上 下
37 / 77

37話 嬉しすぎるサプライズ

しおりを挟む
 まさか今日のデートで厩舎に来るだなんて思ってもみなかった。ドレスブティックに行った直後で、最後の目的地だと言われていたから尚更だ。

 私はてっきりオペラや何かの舞台に行くためのドレスコードだと思っていた。しかし、ここはだだっ広い草原が広がっているだけの場所だった。

 こうして、私は放心状態のままワクワク顔のエンディミオン卿について行った。すると、すぐに馬たちが見えてきた。そして歩みを進め、エンディミオン卿はある一頭の馬の前で足を止めると私に向き直った。

「クリスタ様! ご紹介します。私の愛馬のルークです!」

 そう言うと、彼は月毛の馬を優しい顔をしながら撫でた。その光景を見た瞬間、放心状態になっていた私の意識は一気に現実へと引き戻された。

 ――お、大きいわ……。
 凛々しい顔……。
 でも、このつぶらな瞳……かわいいっ。

 思わずまじまじと見つめていたが、私はハッと目の前の馬から目を逸らした。初対面の慣れてない人間が、動物のジッと見つめるのはあまり良くないと聞くからだ。

 すると、そんな私にエンディミオン卿は楽しそうな表情で話しかけてきた。

「クリスタ様、今から乗馬をしましょう!」

 乗馬をしましょう。そう言う彼の声がグルグルと頭の中を回った。そして言葉の意味を理解した瞬間、私は慌てて彼に告げた。

「エンディミオン卿……私馬に乗れないですよ……」

 ――ドラゴンなら乗れるんだけど……。

 そう思っていると、エンディミオン卿はきょとんとした顔をした後、陽光のような笑顔で微笑んできた。

「存じておりますよ。ですから、今日は一緒に乗りましょう! 馬の負担を考えて片鞍乗りではないですが……」

 その言葉を聞いた瞬間、私のテンションはほぼ最上級まで上がった。

「え!? 本当に私が馬に乗れるんですか……?」
「はい! 安全は保障いたします」
「本当ですか!? 嬉しいですっ! ずっと乗ってみたかったんですっ!」

 夢にまで見た乗馬が出来ると分かり、ルークのために声は抑え1人でキャッキャと喜んだ。そのとき、ふと私はあることに気付いた。

 ――ということは、もしかしてこのドレスは乗馬用のドレス!?

 私はこの湧き上がった疑問を解消すべく、エンディミオン卿に訊ねた。

「初めて見ましたが、これはもしかして乗馬用のドレスなんですか?」

 そう言うと、エンディミオン卿は嬉しそうな顔で「はい!」と肯定した。

 ――だからプレゼントしてくれたのね!
 他国では女性も乗馬すると言っていたけれど、この国はほとんどその文化がないから分からなかったわ……。

 上半身を左右に捻りながら、自身が今身に付けているドレスをクルクルと眺めた。すると、そんな私を見てエンディミオン卿は楽しそうな笑い声をあげた。

 その笑い声を聞いて恥ずかしくなり、今の光景を忘れてもらおうと、私はエンディミオン卿に声をかけた。

「先ほどルークだと紹介してくれましたよね」
「はい、もう少し近づいても大丈夫ですよ」

 そう言われ、私は今いる場所からもう一歩前進し、ルークに挨拶することにした。

「こんにちは。ルーク、今日はよろしくねっ」

 そう声をかけると、エンディミオン卿は驚いたような声を上げた。

「おや、結構人嫌いするタイプなんですが、やはり私の愛馬なのでクリスタ様のことは気に入ったようですね。ぜひ撫でてあげてください」

 サラッと恥ずかしいことを言う彼に、思わず突っ込みを入れそうになる。しかし、撫でる許可をもらったため、私はもう何も言い返さずにルークを撫でることにした。

 ――ここまで馬に近付いて触るなんて初めてだわ……。

 馬車に乗っていても馬と接するのは御者だ。そのため、私は馬という生き物とこうして接触するのは初めてだった。

「ここを手の平全体で、撫でてあげてください」

 そう言われ、私はエンディミオン卿に言われた通りの場所を「触るわね……」と声をかけ、恐る恐る撫でた。

 すると、まるで気持ちいいとでも言うようにルークは目を細めてくれた。

 ――とってもかわいいわ……!

