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5部 よみがえる月神編

語られない結末2

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 凄まじい力で炎が襲い掛かれば、火に弱いリオン・アルヴァースが呻く。次の攻撃で死ぬとすら思ったほどだ。

(死ぬ……あれだけ望んだものが……望んでたのか)

 ここで死ぬと思ったとき、やっと死ねるとも思っていた。仲間を死なせたくないが、自分が死ねることは待ち望んでいたこと。

 どこかで、やっと終わるとすら思っていたことに、驚きと納得のクオン。

「イリ、ティス……」

 隣から兄の声が聞こえなければ、そのまま死の瞬間を待っていただろう。

「やめ、ろ……イリティス!」

 誰もが想定外の出来事が起きた。今まで戦闘にはほとんど参加していなかったイリティス・シルヴァンが、魔王に向かって歩き出したのだ。

「なにを…」

 リオン・アルヴァースもなにをする気なのか、と問いかけた。

 振り返った美しきエルフの女性は、静かに微笑む。絶望に満ちた戦場には似合わないほど、静かな微笑みだった。まるで、なにか覚悟を決めたような。

「イリティス!」

 誰もが彼女の微笑みに動けなくなっていた中、止めようと唯一呼びかけたのはシオン・アルヴァースだけ。限界の身体を立て直すように、必死に立ち上がる。

 こんなときは、自分の回復力がもっと高ければと思う。そうすれば、この悲劇は避けられたのだろうか。

(避けられなかったんだろうな)

 魔王に勝てなかった時点で、先に待っているのは悲劇しかない。全滅したか、それとも生き残りと死者に分かれるかのどちらかだ。

 彼女は同じ選択をしていただろう。これしか生き残る道がなかったのだから。

「やめ、ろぉぉぉぉぉぉぉ!」

 女神の力が解き放たれていく。虹の女神の力が、驚くほどの強さで解き放たれ、一瞬にして魔王を消し去った。イリティス・シルヴァンも一緒に。

 なにが起きたのか、瞬時に理解することはできなかった。わかったのは、間違いなく彼女は死んでしまったということだ。

 誰一人、言葉を発する者はいない。発することができなかったと言うべきだろう。

「リーザテイン…なに、が……なにが起きた」

 絞り出すように問いかければ、聖獣は俯くだけでなにも言わない。答えとしては十分だった。

 彼女を犠牲にして、この戦いが終わったことだけは間違いようのない事実だ。このようなことになるとは、誰が思ったことだろう。

 しかし、これが序章だった。

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 静寂を破るように慟哭の叫び声が上がる。同時に、金色の炎が凄まじい勢いで荒れ狂った。

 それはリオン・アルヴァースでも見たことがないほどの力で、兄にこれほどの力があろうなど、思いもしなかったのだ。

「シオン…」

 力が膨れ上がっていく。まるで限界がないのではないかというほど、凄まじく膨れ上がる力に大陸が破壊されていった。

 兄になにが起きたのかと思うのと、兄の聖獣が唸り声を上げたのは同時。

『ティア! 落ち着け!』

 慌てたように相棒が呼びかけるが、その声が届くことはない。

 聖獣は主と一心同体。主の影響を受け、兄の聖獣は自我を失ってしまったのだ。

『ティアリーヌ……シオンの影響か』

 自分に向けて牙を剥く姿を見て、呆然と呟く相棒。そんな声すら、リオン・アルヴァースには届いていなかった。あまりの展開に、思考が追い付いていなかったのだ。

 必死に受け入れようとするも、目の前の風景を受け入れることもできない。どうしたらいいのかも考えられなくなっていた。

 この場合、放心しているのは命取りだ。気付いたときには、目の前に荒々しい金色の炎が迫っていた。

「シオン…」

 兄が自分へ攻撃を向ける。そんな事実が、さらに動きを止めさせてしまう。

「リオン!」

 動くこともできずにいたリオン・アルヴァース。兄に殺されると思った瞬間、目の前に割って入った一人の女性に絶句する。

「エリル…」

 腕に抱かれたエリル・シーリスを見て、ここだったのかとクオンは思う。

 魔王との戦いによって大切な女性を失い、兄がこうなってしまったのだ。

(覚えてる…)

 魂に刻まれた感情。自分のものではないが自分のもの。イリティス・シルヴァンがあのようなことをするとは思わなかった。

 失ったことで兄がこうなるとも思っていなかった。傷つくだろうが、力を暴走させるまでいくなど、思いもしない。

 むしろ、このときまで気付かなかったのだ。太陽神の力が、感情で膨れ上がるなどということを。聖獣ですら、考えもしなかった。

 そして、我を忘れた兄が自分を攻撃することすら信じたくはない。

 攻撃された瞬間ほど、苦しいと思ったことはない。常に自分を守ってくれた兄が、と思えば衝撃は尋常ではなかった。

 ショックで動けなくなっていたことで、大切な女性を巻き込んでしまったことにも、ようやく思考が向く。

 腕に抱いている大切な女性は、どう見ても重傷だ。魔王との戦いで負ったのではない。自分が放心していたことで負ってしまったのだ。

(俺のせい…)

 魔物との戦いでリーナが吹き飛ばされたときを思い返す。あのとき感じた感情よりも、遥かに苦しいと感じる。

 比べるようなものではないが、同じような体験だと思ってしまったのだ。

(わかる……俺だけど俺じゃない。けど、俺だから……)

 これを体験したのも自分ではないが自分。今感じている感情は、そのままリオン・アルヴァースが感じているもの。

「リオン…止めて…あげて……」

 ぐるぐると考え込んでいたリオン・アルヴァースへ、痛みを耐えながら訴えかけるエリル・シーリス。

 彼ならできる。彼にしかできないと、その視線が訴えているのだ。





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