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5部 よみがえる月神編

リーナの決意3

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 クオンの元へ戻っていくリーナの背中を見ながら、クロエは受け取ってしまった書類にため息が漏れる。なぜ受け取ってしまったのか。

 仕方ないと思いながら、書類を持って向かうのはフィーリオナがいる部屋。あまり行きたくないところなのだが、そうも言っていられない。

「陛下、書類が届きました」

「あぁ、入ってこい」

 入りたくないとは、さすがに言えなかった。深呼吸を一回するとドアを開けるクロエ。

 楽な格好でうんざりしながら書類を見ているフィーリオナ。増えた書類に、恨めしげに見られても困ると思う。

 やらせているのがセルティである以上、クロエがなにか言えることでもない。立場は同じ騎士団長かもしれないが、圧倒的に生きている年数が違う。

 ここに上下関係ができているのだ。対等になることはない。

「セルティめ…」

 ぶつぶつと言いだしたフィーリオナに、これは女王の言葉かと思うが言わない。

(セルティ様がどうしてこうしているか、その辺りはわかるのだが)

 必要以上にクオンへ干渉しないように、という意味だ。セルティはクオンとリーナの関係を見守っているから、邪魔させたくないのだと知っていた。

 二人の関係を見守るという点では同意なのだが、そのために自分を使われるのは困るというのが本音。

(とはいえ、これは俺の私情だからな。諦めるしかないか)

 女王を避けているなど、周りの者に言えるわけがない。こればかりは、さすがにクオンやリーナも知らないことなのだ。

 セルティにも気付かれてはいないだろう。このことだけは自信があった。

「なにか持ってきましょうか?」

「いや、構わない。クオンを優先してくれていい」

 ただし、避けられている本人はわかっている。だからか、どことなくぎごちない空気が流れていた。

 クロエがこの場にいたくないと思っているように、フィーリオナもクロエとどう接したらいいのかわからないと思っているからだ。

 騎士国と呼ばれる国で騎士団長という地位にいる人物と、国を治める女王がこのような関係だなどと、誰が思うだろうか。

「……わかりました。なにかあれば声をかけてください。しばらくは部屋で休んでいると思うので」

 さすがに寝ようと思っていた。腕輪も預かってしまったので、しばらくは問題ないと思っているのだ。

 わかったという答えを聞くと、クロエは自分が使っている部屋へと戻った。

 複雑な心境でベッドへ横たわるクロエは、さすがに疲れたと思う。

 通常通りの仕事をこなしたあと、副官にすべてを託して自宅の仕事をこなした。ソレニムス家の後継ぎとして、クロエには家での仕事もあるのだ。

 戻るつもりがなかったことで、かなりの仕事量をこなしていた疲れと、その後の移動。クオンの様子を見ながら、軽い仮眠程度しか取れていない現在。

 疲れないわけがないのだ。

(腕輪を手放させた今なら、少し長めに寝ていても問題ないか)

 フィーリオナがどうしているかが気になるところだが、クオンのところへ行きそうな雰囲気はなかった。

 ならば問題はどこにもないはずだと思える。

(起きたら……腕輪を戻すか。さすがに二晩は、黙っていないだろうし)

 自分から進もうとしただけあると思えば、余計なことを考えるのはやめた。今はフィーリオナとどう接するかではなく、クオンのことだけを考えるのだ。

 クオンとリーナのサポートをすること。それが今の自分がすることだと思った辺りで、眠りについた。



 兄と話したことで、だいぶ時間を使ってしまったと戻るリーナ。途中で用意されていた朝食を取りに行くことも忘れず、戻ったときには予定よりも一時間は遅くなってしまった。

「遅くなってごめん」

 身体を起こして目を閉じている姿に、寝てはいなかったのかと思う。少しでも寝ていてほしかったのが、リーナの本音だ。

「いや…フォルスが、来てただろ」

「気付いてたの」

 先程よりもしっかりとした言葉で、思わぬことを言われて驚く。

 クオンが察することに関して敏感なことは知っている。自分でも感じ取れないものを感じ取り、誰よりも早くに助けへ入っていく。

 だが、妹だからこそ知っている。兄が気配のすべてを絶って動くことを。

(あのとき、お兄様は姿を見せていたけれど、気配は絶っていた)

