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五部 氷鬼なる琅悸編
最後の神具4
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いまさら昔のことを変えることはできない。ユフィが話したことで彼女は知ってしまった。
すでに、なにも話さずにいられるような状態ではない。ないのだが、すべてを話すことに躊躇いはある。
「父さんと母さんは、俺が道場を継いだあと旅に出た。世界が見たいって……」
ぽつりぽつりと話し出す。それは両親が旅に出たことから始まり、旅先から送られてきた手紙の話。
今はどこにいて、どのような町でなにをしているのか。珍しい物があったからお土産だ、と町の名産と手紙が送られてくる日々。
琅悸自身は旅などしたことはなかった為、読むのを楽しみにしていたほどだ。
ある日、立ち寄った先で赤子を拾ったと書かれていた。しばらく里親を探すとも書かれていた手紙。
里親が見つからないから、ここで育てると書かれていたのは数カ月後。
「だから、あの歌を聴いてわかった。手紙に書かれていた赤子は、氷穂のことだったんだと」
手紙に赤子の名前は書かれていなかった。連絡が途絶えたとき、捜そうとして断念したのだ。
「うっすらと覚えてる。優しい声で、あの歌を歌ってくれた人……それが、琅悸の両親?」
幼い頃の記憶は曖昧で。けれど、なぜかあの歌だけは覚えていた。氷穂にとって、神殿で暮らす前の唯一の記憶。
「ショックで忘れたんだろう。いつか思いだすかもしれない。けど、無理矢理思いだす必要はない」
できれば忘れたままでいてほしい、と琅悸は小さく言う。
「……わかった」
知りたいと思った。琅悸が知っていて、自分が知らない過去のこと。彼の両親が関わるならなおさらだ。
だが、今は必要ない。すべてが終わったとき、ゆっくり探そうと氷穂は思った。
両親が育てていた少女だから、護らなくてはいけないと思い、護衛は引き受けたと言う。
手紙で書かれていて、彼にとってはもう一人の妹だったのだ。
「妹……」
やはり女性として見てもらえないのか。妹という言葉に気分は酷く落ちた。
覚悟していたが、面と向かって言われれば心は痛い。
「妹だった…歌を聴いたときまでは」
「えっ……」
思わぬ言葉に見上げれば、真剣な表情を浮かべた琅悸の姿がある。
「……先代に連れられて紹介されたとき、一目で惹かれた。おかしいだろ、あんな小さな女の子に惹かれるなんて」
誰にも惹かれることはなかった。女性と生涯を共にすることなど、自分にはないと思っていたほどに、琅悸は異性に興味がなかったのだ。
「俺はいかれてると思ったさ」
小さな子供に惹かれるなど、ついにおかしくなったかと思った。
けれど、琅悸はこうも思ったのだ。彼女しかいないと。幼い少女を見て、自分の相手は彼女だけだと、自分と生涯を共にするなら彼女しかいないと思ってしまったのだ。
初めての感情に困惑したのは言うまでもない。その困惑が、先代の巫女に気付かせてしまった要因だということも、今の琅悸は理解していた。
「琅悸…私も…あの日あなたに惹かれた……」
運命に導かれるよう、二人は出会った。次代の巫女と巫女護衛として。
これは琅悸の両親が引き合わせた、運命の出会いだったのかもしれない。
両手を見つめる琅悸。その手は、罪もない者をたくさん殺してきた手。
一人、また一人と殺すごとに、心が凍りついていくのを感じていた。そうでもしなければやっていけなかったのだ。
いつまでも忘れることのできない光景。自分がどのような表情をしていたのかもわからない。せめて一瞬で楽にしてやることしか、あのときの琅悸にはできなかった。
ユフィが止めるのを無視し、それでも殺り続けたのは忘れてはいけない過去。他に手があったはずなのに、途中から考えることを放棄してしまった。
「琅悸…」
立ち上がり、労るように琅悸の手を握る。少しでも多く、彼の背負うものを背負えるように。
「俺は、罪を償わなければいけない。だから巫女護衛には戻れない」
一人になってからずっと考えていたことだ。むしろ、離れてしまったからこそ、自分がやってしまったことが頭から離れなくなってしまった。
