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四部 朱華と華朱編
朱華と華朱3
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剣を構えると、迷いは完全に消え失せた。どちらも殺す。その考えだけで動く。
「やめて! 柊稀は関係ないでしょ!」
標的が両方になったと気付き、朱華が叫ぶ。
「黙れ! 手に入らないなら…殺せばいい……」
辛うじて残されていた理性を失ったよう、攻撃は熾烈になっていく。華朱の腕輪が赤く輝きだし炎が溢れる。
「焔莉!」
名を呼ぶと、ウェーブかかった長い赤髪の女性が現れた。
「やりなさい」
「主の命のままに」
突然現れた新手に二人は身構える。魔道生物なのだろうとは柊稀にもわかったが、力まではわからない。
魔道生物が戦えるかもなどとは、黒欧は見せなかっただけに考えていなかった。
「楓莉! 来なさい!」
次の瞬間、指輪が輝きだしさらにもう一人が姿を現す。同じようにウェーブがかかった長い黄緑の髪をした女性。
柊稀の表情が険しくなる。
戦況は一気に悪くなった。華朱の実力は間違いなく柊稀より上。さらに二人の女性が加わったのだ。
いくら朱華が強くても、二人でやるには厳しすぎる。
(どうする)
これだけ長く戦い、それでも仲間がこない。なにか向こうにも問題が起きている証拠だ。
援軍が期待できないなら、二人で切り抜けるしかない。
(違う。まだ手がある!)
剣に嵌め込まれた玉に触れ、柊稀はその力を解き放つ。
記憶を失った状態ではこのこともすっかり忘れていた。ここに嵌め込まれた玉に、剣と同時に受け継がれた物がある。
父親から聞かされていたのだ。本当に必要となったとき、それを解き放てば力になってくれると。
「なにっ…」
玉から溢れ出す炎。柊稀へ巻き付くように現れ、姿を現したのは一匹の獣。
「フレン……」
焔莉と呼ばれた女性が驚いたように呟く。
フレンと呼ばれた獣が吠えた。空気を震わせ、炎が吹き上がる。
(剣に宿るのは、剣の守護者だって……こ、これが守護者)
父親の言葉を思いだし、目の前に現れた獣を見て柊稀は驚く。燃え盛る身体に金色の角を生やした獣は、とても強そうだ。
(これなら、やれるかも)
不利な戦況を覆せるかわからないが、可能性は見えた。
剣を握り締め、気持ちを落ち着かせる。心が穏やかになれば華朱を見据えて構えた。
「決着をつけようか」
「決着? ふんっ、無駄な足掻きを」
憎悪で増幅された力は、その場の誰が見ても一番強い。けれど、絶対はない。
(殺すことが目的じゃない。なら、華朱を押さえられる)
信じなければできることもできなくなってしまう。柊稀は過去に行ったことで、それを学んだ。
大丈夫だと信じている強い眼差しに、朱華も彼を信じてみようと思えた。信じてついていけば大丈夫と。
黒耀が辿り着いたとき、目の前に広がっていたのは柊稀と華朱の激しい戦闘と、朱華とフレンが焔莉と楓莉を防いでいる風景だった。
――主殿! 華朱殿の周りにある影は九兎のものです!――
獣族の祖と推測されている九兎。過去へ遡るほどの力を持つ獣が、憎悪の影響を受けている。
見ただけでもわかるほど禍々しくなった力が溢れでていて、黒耀は危険だと思う。
「あれは……」
額に浮かび上がる黒い刻印。彼にはどんなものなのかすぐさまわかった。わかったから言葉を失う。
――主殿、あれでは自我がないかもしれません――
「……ある。まだある」
少なくとも、召喚魔法が使える程度にはあるはずだ。自我を失えば、魔道生物は主と認識せず、従わない。
けれど先程の李蒼や李黄、目の前にいる新たな二人は主のために動いている。
まだ主として認識されている証拠だ。
奥底に残された自我を守り、引きずりださなくてはいけない。
――しかし、誰の呼び掛けに応えるでしょうか――
「……」
柊稀の言葉なら聞くかもしれない。そう思っていたが、今の彼女は柊稀すら敵と思っている。
これでは彼の声は届かない。朱華は問題外だし、他に彼女と繋がりのある者がいない。
「黒欧……村へ」
いや、まだいる。彼女が育った村に。
――……育ての親は亡くなって……わかりました。まだいましたね――
主の言葉に、黒欧も思いだした。たった一人だけ、彼女と繋がりのある人物がいることに。
「あぁ……こうなる前の彼女と、交流があった者だ。連れてきてくれ」
それまで食い止める。そう言うように槍を取り出す黒耀。
柊稀と戦わせることは、さらに彼女を追い込むかもしれない。なら、それまで自分が相手をしよう。
「行け」
――わかりました――
主の決意を察し、黒欧が凄まじい速さで移動する。早く連れてくることが、主を助けることだから。
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「やめて! 柊稀は関係ないでしょ!」
標的が両方になったと気付き、朱華が叫ぶ。
「黙れ! 手に入らないなら…殺せばいい……」
辛うじて残されていた理性を失ったよう、攻撃は熾烈になっていく。華朱の腕輪が赤く輝きだし炎が溢れる。
「焔莉!」
名を呼ぶと、ウェーブかかった長い赤髪の女性が現れた。
「やりなさい」
「主の命のままに」
突然現れた新手に二人は身構える。魔道生物なのだろうとは柊稀にもわかったが、力まではわからない。
魔道生物が戦えるかもなどとは、黒欧は見せなかっただけに考えていなかった。
「楓莉! 来なさい!」
次の瞬間、指輪が輝きだしさらにもう一人が姿を現す。同じようにウェーブがかかった長い黄緑の髪をした女性。
柊稀の表情が険しくなる。
戦況は一気に悪くなった。華朱の実力は間違いなく柊稀より上。さらに二人の女性が加わったのだ。
いくら朱華が強くても、二人でやるには厳しすぎる。
(どうする)
これだけ長く戦い、それでも仲間がこない。なにか向こうにも問題が起きている証拠だ。
援軍が期待できないなら、二人で切り抜けるしかない。
(違う。まだ手がある!)
