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59話 迫りくる脅威

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 彼のその言葉は、本当に軽率に発せられたものだった。

「こんな怪我でも治るなんて……。無茶してもどうにかなりそうで安心しました! 瀕死になっても治るから、いくら怪我しても大丈夫だと皆に言っておきますね!」

 開いた口が塞がらない。それくらいに、呆れて何も言えないような気持ちになる。この状況に置いて、なぜそんな発想に至るのか理解に苦しむ。

 いくらでも怪我して大丈夫なわけない。皆にも言っておくなんて、あまりにも能天気すぎやしないか。そんなお花畑な彼に驚き、私は唖然としながら彼を見つめた。

 正面にいる彼は椅子に座って、嬉しそうにニコッと笑っている。かと思うと、彼は突然伸びてきた手に胸倉を掴まれ、そのまま立ち上がらされた。

 ……その手の主は、エンディミオン様だった。

「おい、今何と言った?」
「え!? いや、怪我してもどうにかなるって……」
「どうにかなっているのは、誰のお陰か考えたことはあるか?」
「え、誰ってそりゃあ――」
「クリスタ様のお陰だろう?」
「はぃ……」

 敬語じゃないエンディミオン様なんて初めて見た。いつもの優しい彼とは違い、怯えてしまいそうなほどの気迫を感じる。

 そして、ディラン君は完全に怒りの化身となったエンディミオン様に圧倒され、ガタガタと小鹿のように足を震わせている。そんなディラン君に、エンディミオン様は言葉を続けた。

「今のあなたの発言は、まるでクリスタ様のことを考えてない。自分本位な人を物としか見ていない人間の発言だ。あと今言ったことを本気で思っているのなら、今すぐ帰れ。あなたがいては迷惑だ。皆の命に係わる。即刻――」
「ストップです! エンディミオン様!」

 彼が怖すぎて、救護所となっているテント内の空気が完全に凍り付いている。ここに居る人は怪我人だ。もしかしたら、彼と同じように考えていた人も複数人いたかもしれない。

 エンディミオン様の言葉を聞き、自身が怒られているような感覚に陥った団員たちは、完全に怯えた顔をしている。もし今アンデッドに襲われたら、チームワーク最悪の状態だ。

 だからこそエンディミオン様の気持ちは痛いほど分かるが、私は彼の方を止めた。

「クリスタ様……」

 悔しそうな顔でエンディミオン様が見つめてくる。そんな彼に「ありがとうございます」と声をかけ、私はついに座り込んでしまったディラン君の前にしゃがみこんで声をかけた。

「ディラン君」
「っ……!」
「私がいるからと怪我しても大丈夫なんて思わないでください。当然ですが、捨て身前提の戦いは禁止です」
「…………」
「分かりましたか?」
「…………」
「分かりましたか!?」
「はいっ……」

 いつもは優しく接する努力をするが、今回の討伐ではそうも言っていられない。こんな状況で拗ねて泣いてしまっている18歳の青年を気にかける余裕などない。

 話しを済ませ立ち上がり周囲を見回すと、テント内に居た他の団員達はかなり気が引き締まった様子になっていた。するとそのタイミングで、エンディミオン様と共にテントの外から呼び出しがかかった。

 呼ばれたところにエンディミオン様と向かうと、それぞれの団の団長と隊長格の人が集められていた。そして、捜査結果について共有し合うことになった。

 どうやら私を呼べと指示したのは、総司令官の次に偉い軍司令官の指示だった。そして、代表として軍司令官が説明を始めた。

「先ほどの偵察や調査で、合計18体のアンデッドを倒した。とはいえ、アンデッドはネクロマンサーが生きている限り復活を続ける」

 何とも恐ろしい話だ。倒しても倒してもキリがないから、騎士たちの体力が摩耗されるだけではないか。

「唯一倒す方法は心臓を貫くことだ。それでも稀に倒れないことがあるが……」

 稀に倒れないとは、本当に末恐ろしい生き物だ。そんなことを考えながら話しを聞いていると、軍司令官は地図を広げた。

「ここがアンデッドの出没が確認できたエリアだ。当初は複数人のネクロマンサーがいると考えてきたが、こうして出没エリアを囲むとネクロマンサーがたった1人の可能性も出てきた」

 そう言われ地図を見ると、街の中心の塔の回りを取り囲むように、アンデッドの出没エリアが示されていた。

 ――もしかして、この塔から1人でアンデッドを使役している可能性もあると言うの!?

 1人のネクロマンサーの力と考えただけで、ゾッと悪寒がする。そんななか、軍司令官は説明を続けた。

「ネクロマンサーが1人だった場合、もうここしか考えられない」

 そう言って指を指した場所は、案の定街の中心の塔だった。

「ここなら街の全てが見渡せる。魔道具のオペラグラスでも使えれば操作できるだろう。逆に、複数で操っているなら、この街全体でアンデッドを発見したため、かなりの数のネクロマンサーがいるということになる」

 ――魔導士部隊もいることだし、かなりの数のネクロマンサーがいたとしたら1人くらい捕まっていてもおかしくないはず。
 ということは、今回のネクロマンサーは少人数の可能性が高いのね。

 そう思っていると、ワイアット団長が口を開いた。

「閣下、塔に1人と街中に数人いる可能性もあります。団員の分け方が生死を左右します」

 その声に対し、エンディミオン様が口を開いた。

「1人で操っているならかなりの強さです。少数で行ったら確実に全滅です。逆に敵が複数の場合、単体の強さは未知数ですが、被害状況的に1人で操るネクロマンサーよりは弱いでしょう」

 ――本当に組み分けに命がかかっているわ……。
 それに、誰か殺されたらその人がアンデッドになるかもしれない。
 味方がアンデッドになるなんて、相当厄介よ。

 すると、同じことを考えていたのだろう。軍司令官が極めて冷静に宣告した。

「仲間がアンデッドになったら容赦なく切れ。また、下手に挑んで死んだら敵になる。死ぬと判断したなら、騎士の恥と言わず即逃げろ。とにかく己が死体になることを避けろ」

 仲間を切るなんて出来ない。そう思うが、そうしないと自分も他の団員も殺されるかもしれない。逃げるが勝ちではないが、死体になれば元も子もない。全滅だ。それだけは何が何でも避けなければならない。

 きっと軍司令官が私をこの話し合いに呼んだのは、これらの情報を把握したうえで治療をしながら臨機応変に参戦しろということだろう。

 ――参戦しないといけない可能性が高そうね……。
 あまり治療で力を使わないようにして、出来るだけポーションで対応しましょう。

 この日ほど、小型の軽いキャンディ型のポーションを開発しておいて良かった日は無い。

 そう思えるほどに、私は今回の討伐の壮絶さを改めて痛感した。
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