 クロエなら気付けるなにかがあるようだったが、それでクオンも察したというのか。それとも別なのか。どちらにしても、気付いたということに驚いた。

「うろついてる気配がした」

「気配…」

(私は感じなかった……)

 まるで別人になったかのような、能力変化を感じた瞬間だ。


 これが月神になるということなのか。こうも能力が変わってくるとは思わなかったが、逆に言えば最近さらに強くなったと感じたことは、すべてここが原因なのではと思う。

「リーナなら感じ取れると思うぜ。クロエで練習すれば」

「はい?」

 当たり前のように言われれば、この人はなにを言いだすのかと怪訝そうに見る。

「んー……そこで育ったから馴染み過ぎてるのか。俺からすりゃ、お前らの家は普通じゃねぇって。オーヴァチュア家はやたら火が強いし、ソレニムス家は雷が強いし」

 どうすりゃそうなる、と言われれば、まったく気付かなかったと驚く。

「そう言えば……精霊契約してたって話を聞いたなぁ。それが関係してるのかな」

 自分には無縁ということもあって、特に気にしたことがなかった。

 確か、英雄王に仕えていた当主だったはずと思えば、ソレニムス家も同じだと思いだす。もしかしたら、後継ぎとして継ぐ物もそこに関係があるのかもしれない。

(それに、お兄様は初めから火属性の魔法が得意だったし)

 そういった意味でも、気にしていなかったのかもしれないと、気付かされた。

 今度から意識してみようと思えば、朝食にしようと座る。

「食べられる?」

 それほど多くは持って来ていなかったが、二人で食べても困らない量にしていたリーナ。

 なぜか用意されていた果物もあり、ついでに持って来ていた。甘党のクオンにはいいかもと思ったのだ。

「……いや、いい」

 どうするかと言うように見ていたが、クオンはいらないと首を振る。

「なにか欲しいものがあるなら、頼んでみるけど」

 書類のやり取りがあるということは、こちらから城へ行く騎士もいるかもしれない。明日には別の騎士がやってくる可能性も十分にある。

 そのとき頼めば、クオンが好きな物を持って来てもらえるかもと思ったが、それもいらないと断られた。

「お前、シリトルのパイとか言うと思ったのか? あれは焼きたてじゃなきゃ意味がねぇんだよ」

「……あっそ」

 呆れてなにも言えないと、リーナはため息をつく。どんなときでもぶれないという意味では、彼はこれでいいのかもしれない。

 そう思うことしかできなかった。同時に、甘党バカとも思っていたが、今は言わないでおこうと思う。

「さっさと食えよ」

 自分を気にしてないで食べろと言われれば、わかったと朝食に手を伸ばす。

 食欲がないのだろうが、なにも口にしないというのが気になって仕方ない。

(お昼は、なにか食べさせた方がいいよね)

 それとも、お昼にはもう少し回復しているだろうかと思う。クロエが腕輪を返すまでなら、自分がいることでクオンが記憶を見ることはないかもしれない。

 それなら、休むことでもう少し元気になるかもと思った。思いたかったというのが正解だ。

「昼は……クロエが来そうだよな」

「起きればね。今寝てると思うから」

 すぐに休むはずだったが、リーナとフォルスの会話が終わるまで起きていた。

 その後もフィーリオナの元へ行っているはずと思えば、昼頃はまだ寝ているかもしれない。

「どっちにしろ、さすがに食わないとまずいか……怒鳴り込んでくる」

 自分の分が元から用意されているはずだ。減っていなければ、それだけで食べていないとバレてしまう。さすがにリーナに食べてくれとも言えないし、昼は食うかとぼやく姿に、リーナがホッとしている。

(私のためなのかな)

 もしかしたら、自分が気にしているからかもしれない。それでも、食事を取ってくれるというだけで安心できた。

 クオンは大丈夫だと思えたから。






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