始まりの竜

朱璃 翼

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五部 氷鬼なる琅悸編

不吉の神鳥3

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 一同が見守る中、虹色に輝く鳥は現れた。光が強く輝き、天高く上っていく。

「鳳華ですぅ」

「きれい……」

 本当に造られたのかと聞きたくなるほど、その鳥は美しい。巫女の名に相応しい魔道生物を造ったのだろう。

「うさぎもいるのね」

「はいですぅ」

 暴れていた前科をもつうさぎは、覚えていないからか当たり前のようにいた。まるで最初から仲間であったかのように。

「手を貸すのはこれだけよ」

「はいですぅ!」

 嬉しそうに尻尾を振る九兎に、虹色の鳥はわかりやすくため息をついた。

「神鳥になにが起きているかわかるか?」

 協力してくれるとわかるなり、虚空は現状を教えてくれと問いかける。自分にはまったくわからないが、彼女ならわかるだろうと思ってのことだ。

 すると探るように空を見上げる鳳華。巫女として造られたからには、その能力も高いようだ。

「……目の前で巫女を殺されたみたい。だから怒っている」

 それをやったのは邪教集団だろう。神鳥を怒らせて、なにがしたいのかはわからないが。なにか意味があってのはず。

 目標を達成させないためにも、早く怒りを静めなくてはいけない。

 静めるのは可能かと訊ねれば、やってみなければわからないと答える。鳳華が巫女の代わりをしていたのは、何千年も前のことなのだ。

 今も昔と同じとは限らない。怒り狂う神鳥が鳳華に応えてくれるかもわからない。

「やれるだけやってみる」

 強い光を放つと、鳳華は鳥から人の姿へ変わる。白髪の美しい女性は背中に虹色の翼を生やしていた。

 目を閉じて祈りを捧げながら力を放てば、光が天へ上っていく。

「怒りを静めてくれればいいが」

「それにしても、誰が巫女を殺したんだろ。巫女は鳥海山にいるはずなんだけどなぁ」

 山を見上げながら蒼翔が不思議そうに言う。巫女は神鳥に護られているはずなのにと。

「誰かが、これを破ったのでしょうね」

 入り口を調べていた瑚蝶は、自分にはできないと言った。ここには神鳥の結界が張られているのだろうと。

 簡単に破れるものではない。なにせ神鳥が張った結界なのだから。

 長く、長く祈りは続く。鳳華ではできないのかもしれない。そんな空気が流れ出す。

「巫女殿の歌声は役立たないか?」

「私、ですか?」

 フェンデの巫女は精霊の儀式を歌で行う。

「精霊を癒す歌声……できるかもしれない! やってみよう!」

 過去の世界で、フェンデの巫女は精霊を癒した。癒しの力が込められた歌声なら、神鳥にも届くかもしれない。

 やってみなくてはわからないが、試してみる価値はあるはずだ。

 柊稀が言えば九兎が頷く。このうさぎも、過去の巫女を知るからこそできるかもしれないと思ったのだ。

「わかりました。やってみます」

 全員の視線を受け、氷穂は頷く。

 自分の歌声が役立つなら、少しでも彼らの役に立てるというなら、これほど嬉しいことはない。

 できるかどうかわからないが、やってみようと思った。

 澄んだ歌声が辺りに響き渡る。空気を震わせ、歌声と共に魔力が解放されていく。

 祈りと共に天高く響いていく歌声に、一同聴き入ってしまったほどだ。

「これが巫女の歌。すごい魔力だわ」

 強い魔力を察知し、瑚蝶は杖が震えるのを感じた。

 普段はそこまでの魔力を感じないということは、歌声で魔力を解放するよう訓練がされているのだろう。

 それにしても、と思う。魔法槍士の分家でもあるフェンデの巫女が攻撃魔法を使えば、かなりの威力になるのではないかと思わずにはいられない。

「光が消えてく……」

 鳳華が放つ光が、役目を終えたように消えていく。後ろへ倒れそうになった身体を、朱華はそっと受け止める。

「歌声に惹かれて、たくさんの精霊が来たみたい。神鳥の怒りをなだめて、眠りにつかせた」

 新たな巫女が現れるまで、神鳥は目を覚まさないだろうと彼女は告げた。

「巫女がいないと、神鳥は眠っているのか?」

 虚空の問いかけに鳳華は頷く。目覚めさせることができれば、それが新たな巫女の証となるようだ。

 鳳華にも可能ではあるがやるつもりはないと言えば、しなくていいと誰もが言う。

 ホッと一段落し、もう大丈夫だとわかれば、鳳華は再び召喚具の中へ戻っていった。

「ありがとう。これ…」

「持っていて。鳳華はあなたが気に入ったみたいだから」

 ペンダントを返そうとすれば、華朱はいらないと首を振る。

 彼女のことが気に入ったから、鳳華は応えて手を貸してくれたのだ。ならば、自分の元にいるよりも、彼女の元へいる方がいいに決まっている。

 朱華はペンダントを見て考えてみたが、鳳華が望んでいるならと受けとることにした。

「これで、ここは大丈夫だね」

「いえ、まだです! なにか来ます!」

 誰よりも早く察知し、柏羅が叫ぶ。同時に、向かいから無数の氷の刃が一同を襲った。

「まさか……」

 ハッとしたように氷穂が相手を見る。これを誰がやったのか気付いてしまったのだ。

 遠くからゆっくり近づいてくるのは、長い茶色の髪を結わえ氷のように冷ややかな目をした、一人の青年。

「琅悸……」

 あまりのことに、氷穂の小さな呟きが宙へ消えていった。





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