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36話 初めてだらけのデート

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「お嬢様、お客様がお迎えに来られましたよ」

 メイド長に声をかけられ、私は家を出た。すると、いつもの騎士団の制服とはまた一味違う、オシャレな服を着たエンディミオン卿が立っていた。

 そして、彼は家から出てきた私を見るなり、華やぐような笑顔で微笑みかけてきた。そんな彼の純真な笑顔を見て思わず視線を逸らしたところ、彼が乗ってきた馬車が目に入った。

「今日はこちらの馬車で移動するんですか?」
「はい、そのつもりです。その方が移動しやすいかと思いましたて……」

 この彼の判断は私的には大正解だった。
 正直、公爵家の紋章が飾られた華美な馬車で来られたらどうしようかと思っていた。

 しかし、彼が用意してくれた馬車は、見えるところに紋章が無く、貧相ではないがシンプルなデザインの馬車だった。これなら悪目立ちしないし、移動も楽で最高だ。

 そう思っていると、エンディミオン卿は少し不安げな顔で訊ねてきた。

「もしや、お気に召しませんでしたか……?」
「いえいえ! 最高のセンスに感動していたところです!」

 気に気わないと思っていると勘違いされたら困る。そう思い素直な感想を告げると、エンディミオン卿はホッとしたような表情で微笑んだ。

 そして、彼は余裕のある笑みを携え、流れるように自然な所作で私に手を差し出した。

「今日をあなたにとって最高の一日にします。どうぞ、私の手をお取りください」

 何て気恥ずかしいセリフだ。そう思い少しドギマギしながらも、私は彼の手を取り馬車へと乗り込んだ。こうして、私たちのデートがスタートした。

 まず、馬車に乗った時点から彼のもてなしは始まっていた。

 もし寒かったらと薄めのブランケットを用意してくれていた。そして、出来るだけ馬車移動の負担を減らすためにと、クッションを置いてくれていた。

 少し強い日差しが馬車の中に差し込めば、何を言うでもないのにさりげなくカーテンで直射日光を塞いでくれた。他にもいろいろな場面で、エンディミオン卿はとにかく私を気遣ってくれた。

 今までそういうことは私の役目だった。だからか、初めて受けるその些細な優しさの積み重ねに少々戸惑っていた。

 そのため、そんな気を少しでも紛らわそうと、私はエンディミオン卿に声をかけてみた。

「エンディミオン卿」
「どうされましたか?」
「私たちはこれからどこに行くんですか?」
「着くまで内緒です」

 そう言うと、彼は自身の口の前に人差し指を立て、何かを企んでいるような妖しげな笑みを見せた。その表情は、エンディミオン卿のファンだったら即死だろうと思った。

 ――だって私も少しドキッとしてしまったから……。

 密室空間で2人きりということもあり、妙に落ち着かない気持ちになってしまう。

 そのため、私は定番のデート場所を思い出そうとしていた。しかし、腹の立つことにレアードが好きなところしか思いつかない。

 コーヒー好きの彼のためにコーヒー専門店に行った。ある日は彼の好きな本が揃う古本屋に行った。

 別の日には彼が仕事中に使う万年筆を買いに行った。レアードは万年筆にこだわりがあり、色々な万年筆を試すのが好きだったからだ。

 とにかく彼が好きそうなところをピックアップし様々なところに行ったが、私が行きたいと思って行ったところはそんなになかった。

 あの当時は、レアードの行きたいところが私の行きたいところという頭だったからだ。

 だからこそ、エンディミオン卿がどこに行こうとしているのか私には皆目見当もつかなかった。私自身がデートで行きたいところが思いつかないからだ。

 そのため、私は考えることを放棄し、物理的に居心地の良すぎる馬車に揺られることにした。すると、すぐに目的地に到着した。

 そして、エンディミオン卿の補助で馬車から降り周りを見回したが、特別デートスポットというような場所が見当たらない。

 ――ここが目的地ってどういうこと……?

 そう困惑していると、エンディミオン卿は私の心中を察したように声をかけてきた。

「馬車で来られるのはここまでで、本当の目的地はあの細道の通りにあるんです」

 そう言われ、エンディミオン卿が指さす方を見ると、確かに馬車では通れない細道があった。こんな場所に何があると言うのだろうか。

 そう思ったが、この人に限って私を危ない場所には連れて行くことは無いだろうと思い、私は大人しくエンディミオン卿の案内について行った。

 それから5分後、私はとんでもないほどに大興奮していた。エンディミオン卿が案内してくれた店、それは魔導具店だった。

 古い物から新しい物、量産されていない珍しい物や初めて見るような物まで様々な魔導具が揃っていた。店内に他の客はおらず、まさに穴場という言葉がピッタリだ。

「あ! これもある! あっ! ここにも!? すごいわっ! ずっと探してたものだわっ……ここにあったのね!」

 あまりにも楽しすぎて、いつの間にか童心に返り、ついついはしゃいでしまう。すると、そんな私にエンディミオン卿が話しかけてきた。

「以前、珍しい魔導具を見てみたいと言っていましたよね? どうやら満足いただけたようで安心いたしました」
「満足なんて言葉では足りませんよ! 最高です! 私この店初めて知りました。もっと早くに知っていれば良かったです……」

