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31 結び留めるもの

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「早く言って」

 シドがそう言って急かしてくる。だけど、突然そんなことを言われたって思いつくわけがない。

「ええと……シド、どうしたんですか? 突然欲しいものだなんて……」

 頭でも打ったんだろうか。なんてそこまでは言える訳もなく戸惑いの声を漏らすと、彼は至極あっけらかんとした様子で告げた。

「別に……。三カ月ちゃんと働いてるから、欲しいものの一個くらいはやろうと思って。ここは給料とかないだろ」
「ああ、そういう……」

 確かにここはランデレリア城でメイドとして働いていた時と違い、給料は出ない。

 ただ衣・食・住のすべてが揃っていて別に不都合なことは無かったから、そんなこと考えてすらいなかった。

「で、何がほしい? 無くて困ってるものとかあったら、そういうのを言いなよ」

 無くて困っているもの……。
 彼の言葉を受け、グルグルと思考を巡らせる。そんな私の脳内で、ピコーンと一つあるものが思い浮かんだ。

「実は一つあります……」
「何? 遠慮はいいから言ってみなよ」
「私……リボンが欲しいです!」
「……え? リボン?」

 彼にとって、私の欲しいものは意外だったのだろう。拍子抜けしたというような表情をした彼は、私の頭に視線を向けた。

 きっと、ポニーテールにしている私のリボンを見ているのだろう。それならちょうどいいと思い、私は今付けているリボンをスルスルと外して彼に見せた。

「ちょうどへたっていたんです。千切れはしないでしょうが、あまりにみすぼらしいのもちょっとと思っていたので……」

 手のひらに載せたリボンを改めて見ると、縁に解れが出ていて見栄えが悪い。細い糸がほわほわと広がっているから、リボン自体もそれを着けている人も、きっと安っぽく見えるに違いない。

――本当にちょうど替えどきね。

 ギュッとリボンを握り、再び髪を結ぶ。シドはそんな私の手つきをジッと見つめながら告げた。

「分かった。用意するよ」
「いいんですか?」
「いいから聞いたんだよ。もう用事は済んだ。ほら、リビングに行くぞ」

 シドはそう言って、私よりも先に扉に向かって歩き出した。その背を眺めていた私はハッと我に返り、彼を後ろから呼び止めた。

「シド」
「ん?」

 少し気だるげだけど、シドが私の方へ振り返った。

「さっきは心配してくれたんですよね。変な反応をしてごめんなさい。それと言い損ねていましたが、帰って来てくれてありがとうございました。シドが居てくれて良かったです!」

 謝るだけのときは良くないだろうが、お礼を言うということもあり彼に笑みを見せた。

 そんな私に、彼は面食らった顔をした。かと思えば、扉の方へと身体ごと向き直った。

――あれ、私また何か……。

 そんな不安が一瞬過ぎった。しかし、それは杞憂に終わった。

「別にっ……当たり前だから」

 彼は私の顔も見ずにそう告げると、足早に部屋を出て行った。その彼の耳は、何となく赤らんで見えたような気がした。

 そのことに気付き、自分でも分からないが妙に胸がざわついた。


 ◇◇◇


「ふわぁ~、よく寝たわ」

 何だか昨日はバタバタと忙しかったけれど、ある意味そのおかげなのか、いつもより深い眠りができた。

「今日は水瓶の掃除か。大変だけど頑張ろう!」

 目覚めとともに渇を入れ、私は身支度を済ませて、早速朝食を作るためキッチンに向かった。

「オーロラおはよう」
「おはようです。今日のごはんは何なのですか?」
「二人ともおはよう。今日はガレットよ」

 双子たちは朝食を確認すると、嬉しそうにはしゃいで席に着いた。そこに出来立てのガレットを運んだところで、シドがやってきた。

「シド、おはようございます」
「おはよう」
「せっかくなので、温かいうちに食べてくださいね」

 そう言って、私は席に着いたシドの前に新たに焼いたガレットを運び、自分の分のガレットも運び終えた。

 こうして、私たちは四人が同じタイミングで朝食を食べ始めたのだが、早食いのシドはあっという間に食事を終えた。

「ごちそうさま」
「もう食べ終わったんですか?」

 相変わらず早いなと思いながら、仕事の支度を進めるシドを横目に食事を進める。

 そして、彼の身支度が整い、食事の手を止め見送ろうと玄関に向かったところ、彼が私にあるモノを差し出して来た。

「これ」
「何ですか?」

 彼が差し出してきたのは、非常に簡素な小包だった。

「開けてもいいですか?」
「ああ」

 何かな? と少しドキドキしながら開けてみる。そして中身が分かった瞬間、私は息を呑んだ。

――まさか、昨日の今日で? 

 驚きながら、小包の中身を取り出す。
 すると、ワインレッドのような深紅のベルベットとレース刺繍で作られたリボンが姿を現した。

「これっ……」
「……要らなかったか?」

 こんなにも早く用意してくれるとは思っておらず戸惑う私に、彼がいつにもなく気弱な声で問うてきた。
 こんなに可愛いもの、要らないわけがないというのに……。

「いやいや、逆ですよ! 要ります! すごく可愛くてびっくりしたんです! しかもこんなに直ぐに用意してくれると思ってもみなくって……」

 リボンを両手にかけ広げて、左から右、右から左へと視線を流し見る。そして、そのまま私は彼の顔に視線を移した。

「シド、ありがとう! 嬉しいです!」

 クラシカルで上品なのに、可愛いまで兼ね備えている。そんなリボンに胸をときめかせていると、シドが控えめに口を開いた。

「そんなに喜ぶなら……着けてみたら?」
「そうですね! 着けてみます!」

 シドの言葉に乗り、今着けているリボンを解いて、新しいリボンで髪を結ぼうとした。しかし、そのときある名案が浮かんだ。

「シド」
「どうした?」
「このリボン、シドに着けてほしいです!」
「はあ?」

 彼は私の申し出に、初めて聞くような素っ頓狂な声を出した。

「ダメでしょうか?」
「いや、ダメとかそう言うんじゃないけど……」

 珍しく彼は戸惑いながら言葉を濁す。だが、ダメではないという言葉を聞いた私は、遠慮なく彼にリボンを託し、彼に背を向けた。

「マジで言ってんの?」

 そんな彼の困惑を隠しきれない声が背後から聞こえる。だが、しばらくすると彼は無言になり、私の髪を手に取ってリボンで結び始めた。

 彼はたまにベリーの長髪を結っているからか、その手つきは手慣れたもので、あっという間に結い上げた。

「結い終わったぞ」
「ふふっ、ありがとうございます!」

 浮かれた私は子どものように心弾ませながら、満面の笑みで彼の方へと振り返った。

「どうです? 似合ってますか?」
「っ……ああ」
「シドがそう言うなら間違いないですね! 嬉しいです! これから私、もっともっと頑張りますね!」

 たった一つのリボンでこんなに気分が上がる自分に、我ながら現金だなと思う。
 しかし、このやる気をバネにして、彼に認めてもらえるよう頑張ろうと改めて心が引き締まった。

 そんな私は、なぜか口数少なくなったシドをこの日は全力でお見送りした。
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