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すでに、なにも話さずにいられるような状態ではない。ないのだが、すべてを話すことに躊躇いはある。
「父さんと母さんは、俺が道場を継いだあと旅に出た。世界が見たいって……」
ぽつりぽつりと話し出す。それは両親が旅に出たことから始まり、旅先から送られてきた手紙の話。
今はどこにいて、どのような町でなにをしているのか。珍しい物があったからお土産だ、と町の名産と手紙が送られてくる日々。
琅悸自身は旅などしたことはなかった為、読むのを楽しみにしていたほどだ。
ある日、立ち寄った先で赤子を拾ったと書かれていた。しばらく里親を探すとも書かれていた手紙。
里親が見つからないから、ここで育てると書かれていたのは数カ月後。
「だから、あの歌を聴いてわかった。手紙に書かれていた赤子は、氷穂のことだったんだと」
手紙に赤子の名前は書かれていなかった。連絡が途絶えたとき、捜そうとして断念したのだ。
「うっすらと覚えてる。優しい声で、あの歌を歌ってくれた人……それが、琅悸の両親?」
幼い頃の記憶は曖昧で。けれど、なぜかあの歌だけは覚えていた。氷穂にとって、神殿で暮らす前の唯一の記憶。
「ショックで忘れたんだろう。いつか思いだすかもしれない。けど、無理矢理思いだす必要はない」
できれば忘れたままでいてほしい、と琅悸は小さく言う。
「……わかった」
知りたいと思った。琅悸が知っていて、自分が知らない過去のこと。彼の両親が関わるならなおさらだ。
だが、今は必要ない。すべてが終わったとき、ゆっくり探そうと氷穂は思った。
両親が育てていた少女だから、護らなくてはいけないと思い、護衛は引き受けたと言う。
手紙で書かれていて、彼にとってはもう一人の妹だったのだ。
「妹……」
やはり女性として見てもらえないのか。妹という言葉に気分は酷く落ちた。
覚悟していたが、面と向かって言われれば心は痛い。
「妹だった…歌を聴いたときまでは」
「えっ……」
思わぬ言葉に見上げれば、真剣な表情を浮かべた琅悸の姿がある。
「……先代に連れられて紹介されたとき、一目で惹かれた。おかしいだろ、あんな小さな女の子に惹かれるなんて」
誰にも惹かれることはなかった。女性と生涯を共にすることなど、自分にはないと思っていたほどに、琅悸は異性に興味がなかったのだ。
「俺はいかれてると思ったさ」
小さな子供に惹かれるなど、ついにおかしくなったかと思った。
けれど、琅悸はこうも思ったのだ。彼女しかいないと。幼い少女を見て、自分の相手は彼女だけだと、自分と生涯を共にするなら彼女しかいないと思ってしまったのだ。
初めての感情に困惑したのは言うまでもない。その困惑が、先代の巫女に気付かせてしまった要因だということも、今の琅悸は理解していた。
「琅悸…私も…あの日あなたに惹かれた……」
運命に導かれるよう、二人は出会った。次代の巫女と巫女護衛として。
これは琅悸の両親が引き合わせた、運命の出会いだったのかもしれない。
両手を見つめる琅悸。その手は、罪もない者をたくさん殺してきた手。
一人、また一人と殺すごとに、心が凍りついていくのを感じていた。そうでもしなければやっていけなかったのだ。
いつまでも忘れることのできない光景。自分がどのような表情をしていたのかもわからない。せめて一瞬で楽にしてやることしか、あのときの琅悸にはできなかった。
ユフィが止めるのを無視し、それでも殺り続けたのは忘れてはいけない過去。他に手があったはずなのに、途中から考えることを放棄してしまった。
「琅悸…」
立ち上がり、労るように琅悸の手を握る。少しでも多く、彼の背負うものを背負えるように。
「俺は、罪を償わなければいけない。だから巫女護衛には戻れない」
一人になってからずっと考えていたことだ。むしろ、離れてしまったからこそ、自分がやってしまったことが頭から離れなくなってしまった。
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