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5部 よみがえる月神編

月神の聖獣

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 日が暮れた頃、クロエから腕輪が戻ってきた。珍しく、彼はそれまで現れなかったのだ。

 それだけ疲れていたのかもしれないと思えば、適度に休息を取るべきかもとクオンは思う。間違いなく、彼の疲労は自分もいけない。

 常に警戒しているのだろう。仮眠程度は取っているようだが、ここへ来るまでのことを考えれば疲れているのは当たり前だ。

(あいつなら平気って、考えてなかった。リーナもどれぐらい寝てるのか知らねぇし)

 ちゃんと寝られているかすら、今まで気にしていなかったと気付く。なんとかしているだろうと思っていたのだ。

 悪いと思いつつも、今はこちらに専念したい。腕輪を手にすれば、今まで以上に急がなくてはいけないという気持ちになる。

 なにかを思いださなきゃいけないと思っていた頃より、感覚は強いと言えた。

「クオン…身体は大丈夫なの?」

「楽にはなった…問題ねぇ」

 そんなことより、急がなくてはいけないという焦燥感が強い。早くとどこかで訴えられている気分だ。

 思いだせば意味がわかるのだろうかと思えば、続きを早く見たい気持ちの方が強かった。

 手にした腕輪は月明かりに照らされて輝く。これも急かされているのではないか、と思えてしまうから困る。

「寝てていいからな」

「大丈夫。クロエよりしっかりと寝てるから」

 気にしているところはそこでしょ、と言われてしまえば苦笑いを浮かべた。確かにそうなのだが、クロエよりということは、普段よりは寝ていないのではないか。

 問いかけたかったが、言ったところで無駄だろう。現状、自分が強く出られる状態ではないと自覚しているのだ。

「わかった……鍛錬はしててもいいからな」

 自分が記憶を見ている間、ずっとここにいろということではない。

 もう少し自由にしていていいのだ、という意味で言えば、軽く流されてしまう。

(今はなにを言ってもダメだな)

 こうまでも自分の立場が弱くなっていようとは、と思ってからため息をつく。

「クオン…どこまで記憶はあるの?」

「なんだよ、急に」

 今までそんなことは聞いてこなかった。フォルスと会ってから、なにか変化があったような気がしていたが、関係あるのかと思う。

 どことなく決意した眼差し。なにを決めたのか、と思わずにはいられない。

「話したくないなら聞かない。けど、一人で抱えることはないんじゃない」

 一緒に背負いたいという意味なのは理解できる。彼女がそう言ってくれることを嬉しいとも思う。

 けれど、踏み込むことはできない。自分にはその覚悟がないのだ。

「……今は、無理だ」

 傍にいてくれることもありがたいと思うが、辛うじて距離を縮めないで今は過ごしている。なにをきっかけに、彼女が星の女神となってしまうかわからないから。

 自分に言い聞かせているのだ。これ以上は気持ちを強くしてはいけないと。

 だからこそ、なるべく離れている時間を増やしたいと思っているほどだが、現状は無理とも理解している。

「わかった。とりあえず、待っててあげる」

 待っててあげる、をやたらと強調された言葉に、渋い表情を浮かべるクオン。

 これは、今は待っていてくれるということだ。待てなくなったら、強制的に吐かせると言われているのと同然だった。

(クロエが出てくる。間違いねぇ)

 その際には、クロエという幼馴染みを引っ張り出してくる可能性が高い。厄介だと思ったのは言うまでもなかった。

 とにかく、今はそちらよりもこちらだと切り替える。続きはわかっているのだ。

(七英雄の終わりまできたなら……この先は死ぬ原因となったなにかだ)

 シオン・アルヴァースとの戦いが始まる。始まってしまうと、腕輪を見る。

「ん?」

「どうしたの?」

「この腕輪……生きてる」

 なにかが脈打つのを感じた。腕輪が生きているという言葉は正しくないが、表現の仕方に困ったのだ。

 なにかと繋がっているのかもしれない。なにと、と考えた瞬間、脳裏に水色の小さな獣が思い浮かぶ。

 もしかしたら、この腕輪は聖獣と繋がっているのではないか。そんな風に思い、しかしそのようなことがあるのか、とも思う。

「なにかと繋がってやがる」

「なにかって……お兄様なら視えたのかな」

 兄の特殊能力が視る力とわかった今、兄ならなにか視えたかもとリーナは思ってしまった。

「フォルスに頼るかよ」

「もう…」

 兄がいけないとわかっているだけに、呆れつつも言葉にはしない。クオンが嫌がる気持ちも理解しているのだ。

 どうにも気になるのか、腕輪を見ているクオンにリーナはできるだろうかと考える。

(私の特殊能力は干渉だってわかったし、腕輪に触れたら干渉できないのかな)

 やってみたいと思う気持ちもあれば、勝手にやればクオンが怒るだろうとも思う。

 普段は自分に怒ったりしないが、なにが起こるかわからないことをすれば、間違いなく怒る。それは自分を大切にしてくれている証だ。

(本人は絶対に認めないけどね)

 でも、やってみたいと思う。

 そう、自分の特殊能力というものを自覚したからこそ、今夜は試してみたいことがあったのだ。クオンと同じ夢を見ることはできないか、ということを試したい。

 一度できたなら、またできるかもしれないと思っていた。

「とりあえず、寝るわ」

 腕輪のことは一度置いておこうと思ったのか、クオンは記憶を優先することにしたようだ。

 もはや寝るという言葉も正しくないのだろう。これは寝るのではなく、記憶を見るという行為だ。

 わかっているからこそ、リーナはおやすみではなく、いってらっしゃいと声をかける。思わぬ言葉に、クオンは笑うと横になった。

 いつもなら寝ているクオンでも、触れれば気付かれる可能性があった。けれど、今のクオンは触れても問題はないだろう。

 起きたあとに気付かれる、ということもあるだろうが、そのときは色々と誤魔化せばいいだけの話だ。

(腕輪に触れたら……)

 クオンが気にしていたなにかがわかるかもしれない。そう思えば触れてみたくなるというもの。

 怒られるとわかっていても、触れたくなって思わず手を伸ばす。

「触れるな」

 突然聞こえてきた声。背後にクロエがいたのだが、振り返ると真剣な表情を浮かべている。

「……お兄様ね」

 自分の能力を兄が喋った。それしか考えられないとリーナは察した。

「あぁ。なにが起こるかわからない。リーナになら、それは自己責任だが、クオンにだと耐えきれなくなる」

「あっ…」

 そっちに関しては考えていなかったと俯く。自分になにかあったなら、それはクロエの言う通りで自己責任だ。クオンが怒っても、クオンのせいではないしクロエも手助けしてくれるかもしれない。

 だが、逆の場合はと思った瞬間、リーナは手を引いていた。これ以上、彼を苦しめることになるかもしれない。クロエが言うように、耐えきれなくなるかもしれないのだ。







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