始まりの竜

朱璃 翼

文字の大きさ
上 下
8 / 174
一部 旅立ち編

フェンデの巫女

しおりを挟む
 なぜこうなってしまったのか、と食事をしながら柊稀は思う。

 ここはシフィストの宿にある食堂。目の前には助けてくれた青年が、普通に食事をしている。

 隣には警戒する朱華。無邪気に食事をするのは柏羅。

 黒いローブを着た集団にはあからさまに怯えた柏羅。それが怯えていないということは、信じていいのかもしれない。

 柊稀は判断に迷いながら青年を見ている。

「あなた、何者?」

 食事に手を付けることなく、朱華は青年を睨みつけていた。

「警戒しなくても、俺は拐ったりしない。ただ、来てほしい場所はあるけど。……詳しくは部屋でしよう」

 こんな人が多い場所でする話ではない。そう言われてしまえば黙るしかなかった。

 旅人の泊まる宿には、どんな人物が聞き耳たてているかわからない。敵も混ざっているかもしれないのだ。

「朱華お姉ちゃん、食べないんですか?」

「食べるよ」

 幼い少女に心配されてしまった。朱華は安心させるように笑い、食事を始めた。

 食事を終えると、宿の一室に集まる四人。彼の目的を聞き出さなくてはいけない。

 信じていいのか。その判断ができなくては一緒にはいけないのだから。

「俺は琅悸ろうき。フェンデの巫女護衛だ」

「フェンデの巫女?」

 なにそれと言いたそうな柊稀に、朱華は頭を抱える。ここまでなにも知らないとは、思わなかったのだ。

 琅悸と名乗った青年も唖然としながら見ている。

「フェンデの巫女っていうのは、ベル・ロードで精霊の儀式をする方よ!」

 詳細を知らなくても、名前ぐらいなら有名な存在だと言われれば、柊稀は視線を逸らす。

 弱くておバカなんて、恥ずかしくて言えない。小さな村で過ごすには、知らなくてもいい知識は山ほどある。

 なんて言い訳して、勉強は一切しなかったのだ。剣術も同じ考えだったのは、朱華にも言えない秘密だったりする。

 とりあえず、フェンデの巫女という存在は理解した。なんとなくではあるが。

 それだけで今は十分と判断したのだろう。琅悸は先へ進めることにした。

「俺は巫女の頼みで、始祖竜しそりゅうを捜していた。その少女は、始祖竜の可能性が高い。それを調べるために、フェンデの巫女殿へ連れていきたいのだ」

「し、始祖竜?」

 またわけのわからない言葉を言われ、柊稀がなんとも言えない表情を浮かべる。

「はぁ。柊稀がわからないのは仕方ないね」

 フェンデの巫女を知らないのだから、始祖竜などもっと知らないだろう。

「朱華、知ってるの?」

「えっ、少しならね…」

 そんなに詳しくはないと彼女は言う。さすがに、始祖竜に詳しいのは世界中探しても一握りしかいないだろうと。

 それほど、世間的には知られていない存在なのだ。

 始祖竜――始まりの竜と呼ばれる存在。竜族の始まりであり、この世界を創りあげたとされる存在。

 神竜と同一とされているが、その存在は別であることが二千年以上前に証明されている。

「もっとも、世界を創ったのは精霊王だとも言われてるが」

「どっちでもいいじゃねぇか。とにかく、すっげぇ竜なんだって。それだけわかれば十分さ」

「ユフィ、いつも外では呼ぶまで出てくるなと言っただろ」

「あはは! 気にするなよ!」

 笑いながら琅悸を叩く少女。見た目は少女としか言えない人物は、突然目の前へ現れた。

 短く切り揃えられた深緑の髪に、少し翳った金色の瞳。少女に見えるが、声からして少年であろう。

「精霊?」

 なぜ、と言いたげに見る朱華。精霊は他族との関わりを持たないことで有名な一族。

「まぁな。こいつの家系にひっついてんだ。いやぁ、先祖によく似てやがるぜ」

「今は関係ない話だろ」

 ジロッと見られれば、ここが似てるんだと、ユフィと呼ばれた精霊は笑う。

 話を戻すよう琅悸は三人を見る。今はこの精霊と遊んでいる場合ではない。

