始まりの竜

朱璃 翼

文字の大きさ
上 下
119 / 174
五部 氷鬼なる琅悸編

最後の神具3

しおりを挟む
 常に人が出入りする部屋があった。誰かしらが様子を見に来て、でていく。完全に呪縛が解けたのか、不安があったから。

 つまり、琅悸が寝かされている部屋だ。

「少し休めよ」

「大丈夫」

「でもよぉ」

 あれから数日経ったが、琅悸が目を覚ます気配はない。祈るように氷穂はひたすら傍についている。

 目を離している隙に、彼が死んでしまうのではないか。そう考えたら、離れられなかったのだ。

(どうしたら、目を覚ましてくれるの)

 倒れる寸前、なにかを伝えようとしていた。でも、と言ったその先はなんだったのか。

 彼は、一体なにを伝えようとしていたのか知りたい。あの歌についても、言っていたことがどういうことなのか。

 ユフィに問いかけても、琅悸から聞けとなにも言わないのだ。

(琅悸……)

 そろそろ意識が戻るはずだと、彼を診てくれている天使族の者は言っていた。医療はどの種族より発展している一族だ。

 だから、きっと目を覚ます。彼がこのままなんてことはありえない。信じて、ただ待ち続けた。

 それからさらに数日。飛狛が部屋を訪ねたとき、彼はようやく目を覚ました。

「琅悸!」

 ハッとしたように近寄り、氷穂は覗き込む。すると、ぼんやりとした表情で彼女を見ている。

「……氷穂?」

「わかるみたいだね。気分はどう?」

 穏やかな笑みを浮かべる青年に、琅悸の意識は覚醒した。飛び起きれば身体に走る激痛。

「…っつ」

「まだ無理はしないほうがいいよ。その回復力は、さすがだと思うけど」

 常人なら間違いなく数ヵ月はベッドの中だろう。ここまで回復したのは天使族のお陰だけではなく、本人の回復力が高いからだ。

 この先、彼の戦力は大切になる。引き入れるためには、まず回復してもらわねばならない。

「久しぶりに全力で戦えて、気分がよかったよ。帰るまでに、もう一回手合わせ願いたいね」

「はっ?」

 拍子抜けしたような表情を浮かべる琅悸に、飛狛は声を上げて笑った。

「俺、黒竜じゃん。火竜族の大会も、毎年出られるわけじゃないし、中々相手がいなくてね。君もだろ」

「……妹がいる。たまにしか相手してくれないが」

 少しばかり言われている言葉がわからなかったが、おそらく過去にあるなにかなのだろうと思う。

「……いるんだ」

 少しばかりしょんぼりとする青年に、今度は琅悸が笑う番。

 拗ねたような表情には、氷穂もクスリと笑う。

「うん。笑えるなら大丈夫だね。あとは二人で話すといいよ。手合わせは、ちょっと片隅に入れといてもらえたら嬉しいけど」

 わざとなのか、本気なのか。どちらもなんだろうと琅悸は思った。

 手合わせがしたいというのは間違いなく本音。けれど、目的は笑わせることだろう。琅悸と氷穂、どちらもだ。

(すごい人だ。自分がちっぽけな存在に見えてきた)

 飛狛と戦ったことは覚えている。剣を交えたからこそわかることもあり、彼もなにかしらを抱えているのは間違いないと思っていた。

 その上で魔法槍士という重い肩書きを持っている。魔法槍士である以上、その肩書きによって苦労だってあるのだ。

 それでも自分と違って前を向いていることが、素直にすごいと思う。

 フッと笑う姿に氷穂は驚く。ずっと感じていた、氷のような雰囲気がなくなっているのだ。

(本当に、戻ったの?)

 氷鬼ではない、昔見た優しい笑顔をする青年に彼が戻ったのかもしれない。

 期待するような眼差しで見れば、穏やかな目をしている。

「琅悸…」

 外へ視線を向ける青年へ呼び掛ければ、振り向くことはなかった。

「……こんなに、晴れ晴れとした気持ちは久しぶりだ」

 ただ、話す気がないわけではない。それがわかったから、氷穂は待つことにした。彼が自分から話すまで。

 窓の外から見えるのは、一般公開されていない庭。王族の暮らす別館側の庭だ。

 なにかがあるわけでもなく、一本の木が見えるだけ。

「ユフィ…庭は自由に出ていいのか?」

「あぁ、大丈夫だぜ。いくか?」

「あの木まで、肩貸せ」

 しっかりと自分の足で立ち、ユフィに支えてもらう。そのまま庭へ出ていくと、木へと寄りかかる。

 無事に送り届けると、ユフィは姿を消す。二人きりにするためだ。

 なにをどこまで話すのかはわからないが、琅悸が氷穂に話そうとしているのはわかった。おそらく、これは二人の関係を変えることになるだろう。

 そこに、自分がいてはいけないと思ってのことだ。琅悸はそういったことを気にするから。

「あの歌…歌ってくれないか」

「うん…」

 根本に座ると氷穂は歌い出す。目を閉じて聴く琅悸は、懐かしさを感じていた。

 巫女護衛になってすぐ、こうやって一回だけ歌を聴いた。儀式用の歌で、初めての儀式へ向けての練習だと氷穂が言ったのを思いだす。

 解放される。そう思い、解放されることはなかった。琅悸にとって苦い記憶のひとつ。





.
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

処理中です...