剣に嵌め込まれた玉に触れ、柊稀はその力を解き放つ。
記憶を失った状態ではこのこともすっかり忘れていた。ここに嵌め込まれた玉に、剣と同時に受け継がれた物がある。
父親から聞かされていたのだ。本当に必要となったとき、それを解き放てば力になってくれると。
「なにっ…」
玉から溢れ出す炎。柊稀へ巻き付くように現れ、姿を現したのは一匹の獣。
「フレン……」
焔莉と呼ばれた女性が驚いたように呟く。
フレンと呼ばれた獣が吠えた。空気を震わせ、炎が吹き上がる。
(剣に宿るのは、剣の守護者だって……こ、これが守護者)
父親の言葉を思いだし、目の前に現れた獣を見て柊稀は驚く。燃え盛る身体に金色の角を生やした獣は、とても強そうだ。
(これなら、やれるかも)
不利な戦況を覆せるかわからないが、可能性は見えた。
剣を握り締め、気持ちを落ち着かせる。心が穏やかになれば華朱を見据えて構えた。
「決着をつけようか」
「決着? ふんっ、無駄な足掻きを」
憎悪で増幅された力は、その場の誰が見ても一番強い。けれど、絶対はない。
(殺すことが目的じゃない。なら、華朱を押さえられる)
信じなければできることもできなくなってしまう。柊稀は過去に行ったことで、それを学んだ。
大丈夫だと信じている強い眼差しに、朱華も彼を信じてみようと思えた。信じてついていけば大丈夫と。
黒耀が辿り着いたとき、目の前に広がっていたのは柊稀と華朱の激しい戦闘と、朱華とフレンが焔莉と楓莉を防いでいる風景だった。
――主殿! 華朱殿の周りにある影は九兎のものです!――
獣族の祖と推測されている九兎。過去へ遡るほどの力を持つ獣が、憎悪の影響を受けている。
見ただけでもわかるほど禍々しくなった力が溢れでていて、黒耀は危険だと思う。
「あれは……」
額に浮かび上がる黒い刻印。彼にはどんなものなのかすぐさまわかった。わかったから言葉を失う。
――主殿、あれでは自我がないかもしれません――
「……ある。まだある」
少なくとも、召喚魔法が使える程度にはあるはずだ。自我を失えば、魔道生物は主と認識せず、従わない。
けれど先程の李蒼や李黄、目の前にいる新たな二人は主のために動いている。
まだ主として認識されている証拠だ。
奥底に残された自我を守り、引きずりださなくてはいけない。
――しかし、誰の呼び掛けに応えるでしょうか――
「……」
柊稀の言葉なら聞くかもしれない。そう思っていたが、今の彼女は柊稀すら敵と思っている。
これでは彼の声は届かない。朱華は問題外だし、他に彼女と繋がりのある者がいない。
「黒欧……村へ」
いや、まだいる。彼女が育った村に。
――……育ての親は亡くなって……わかりました。まだいましたね――
主の言葉に、黒欧も思いだした。たった一人だけ、彼女と繋がりのある人物がいることに。
「あぁ……こうなる前の彼女と、交流があった者だ。連れてきてくれ」
それまで食い止める。そう言うように槍を取り出す黒耀。
柊稀と戦わせることは、さらに彼女を追い込むかもしれない。なら、それまで自分が相手をしよう。
「行け」
――わかりました――
主の決意を察し、黒欧が凄まじい速さで移動する。早く連れてくることが、主を助けることだから。
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