上 下
42 / 74

41 心を通わせて

しおりを挟む
 ヴァルド様の話を聞き、これまでのシドの言動の意味を、私は今さらながらようやく理解していた。

 ロイス陛下の魂が狩れなかったとき、シドがあんな怒っていた理由もやっと分かった。

――傷だらけの人に守ってもらっていたなんて……。

 なぜ今の今まで気づけなかったのか。

 楽しいとのんきに仕事をしている私を、彼はどんな目で見ていたのだろうか。
 想像するだけで苦しくなってくる。

 けれど、私が知らないシドが抱える問題は、そのほかにもあった。

 あの美しい深紅の目は堕天の証のため、シドは天使たちのあいだでハズレものと言われているらしい。

 つらかった。
 自分が悪く言われるよりも、シドが悪く言われていることの方がずっと……。

 だが、話はそれに留まらない。ヴァルド様は、ベリーとアールのことについても教えてくれた。

 彼らは片翼の不完全な天使のため、不吉だと差別され続けてきたところをシドが拾ったのだと。

 この話をするために、ベリーとアールに席を外させたのか。そう理解すると同時に、私は二人がシドにあんなに懐く理由を知って、大粒の涙をこぼした。

 二人も私も同じようにシドに救われていた存在だと知ったからだ。

「私、本当に何も分かっていなかったのね……」

 助けてばかりで助けてもらうことを知らないシド。そんな彼のことを思うと、胸が張り裂けそうだった。


 ◇◇◇


 ヴァルド様とルニーさんからの話を聞き終わり、私は一人でリビングのソファーにそのまま座っていた。

 涙こそ止まったが放心状態のままボーっとしている。まさにそのときだった。

 ガチャ――

 扉の音がした瞬間、私は自身の耳を疑いながら玄関に振り返った。

「シドっ……!」

 今日はきっと会えないだろう。そう思っていた彼がそこに立っていた。

 その姿を見た瞬間、まるで土砂降りの空に晴れ間が差したかのような気持ちになった。

「良かったっ……。シド、おかえりなさい」

 私は全速力で彼のもとへと駆け寄り、彼を見上げた。

 きっと今の私の顔は涙ぐんで見苦しいだろう。だが、それでも良かった。

 本当にシドが帰って来てくれたことを確認できたから。

「シド、私あなたのことっ……」

 何も分かっていなかった。そう言って謝ろうとしたのだが、突然私の身体は温もりで包まれた。

「……シドっ?」
「ごめん」

 ひどく疲れた様子で、彼が全体重をかけるように私を抱き締め呟いた。

「ど……どうしてシドが謝るんですか?」
「……あんたに嫌な思いさせただろ?」

 なぜこの状況で、そんな些末なことを考えているのだろうか。

――シドは優しすぎよ……。

 私は弱った彼の背中にそっと腕を回して力を込めた。

「シド、私は大丈夫です」

 そう言って、私は肩口から顔を上げたシドと目を合わせ、力強く頷いて見せた。
 私のことで、シドに心を割いてほしくなかったのだ。

 すると思いが伝わったのか、シドは心なしか安心したような表情になり、私を抱く手を解いた。

 その代わり、私の手を取って自室へと連れて行き、長椅子へと座らせた。

「きちんとオーロラに話しておきたいことがある。聞いてくれるか?」

 隣に腰かけたシドが不安そうに訊ねる。だが、心配は無用だ。私が彼に返す答えは一択のみだから。

「はい。聞かせてください」

 私がそう告げると、シドは両親の話はせず、死神姫であるフレイアとの婚約話について説明を始めた。

 内容は概ね、ヴァルド様たちから聞いたものと変わりなかった。先に聞いていたおかげで、私はシドの話を落ち着いて聞くことができた。

「オーロラ、ヴァルド様がここに住むことになった時、俺に渡してきた紙を覚えてる?」
「はい。あれが何か?」

 紙一枚でシドの態度が急変したからよく覚えている。あの紙の正体は何だったんだろう。

「あれさ、魂集めの期限の延期書だったんだよ」
「延期書?」
「ああ。結果としてだけど、ヴァルド様が延ばしてくれたから、魂集めの達成のほぼ確実な道筋が見えてきたんだ」

 自分が滞在したいがために、シドの弱みを使ったヴァルド様に微妙な気持ちになる。
 そんな契約を無くしてきてくれたのだったら、こちらの受け入れようも違うというのに。

 そう思う私に反し、シドはいたって謙虚を貫いた。

「今までは綱渡りみたいにギリギリだったけど、そのおかげで余裕が出来た。当然、延長期間には差し掛からないようにしたいけど……」

 確かに分かる。
 期限内に達成できるか微妙なとき、確実に達成できる期限に延長されたら、それは心持ちが違うだろう。

 そこに追い風が加われば、なおさらだろうと思った。だから、私はシドに励ましの言葉をかけた。

「……シドならできます」
「……」

 シドは無言だったが、その顔を見ると微かに口角が上がっていた。
 私は別に、面白いことを言ったつもりは無いのだけれど。

「どうされましたか?」
「いや、あんたがいて良かったなって」
「っ……!」

 本気で心臓が止まるかと思った。

 きっとシドのこの言葉に深い意味はないんだろうけど、好きな人にそんなことを言われたら動揺せざるを得ない。

――シドは言葉選びが問題ね……。

 私は彼のために、何かしてあげられたなんて思っていないのに。

 だが、今は彼のこの言葉を素直に受け止める方が良い気がする。

「……ありがとう、ございます」

 そんなこと無いなんて下手な否定はせず、ただそれだけを返すとシドは一つ頷いた。
 ただ、その彼の少し寂しそうな表情が、どうしても私の心に引っかかった。

「あの、シド……」
「ん?」
「私じゃ心許ないかもしれないけれど、あなたのためにできることなら何でもしますからね!」

 実際に私が出来ることはほとんどないだろうけれど、シドの気持ちが少しでも楽になればと思って言った。

「シドなら絶対に達成できる。大丈夫ですよ」

 根拠のない大丈夫なんて言葉は嫌いだ。だが、シドならできるという確信があったからこそ私は彼にそう告げた。

 そして、私は頼りない使用人として見られないよう、気丈を装いシドに微笑んで見せた。

 すると突然、シドがそんな私の手をするりと掬い握った。かと思えば、私の両手を包み込むと祈るかのように自身の額に押し当てた。

「ああ。……ありがとう、オーロラ」

 そう告げる彼の姿は、気高い彼が私に初めて気を許してくれたかのようだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...