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5部 よみがえる月神編

語られない結末3

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「あなた…なら…でき…ますわ…」

「エリル…」

 そこまで言えば、気を失ってしまった。この状態でよくもったものだ、とクオンでも思う。

 騎士団を束ねる者として、セイレーンに関しても知識は持っている。彼女の怪我は、致命傷になってもおかしくないほどのもの。

 それがなんとか持ち堪えているのは、彼女が星の女神であったからだ。女神の力を持っていなければ死んでいただろう。

 ぐったりと横たわる姿に、リオン・アルヴァースは拳を握り締めた。

 血が流れるほどに、強く握り締める。

「俺の…せいで……」

 彼女を傷つけてしまった。致命傷になっていてもおかしくないほどの傷を負わせ、自分がどれだけ力を過信していたかを思い知る。

 過信していたのだ。女神の力なら大丈夫だと思っていた。危険な旅をしていたかもしれないが、大切な女性を守るぐらいならできると思い込んでいたのだ。

 実際には兄がいてこその力だったし、魔王には歯が立たない。

(愚かだったんだ…女神の力を持っていても、俺達は女神様じゃねぇ)

 神ではない自分達には、結局のところなにもできないと思った。

 少しずつ冷静さが戻ってくる。ようやく目の前の光景を見ることができたが、そこでは暴走状態の兄を相手にフォーラン・シリウスが戦っていた。

 同じように暴走している聖獣の相手は、同じ聖獣であるリーザテインが。サポートするようにリュークス・ユシル・ラーダも戦っている。

 とんでもない状況に、視線を逸らしそうになるリオン・アルヴァース。なんとか見ているが、心の中は激しく葛藤していた。

 エリル・シーリスが言う通り、止めるべきなのだ。止めなければ、兄の手によって仲間は全滅する。

 それどころか、この大陸も完全に崩壊してしまうだろう。止まらなければ、他の大陸へも被害はいくかもしれない。

「わかってる…」

 状況は誰よりもわかっている。兄の力は自分よりも強い女神の力。攻撃のために使えば、どこまでも破壊する炎だ。

 だけど、無理だとも思う。自分が兄と戦えるわけがない。

 これは手合わせなどではないのだ。本気でいかなければ、今の兄を止めることなどできない。殺す気でいく必要があるということも、誰よりも理解していた。

 理解していても、無理だと思ってしまう。誰よりも自分を理解してくれる、大切な兄と戦うなどできるわけがない。

「俺に…やれって…やれって…言うのか…」

 他に手はないのか。本当に戦うことしか手立てはないのかと、この期に及んで考える自分がいる。

 ないとわかっているのに、足掻こうとしているのだ。

「無理…だ…俺には……」

 今までどんなことがあっても、迷ったことなどない。なんでもやってきた。

 だが、これだけは無理だと思う。兄へ剣を向けることなどできるわけがない。今まで、兄のためにならなんでもやってこられたが、逆だけはリオン・アルヴァースにはできないと言い切れた。

「エリル…それでも…俺がやるしかねぇんだよな……」

 大切な女性を抱えたまま、苦しげに吐き出される言葉。答えないとわかっていても、彼女に問いかけずにはいられない。

 このままでは仲間が死んでしまう。彼女も早く手当てしなくてはいけない。

(迷ってる暇なんて、ねぇ……)

 だから決意したのだと、感情に締め付けられながらクオンは思いだす。このときの苦しみがあったからこそ、このあともあのようなことができたのだと。

「少しだけ…待ってろよ……」

 抱えていた身体をそっと寝かせると、傍らに転がっていた聖剣を手にする。

 感情は常に揺らいでおり、その激しさをクオンは身をもって体験していた。

「聖剣よ…」

 聖剣を握り締め、覚悟したように呟かれた言葉。力を解き放つ鍵となる言葉で、たったの一言で聖剣は輝きだす。力が溢れ出しているのだ。

 まるでクリスタルのような透き通った剣へと変化し、銀色の風が少年の回りに巻き付いていく。

 リオン・アルヴァースの力は氷。聖剣も同様に氷の力を放つ。

 だが、見た目が氷で現れるだけであると知るのは、わずかな仲間だけ。シオン・アルヴァースにも共通するが、二人の力はあくまでも女神のもの。

 金色の輝きがシオン・アルヴァースで、銀色の輝きがリオン・アルヴァースの力。魔力そのものだと思われていた。

(あの聖剣、腕輪みてぇだ)

 そこでふと気付く。解き放たれた聖剣と、輝いていたときの腕輪が同じだと。同時に作られたものなのかもしれない、と思わされたほどだ。

 風景は双子の戦いへと進んでいく。シオン・アルヴァースと剣を交えていたフォーラン・シリウスが退くと、揺らいだままのリオン・アルヴァースが剣を交える。

 いつも自信に溢れていた彼の表情は、苦しげに歪んでいた。苦しんでいるのだ。

 こんな兄を見ていたくないという気持ち。こうなってしまったことへの後悔。兄を止めるためとはいえ、剣を交えなくてはいけない現状。

 すべてが彼を苦しめている。

(今なら、わかる……)

 以前見ていたときはわからなかったが、今なら彼がなにをしたのかがわかった。

 ただ戦うだけで兄を止めることはできない。どうやって止めたらいいのかも、正直わかっていなかった。

 だから、自分の力でできる最善を尽くす。氷に閉ざし、眠らせるという方法を取ったのだ。

「シオン…ごめん……」

 それはなにに対しての謝罪だったのか。以前思った答えは、今ならわかる。

 兄をこのような状態にしてしまったことに。兄の大切な女性を犠牲にしてしまったことに対しての謝罪。聞こえていないとわかっていても、言わずにはいられなかった。





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