は笑っているはずなのに、泣いているかのようにも見え、なぜか心が苦しくなる。

「大切な友人の方なのですね」
「ええ、そうよ。あなたの魂ととてもよく似た魂を持った子で……ちょっと待って。よくよく考えたらおかしいわ」

 何がおかしいのか分からず、思わず首を傾げる。すると、ヘルル様はそんな私をジーっと凝視してきた。

――何を見てるの?

 訳も分からないまま、ヘルル様に熱い視線を注がれる。そろそろ気恥ずかしい、そう思い始めたころ、ようやくヘルル様が口を開いた。

「ああ、分かったっ……」

 ヘルル様は初対面の真顔からは想像もできないほど、達成感と感動に満ちたような表情で笑った。
 何が分かったのだろうか。そんな疑問符を頭に浮かべた直後、彼女はその中身を告げた。

「あなた、ティアの子なのね」
「…………ティア?」

 ティアとはいったい誰なのだろうか。私がその人の子どもとはどういうことなのか。

 突然の衝撃的な情報に、脳内でさまざまな情報が錯綜し混乱してしまう。すると、そんな私にヘルル様が続けた。

「人間の魂もあるからすぐに気付けなかったけど、あなたはティアの子よ。あなたの魂には、神にしかない不死の効力がかけられているから間違いないわ」

 私はただの人間なのに、そんなわけないだろう。不死の効力なんて意味が分からない。何を根拠にそんなことを言っているんだろうか。

「ど、どうしてそんなことが分かるんですかっ?」

 聞きたいことが溢れそうになりながら、挙動不審に訊ねる。すると、ヘルル様は慈しむような眼差しで私を見つめ、口元に微笑を湛えながら答えた。

「私は冥界の神。人や神、すべての命あるものの魂の成り立ちを見ることができるの」

 腰ほどまである艶やかで潤沢な黒髪を揺らしながら、ヘルル様が言葉を紡ぐ。その姿は人型ではあるものの、離す内容や佇まいから、やはり神なのだと思い知らされた。

「そのようなお力があられるのですね」
「ええ、そうよ。ただ、私の知っている魂じゃないと、誰の魂とのつながりがあるかは分からないわ。逆に言うと、父母のうちどちらかを知っていれば分かる」
「そうなんですね……って、じゃあもしかして、その古い友人って……」
「ええ、あなたのお母さんのことよ」

 なんて繋がりだろうか。
 だが、私は未だなお混乱していた。こんなファンタジーでオカルトな話は信じられないとか、そう言う問題ではない。

 この世界のお母さんは確かにティアかもしれない。
 ただ、私には日本でも生まれた記憶があったからこそ、妙にヘルル様の言葉を飲み込めきれなかったのだ。

 そのため、ここは何でもありのファンタジー世界なのだと開き直り、誰にも言えなかった転生者である事実を告げてみることにした。

「あの、ヘルル様……。実は私、転生しているようなんです」
「転生?」
「はい。正しい言葉の意味かは分からないんですけど、とにかく前世の記憶があるんです。なのに、本当にティアの魂が引き継がれているのでしょうか?」

 信じてくれるだろうか。おかしな話をしている奴だと思われたらどうしよう。
 そんな不安が心を渦巻く。しかし、それは杞憂に終わった。

「それこそ、あなたがティアの娘である証拠よ。あなたはティアの記憶はあるかしら?」
「ティアの記憶?」
「ええ、つまり前世のお母さんの記憶についてなんだけど……」

 ヘルル様のその言葉に、私は頭から氷を被ったかのような衝撃を受けた。

 そうだ、日本人の私のお母さんは外国人だって言ってた。

 私のお父さんの名前は、野極陽斗のぎわはると。それは覚えてる。だけど、お父さんはお母さんのことをいつもお母さんって呼んでたから、本名を考えることなど普段なかった。

 でも、今言われてようやく片隅にあった記憶が紐解かれた。

「ティア……確かにお母さんの名前だったと、今思い出しました。でも、私が生まれて記憶もないうちに亡くなったんです」
「そうだったのね。じゃあ、あなたがどうして転生したのか、ちゃんとお話ししましょうか」
「お願いしますっ……!」

 私のその言葉に頷きを返すと、ヘルル様は陽だまりのような温かみある声で母について語ってくれた。

 私の母は、暁を司る女神のティア。人間の男、つまり私の父の陽斗と恋に落ち、結婚して私を産んだらしい。

 そのとき、神が持つ「不死性」と「不老性」のうち、「不死性」の力が出産により、私に引き継がれたという。つまり、私を産んだことで、ティアもとい母から「不死性」が消失したのだ。

 よって、不死であるはずのティアは、私を産んですぐに無くなったという。これが、私の前世での記憶だった。

 では、私に引き継がれた不死性とはいったい何なのか?
 そんな疑問が湧いたが、ヘルル様の言葉がその謎を一気に解き明かした。

「つまり、あなたに引き継がれた不死の力こそが、転生の力なの」

 どうやら、この世界は輪廻転生という概念はないらしい。だからこそ、不死は転生を指しているのだという。

 しかし、そう言われると一つ気がかりなことがあった。

「では、神様は不死なのになぜ転生しないのですか?」
「ふふっ、いい質問ね。神は皆、不老の力を得ているの。つまり肉体の限界が無いから、不死の力がありながらも転生などありえないのよ」

 そう言うと、ヘルル様は手を伸ばし、まるで赤子をあやすかのように私の頭を撫でながら続けた。

「ティアから生まれるはずなのに転生したから、生まれた時に孤児だったんじゃない?」
「はい、まさにその通りですっ……」

 ふとガレスさんやお母さんの顔が浮かび、目に涙が滲みそうになった。泣くわけにはいかないと、ギュッときつく口を結ぶ。

 すると、ヘルル様は私の頭からそっと手を下ろし、代わりに両手で私の手を包み込んだ。
 人肌の温もりが、心地よく手に伝う。

「オーロラは、きっといい人に拾ってもらえたのね」

 その言葉だけで、私の心に温もりが広がった。ガレスさんやお母さんたちが褒められたようで、とても嬉しかったのだ。

「はい、この上なく最高な人たちです」
「それは良かったわね。私も嬉しいわ」

 そう言うと、ヘルル様は自分事のように喜色の笑みを浮かべた。

 かくして、私は自身の出自の秘密を知ることになったのだった。
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