「悪いが、俺にはその子が本当に始祖竜か判断できない。フェンデの巫女に判断してもらう」

「始祖竜だったら、どうするんだ?」

 難しいことはわからないが、これだけは気になった。ここまで関われば他人事ではない。

 なによりも、柏羅は自分を選んでしまった。炎の使い手というものに。彼に預けて終わりとは、到底思えなかった。

「護る。あいつらに渡すわけにはいかないからな」

「あいつらがなんなのか、知っているのか」

「あぁ。大体は把握できている」

 外の世界では有名なのかと、一瞬考えてしまった。柊稀は情報にも疎いため知らないだけで、あのような集団が普通にいたのかもしれない。

 いたとしても、片隅にある村では誰も気にしないことだろう。外に疎くなるのも仕方ないのかもしれない。

(いや、有名だったらライザ様は知ってるか。族長会議で話題になるはず)

 意図的に知らされていなかったのか、有名じゃないのか。柊稀にはそこまでのことはわからなかった。

 どちらにしろ、柏羅が始祖竜なのかは知りたいと思った。それが自分にどう関わってくるのか。

 行けばわかると言うなら、行くしかない。すべてがハッキリすれば、もっと詳しくわかるだろう。

「わかった。その巫女殿に行く」

「なら、出発は明日だ」

 どれぐらいかかるのか想像もつかない。出発は急げということなのだろう。またあいつらがくる前に、ここを出た方がいいという意味もあるのだろうと、さすがに柊稀でもわかる。

(当分、家には帰れなそうだなぁ)

 覚悟はしていたが、予想以上にかかりそうだった。それでも巫女殿へ行けば終わる。

 柊稀の中ではそれぐらいの考えでしかなかった。想像を遥かに越える事態になるなど、考えもしなかったのだ。

「ユフィ…見張っておけ」

「おうよ」

 二人のこんなやり取りにも気付かず、日常からかけ離れた日々を過ごすことになるとも知らず、柊稀はのんきに朱華や柏羅と笑っていた。





.
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ブラフマン~疑似転生~

臂りき
ファンタジー
プロメザラ城下、衛兵団小隊長カイムは圧政により腐敗の兆候を見せる街で秘密裏に悪徳組織の摘発のため日夜奮闘していた。 しかし、城内の内通者によってカイムの暗躍は腐敗の根源たる王子の知るところとなる。 あらぬ罪を着せられ、度重なる拷問を受けた末に瀕死状態のまま荒野に捨てられたカイムはただ骸となり朽ち果てる運命を強いられた。 死を目前にして、カイムに呼びかけたのは意思疎通のできる死肉喰(グールー)と、多層世界の危機に際して現出するという生命体<ネクロシグネチャー>だった。  二人の助力により見事「完全なる『死』」を迎えたカイムは、ネクロシグネチャーの技術によって抽出された、<エーテル体>となり、最適な適合者(ドナー)の用意を約束される。  一方、後にカイムの適合者となる男、厨和希(くりやかずき)は、半年前の「事故」により幼馴染を失った精神的ショックから立ち直れずにいた。  漫然と日々を過ごしていた和希の前に突如<ネクロシグネチャー>だと自称する不審な女が現れる。  彼女は和希に有無を言わせることなく、手に持つ謎の液体を彼に注入し、朦朧とする彼に対し意味深な情報を残して去っていく。  ――幼馴染の死は「事故」ではない。何者かの手により確実に殺害された。 意識を取り戻したカイムは新たな肉体に尋常ならざる違和感を抱きつつ、記憶とは異なる世界に馴染もうと再び奮闘する。 「厨」の身体をカイムと共有しながらも意識の奥底に眠る和希は、かつて各国の猛者と渡り合ってきた一兵士カイムの力を借り、「復讐」の鬼と化すのだった。 ~魔王の近況~ 〈魔海域に位置する絶海の孤島レアマナフ。  幽閉された森の奥深く、朽ち果てた世界樹の残骸を前にして魔王サティスは跪き、神々に祈った。  ——どうかすべての弱き者たちに等しく罰(ちから)をお与えください——〉

聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨
ファンタジー
コミックシーモア電子コミック大賞2025ノミネート! 11/30まで投票宜しくお願いします……!m(_ _)m ――小説3巻&コミックス1巻大好評発売中!――【旧題:聖女の姉ですが、国外逃亡します!~妹のお守りをするくらいなら、腹黒宰相サマと駆け落ちします!~】 12.20/05.02 ファンタジー小説ランキング1位有難うございます! 双子の妹ばかりを優先させる家族から離れて大学へ進学、待望の一人暮らしを始めた女子大生・十河怜菜(そがわ れいな)は、ある日突然、異世界へと召喚された。 召喚させたのは、双子の妹である舞菜(まな)で、召喚された先は、乙女ゲーム「蘇芳戦記」の中の世界。 国同士を繋ぐ「転移扉」を守護する「聖女」として、舞菜は召喚されたものの、守護魔力はともかく、聖女として国内貴族や各国上層部と、社交が出来るようなスキルも知識もなく、また、それを会得するための努力をするつもりもなかったために、日本にいた頃の様に、自分の代理(スペア)として、怜菜を同じ世界へと召喚させたのだ。 妹のお守りは、もうごめん――。 全てにおいて妹優先だった生活から、ようやく抜け出せたのに、再び妹のお守りなどと、冗談じゃない。 「宰相閣下、私と駆け落ちしましょう」 内心で激怒していた怜菜は、日本同様に、ここでも、妹の軛(くびき)から逃れるための算段を立て始めた――。 ※ R15(キスよりちょっとだけ先)が入る章には☆を入れました。 【近況ボードに書籍化についてや、参考資料等掲載中です。宜しければそちらもご参照下さいませ】

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

マッチョな料理人が送る、異世界のんびり生活。 〜強面、筋骨隆々、とても強い。 でもとっても優しい男が異世界でのんびり暮らすお話〜

かむら
ファンタジー
【ファンタジー小説大賞にて、ジョブ・スキル賞受賞しました!】  身長190センチ、筋骨隆々、彫りの深い強面という見た目をした男、舘野秀治(たてのしゅうじ)は、ある日、目を覚ますと、見知らぬ土地に降り立っていた。  そこは魔物や魔法が存在している異世界で、元の世界に帰る方法も分からず、行く当ても無い秀治は、偶然出会った者達に勧められ、ある冒険者ギルドで働くことになった。  これはそんな秀治と仲間達による、のんびりほのぼのとした異世界生活のお話。

欠損奴隷を治して高値で売りつけよう!破滅フラグしかない悪役奴隷商人は、死にたくないので回復魔法を修行します

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
主人公が転生したのは、ゲームに出てくる噛ませ犬の悪役奴隷商人だった!このままだと破滅フラグしかないから、奴隷に反乱されて八つ裂きにされてしまう! そうだ!子供の今から回復魔法を練習して極めておけば、自分がやられたとき自分で治せるのでは?しかも奴隷にも媚びを売れるから一石二鳥だね! なんか自分が助かるために奴隷治してるだけで感謝されるんだけどなんで!? 欠損奴隷を安く買って高値で売りつけてたらむしろ感謝されるんだけどどういうことなんだろうか!? え!?主人公は光の勇者!?あ、俺が先に治癒魔法で回復しておきました!いや、スマン。 ※この作品は現実の奴隷制を肯定する意図はありません なろう日間週間月間1位 カクヨムブクマ14000 カクヨム週間3位 他サイトにも掲載

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

処理中です...