 そう言うと、彼はほんのりと頬を紅潮させ優しく微笑んだ。

 それから私は時間なんて忘れてしまったかのように、夢中になって魔導具を見回した。そして、何とか買える範囲まで購入品を厳選することに成功した。

「エンディミオン卿! 買ってきますね!」

 そう伝え会計に行こうとした。ところが、エンディミオン卿は慌てたような表情で私を引き止めた。

「私にプレゼントさせてください!」
「いや、私のものは私が買いますよ」
「そんな遠慮しないでください。是非買わせてください」
「遠慮じゃないです。私が欲しいと思って買うので、これは絶対に私が買います! すぐ行きますから、先に店の外で待っててください!」

 そう言うと、エンディミオン卿は寂しくクーンと鳴く犬のような顔をしながらも、分かりましたと言い店を出た。そして、私は店のオーナーの元へ行き声をかけた。

「すみません、オーナーさん。こちらも追加でください。これだけはラッピングをお願いします」

 そう言うと、オーナーさんは茶目っ気たっぷりの笑顔で、追加商品にプレゼント用のラッピングをしてくれた。

 そして、急いでエンディミオン卿の元へ向かい、私は再び馬車へと乗り込んだ。すると、席に着くと同時に、エンディミオン卿が楽しそうに話しかけてきた。

「あのお店は気に入りましたか?」

 愚問だ。そう思いながらも、私は店を教えてくれた彼の質問に答えた。

「とっても気に入りました! 絶対また来たいです!」
「では、次も私と来ましょうね!」
「そ、そういう訳じゃ……!」

 そう言うが、エンディミオン卿は嬉しいですと言いながら喜びの笑顔を見せていた。そんな彼を見て困っていたはずだったのに、いつの間にか私の口角もつられるように上がってしまった。

 こうして楽しい気分になっていたが、ふと新たな目的地に向かっていることを思い出した。

 そのため、また内緒と言われるかもしれないと思いながらも、私はエンディミオン卿に問いかけた。

「ところで、今どちらに向かっているんですか?」
「とあるブティックですよ。そろそろ着きます」

 ――何のブティックかしら……?

 そう思った瞬間、エンディミオン卿の予想通り馬車が止まった。そして、私は馬車から降り、驚きのあまりエンディミオン卿に声をかけた。

「……ここですか?」
「はい!」

 元気よく答える彼は、まるで輝く太陽のような笑顔を見せてきた。

 だが、私は目的地のブティックに困惑していた。ドレスブティックだったからだ。

 私はデートでこんなところに来たことはただの1度もない。こんなことは初めてだ。そのため、思わず彼に問うた。

「何でここに来たんですか?」
「これから必要なんですよ」
「はい!? 私そんなお金――」
「出させるわけないじゃないですか。わたしの念願なのです! どうかっ! お願いします!」

 意味も分からずドレスブティックに連れて来られ、念願だと言われても、どうしたら良いのか分からない。

 だが、魔導具店のときとは異なり、懇願するような彼の様子を見て、今回だけは……と折れることにした。

「そこまで言うなら……分かりました。でも今回だけですよ!」

 そう言うと、彼は花が咲くような笑顔で微笑み、はしゃいだ様子で言葉を発した。

「ありがとうございます! よろしければ、私が選ばせていただいてもよろしいですか?」

 ――お金を出すのはエンディミオン卿だもの。
 相当変じゃない限り何も言えるわけないわ……。

「では、お願いします」
「はい! お任せください!」

 そう言うと、彼は店に入るなり一瞬でドレスを選んだ。元からこれだと決めていたかのような決断力に驚いてしまった。

 しかも、変わった型をしているのに、その服を着ると何とサイズがピッタリだった。それになぜか私の趣味嗜好にあったデザインだ。

 ――こんな奇跡もあるのね……。

 そう思っていると、エンディミオン卿が話しかけてきた。

「他の人には見せたくないほどお綺麗です。ですので、私と結婚し――」
「お断りします!」

 今日は言わないと思っていたのに、油断も隙も無い。そう思いながらいつもの返しをすると、エンディミオン卿は嬉しそうに笑いながら再度口を開いた。

「では、行きましょうか!」
「え? この服を着たままですか!?」
「はい、次の場所はその服が必要なんです。そして、次が今回のデートの最終目的地ですよ」

 そう言われ、私はドレスを着たまま馬車へと乗り込んだ。

「エンディミオン卿、本当にドレスなんていただいてよろしいんですか? せめて――」

 私が言いかけたことを察したのだろう。珍しく私の言葉を遮ったエンディミオン卿は真剣な眼差しで力強く言葉を発した。

「良いんです。クリスタ様には、絶対に楽しんでもらいたいんです」

 こうして謎の説得力に圧倒されたまま、私は大人しく最後の目的地へと向かった。

 そして馬車が止まりエンディミオン卿のエスコートによって降り立った場所、そこはなんと厩舎だった。
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