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5部 よみがえる月神編

石碑の聖剣2

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 寝直そうと思っていたクオンは、横になったまま寝ることができなかった。すっかり目が冴えてしまったというのもあるが、夜がやってくるのに合わせて気分が高揚しているのが大きい。

 これも月神の影響なのだろうと思っていた。

 幸いなのか、クロエは席を外している。日課の鍛錬だということは、幼い頃から付き合いのあるクオンにはわかっていた。

 彼は絶対に鍛錬している姿を見せない。どのような鍛錬をしているのかはわからないが、日課を変える気はないということだろう。

「俺も外へ出るか」

 自分も鍛錬しようかと思った。少し身体を動かすのも悪くないと。

 けれど、なぜかそんな気分にもなれない。散歩をすれば気分が紛れるかもしれないと思えば、クロエが戻ってくる前にと家を出る。

 なにか言われたら鍛錬と誤魔化せばいいか、と剣を持っていくことも忘れない。

(俺に誤魔化されてくれるような奴じゃねぇけどな)

 簡単に誤魔化せるなら、苦労はしないとクオンは思う。少なくとも、今の自分では無理だ。

 魂がざわつく村。どこを歩いても同じようにざわつくが、ある方向へ向かっていくとそれが酷くなることに気付く。

 意味があることかもと、そちらへ向かって歩いていくと剣の形をした石碑があった。

「これは…」

 なぜか自分の物と言い切れた剣。もちろん本物ではないのだが、これと同じ形の剣を持っていたことがある。

『チッ…お前が俺の主かよ』

 どこかで懐かしい声が聞こえた気がして、周囲を見渡してみたが誰もいない。

 ならば、今聞こえてきた声は実際の声ではないのだろう。おそらくこれも、リオン・アルヴァースの記憶が関係しているものだ。

『これがお前の聖剣だ。俺の主なら、使いこなしてみせろよ』

「聖剣…」

 そうだ、と思う自分がいる。これは自分の聖剣だと思う反面で、これは自分の物ではないとも思う。

 そう、これはリオン・アルヴァースの使っていた聖剣だ。なぜここに石碑としてあるのかはわからないが、間違えようがない。

「クオン!」

 石碑に触れようとした瞬間、背後から聞こえてきた声に伸ばされた手は止まった。

「リーナ? どうしてここにいるんだよ。寝てたんだろ」

 振り返った先に立っていたのは、腕輪を持ったリーナだ。

 彼女は寝起きが悪く、一度寝たらよほどのことがない限り起きない。だからこそ、もう寝ていると思っていたのだ。

 魔物が襲ってくれば目を覚ますだろうが、今現在はそのようなことも起きていない。

「クオン…腕輪がクオンに持ってもらいたそうにしてたから」

「あー…」

 このようなことになる前なら、なにを言ってるんだと笑い飛ばせただろう。けれど、あの腕輪がリオン・アルヴァースの物だとわかっているからこそ、そんなこともあるかもしれないと思える。

「それに……記憶を受け入れると決めたなら逃げるなって、リオン・アルヴァースが語り掛けてきたの」

 リオン・アルヴァースが語り掛けてきた、という言葉に慌てたように近寄るクオン。

 なにもなかったのかと、心配になったのだ。

「大丈夫、なにもないから。腕輪を持ってたからだって話だよ」

 引き返せると言われたことは、伝えない方がいいかと思ったリーナ。こんなこと伝えれば、クオンがなにをするかわからない。

 正直なところ、クオンを前にしてまだ迷っていた。これを渡してもいいのかと。

(今度こそ、壊れてしまうかもしれない)

 わかっているのだ。いくら大人に囲まれていたからといって、自分達はまだ十七年しか生きていない子供なのだということを。

「リーナ……それ、渡せ」

「クオン……」

 いつもの力強い瞳ではない。それでも、真っ直ぐに見てくる視線に迷いはなかった。

 クオン自身もわかっているのだ。わかっていて、それでも先へ進もうとしている。

「俺の辞書に、逃げるって言葉はねぇぞ。楽じゃねぇってことも、わかってるつもりだけどな」

 後回しにしても、結局のところは同じだとクオンが言えば、リーナもわかったと頷く。

「で、お前らは俺に内緒で進めようと」

「仲間外れとは寂しいものだな。私もいるのだが」

 一瞬にして、その場が凍りついた。いや、吹雪いたかもしれない、とすらクオンは思っている。

 幼馴染みの声からは、凍てついた風を感じたのだ。そちらへ視線を向けたくないほどの。真冬だと錯覚するほどのものだったが、リーナも感じているのを見れば、視線を向けるしかない。

 とりあえず、冷や汗を流しながらクロエを見た。

(吹雪いてる……間違いなく、あいつの周りだけ吹雪いて……)

 あれは怒っていると、クオンは視線を逸らしたくなる。しかし、今ここで視線を逸らした瞬間、なにをされるかもわからない。

「……クロエ、気のせいでなければ……吹雪いていないか?」

 引きつった表情でフィーリオナが見る。彼女も感じ取っていたのだ。

「気のせいです」

 三人ともが気のせいではないと言いたくなった。言えば最後、雪崩が起きるかもしれないが。

「ハァ……」

 盛大なため息をつくと、クロエから感じた吹雪は消えた。だからといって、怒っていないわけでもない。

「それで、覚悟の上なんだな」

 確認するように問いかけてくるクロエに、クオンはそうだと言うように頷く。

 耐えられる、耐えられないではない。どれだけ後へ伸ばしても結果が同じなら、向かっていくしかないとクオンは思っていた。

 そのままクロエへ伝えれば、彼はわかったと一言だけ言う。言っていることはわかるし、止めるだけ無駄だとも思っていたのだ。

「というわけで、ここにしばらく滞在かもしれませんね。陛下、どうぞ書類の対応に戻って頂いて結構ですよ」

 突然の言葉に、フィーリオナが絶句したのは言うまでもない。

「職務ですからね」

「そ、そうだな……確かに、職務なのだが」

 それ以上はなにも言えなかった。つい先程のクロエを見ているだけに、下手なことを言えばまた吹雪くかもしれないと思ったのだ。

「俺達は職務中じゃねぇんだし、そんな真面目にいかなくてもよくねぇか」

「私も、そう思うかな」

 さすがに可哀想に思えて、二人が引きつった表情で言う。

 元々、すべて了承してセルティは送り出しているわけで、書類も嫌がらせなのだ。きっちりやる必要もないと思えたのだが、どうだろうかとさりげなく言っている。

「……まぁ、あの人には散々不快な思いをさせられたしな」

「なら、嫌がらせに応える必要はないだろ」

 書類から免れようとフィーリオナが言えば、クロエは少しばかり考え込む。

「陛下はこういったのが嫌いなだけではないですか」

「よくわかってんだな」

 思わずクオンが突っ込んだ瞬間、クロエの視線が鋭くなった気がした。

「行動を見てればわかるだろ。どこの世界に、魔物討伐ばかりしてる王がいる」

「……そうだな」

「……そうね」

 思わず納得してしまった二人。とりあえず、書類はセルティへ返すことで納得したクロエが、話題を戻した。







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