 撫でていると、だいぶ恐怖心は薄れてきた。それどころか、かわいいと思う気持ちが高まってきた。

「さあ、そろそろ乗ってみましょうか」

 そう声を掛けられ、私はいよいよ馬に乗ることが出来るのだとドキドキしながら、厩舎からすぐの草原へと移動した。

 草原に着くと、台のようなものが置かれていた。エンディミオン卿はその台の近くへとルークの手綱を持ちながら移動し、華麗にルークの背へ乗った。

「クリスタ様。その台を踏み台にしてお乗りください」

 そう言うと、エンディミオン卿は馬上から私に手を差し出した。私は言われた通り台を踏み台にし、エンディミオン卿のその手を掴んだ。

 すると、エンディミオン卿が片手とは思えない力で私をグイッと引っ張り上げた。そのお陰で、私は無事人生で初めて馬に乗ることが出来た。

 だが、私はここで気付いたことがあった。エンディミオン卿との距離がとても近いのだ。いや、近いを通り越して密着していると言った方が正しいだろう。

 会うたび会うたび求婚してくるエンディミオン卿だが、意外なことに余程のことが無い限り、彼は私を触ってきたことが無い。

 そのため、私の後ろに座っているエンディミオン卿が両手で手綱を握った瞬間、後ろから包み込まれたような錯覚に陥り、彼との初めての距離感に少しドキっとした。

 でも、馬に乗れたという高揚感によるドキドキが圧倒的にそのドキドキを上回っていた。

「では、行きますよ」

 耳元で彼の低く甘い声が聞こえたかと思うと、ルークが歩き始めた。その瞬間、私は心の中で大興奮した。動く馬に自身が乗っているという新体験に心が躍る。

 もう私の顔は誰が見ても楽しそうなのが伝わるというくらいに、笑顔で満たされていた。すると、背後からエンディミオン卿が声をかけてきた。

「クリスタ様、乗り心地はいかがですか?」
「夢みたいです! 馬に乗るってこんな感覚なんですね……! すごくドキドキしますっ」

 そう答えると、彼はふふっと笑い言葉を続けた。

「楽しんでいただけているようですね。では、もう少しスピードを上げましょうか」

 そう言うと、エンディミオン卿はルークに指示を出し、ルークはその指示に呼応するように小走りを始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!

海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。 そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。 そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。 「エレノア殿、迎えに来ました」 「はあ?」 それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。 果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?! これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

モブですら無いと落胆したら悪役令嬢だった~前世コミュ障引きこもりだった私は今世は素敵な恋がしたい~

古里@10/25シーモア発売『王子に婚約
恋愛
前世コミュ障で話し下手な私はゲームの世界に転生できた。しかし、ヒロインにしてほしいと神様に祈ったのに、なんとモブにすらなれなかった。こうなったら仕方がない。せめてゲームの世界が見れるように一生懸命勉強して私は最難関の王立学園に入学した。ヒロインの聖女と王太子、多くのイケメンが出てくるけれど、所詮モブにもなれない私はお呼びではない。コミュ障は相変わらずだし、でも、折角神様がくれたチャンスだ。今世は絶対に恋に生きるのだ。でも色々やろうとするんだけれど、全てから回り、全然うまくいかない。挙句の果てに私が悪役令嬢だと判ってしまった。 でも、聖女は虐めていないわよ。えええ?、反逆者に私の命が狙われるている?ちょっと、それは断罪されてた後じゃないの? そこに剣構えた人が待ち構えているんだけど・・・・まだ死にたくないわよ・・・・。 果たして主人公は生き残れるのか? 恋はかなえられるのか? ハッピーエンド目指して頑張ります。 小説家になろう、カクヨムでも掲載中です。

悪役令嬢? いえ私は、騎士になります。

桜咲 京華
恋愛
剣道の全国大会優勝者だった私の転生先は悪役令嬢クロウツィア。 生前に持っていた剣ダコも筋肉も無くなってしまったけど、もう一度強さを取り戻したい。子供の頃夢に見たようなヒーローになりたい。さっそく騎士団に乗り込んでやる! 婚約者であるウィンスター王子のことも私が守ってあげる。だから婚約破棄しても仲良くしてね。 脳筋系女子の騎士物語。 小説家になろうでも同時連載中。

処理中です...