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4部 女神の末裔編

シュスト国3

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「長老、決裂で構わないな」

 それまでは普通にしていたヴェルト。しかし、この瞬間に見せた威圧は王族のものだった。

 鋭い目付きは、遊び場としてここに来ていた頃からは想像もできない。これが本来の姿なのかと長老は思ったが、目の前にいる人物が王位に興味がないことも理解している。

「儂が一人で協力しても、意味がなかろう」

「そうだな。最善の策を考えられぬなら、俺は知らん」

 彼らは自分達だけでどうにかしようとするだろう。暴動を起こす可能性が一番だ。

 そうなればどうなるのか。護衛騎士達が暴動を起こした者を皆殺しにするだろうとわかっていた。あの兄は一人たりとも許さない。

 首謀者は見せしめとして処刑される可能性がある。暴動を行えばどうなるのかを見せつけるのだ。

(見せつけるのが好きな奴だから……)

 それは残酷な殺し方をすることだろう。

 仲良く遊んだ民だから避けたいと思ったが、ヴェルトが王族とわかったら信じられないと言われれば、自分も助ける必要はないと思っていた。

 自分を信じることができない者のために表へ出る気はない。兄が自分を殺したがっていると知ってしまったら、なおのことだ。

 愚かなのは兄だけではなかった。この国はみな愚かなのかもしれない。

「傭兵組合には、無駄足だったな。悪い」

 砂漠を移動するのは大変だ。アシルとシザは二度も踏み込むことになってしまった。

 結果がこれでは、さすがに申し訳ないと思う。

「構いません。滅びてくれた方が、こちらとしては楽ですから」

 笑顔のままシザが言うと、同意するようにアシルが頷く。

「愚か者の面倒まで見ていられない。人が暮らしていなければ、魔物対策も考える必要がないし」

 傭兵組合が南に手を出そうと思ったのは、国がどうではなく、そこで暮らす者達へ魔物対策を行いたいと思ったから。

 暮らす者がいなくなれば、必要のないことだ。

「フェイラン地方だけなら、東とのやり取りもあるしな。傭兵組合の支部がある。精霊の巫女もいるから、魔物対策は問題ないだろ」

「あっさりしてやがるな」

 なんとかしたいと思っていたんじゃと考え、利がなければどうでもいいのかと思い直す。

 この国を助けて、彼らにどのような利があるのか。考えても答えは得られなそうだと振り払う。

 ヴェルトとアシル達のやり取りを聞いていた老人は、すべてを悟った。目の前の王子を振り払えば、この先には死が待っているだけだと。

 そして、若者達は理解していない。

「ヴェン、と呼べばいいだろうか」

「好きにしろ」

 どう呼ぼうが、どうでもいいと言うように吐き捨てる。

「では、ヴェルト王子。精霊の巫女より言伝があります。先代の巫女、でしたな」

 先代の巫女から言伝。思ってもみない言葉に、ヴェルトは動きを止めた。

「リーシュの母親から?」

「巫女様は不思議なお力を持っているようですな。時が来たとき、希望の光は降り立つ。世界を見守る者として動く娘を守ってほしい、と」

「言われるまでもねぇ。国を捨ててまで、リーシュといる道を選んだのは俺だからな」

 それにしても、とヴェルトは心の中で言葉を繰り返す。希望の光が降り立つ、という言葉が気になったのだ。

 この先の出来事をわかっていたかのような言葉。精霊の巫女とはいえ、そんなことがあるのだろうか。もしくは、まだ自分が知らない能力があるのかもしれない。

 傍にいるからといって、精霊の巫女に関するすべてを知っているわけではないのだから、あり得ると思う。

「じゃ、帰るか。砂漠越えるのに時間がかかるし、あんたらはあんたらで、このあとのことを考えねぇといけないだろ」

 傭兵組合がどうするのか。それはヴェルトには関係のないことだ。

 このまま残るという判断をするなら、それも構わないと思う。彼らは彼らの組織方針で動いているのだから。

「帰ります。お二人と一緒の方が、砂漠越えが楽になりますから」

「トレセスがいると、だろ。水だけは困らねぇもんな」

 トレセスが契約したのは水の精霊。お陰で、精霊の力を借りて砂漠越えをすることができた。

「もちろん、一番は水ですが」

「いい風が吹くからな。ヴェルトのお陰で」

 訓練のつもりで風を操っていた行き。涼しい風にも助けられたと言われれば、帰りもそれが目的かと笑う。

「今度から、砂漠へ立ち入るときは二人を連れていきたいぐらいだ」

「却下だ。俺はリーシュのためにしか動かない。第一、あの村は人選ぶぞ。精霊達が基本入れないからな」

 だから訪ねることはできないと言いたいが、おそらく彼らが訪ねてきたら入れてしまうだろうともわかっていた。ここで交流してしまったのだから、問題ないと判断されることは間違いない。

「トレセス、頼めるか」

 用件は終わった。なんとかしようと思っていたが、思っていたかつての遊び仲間は、王族だとわかれば態度を翻すのだと知っただけ。

 すでにどうでもいい存在となってしまったことから、無駄足に少しばかり苛つく。

 けれど、長老だけには感謝する部分がある。先代の巫女から言伝を預かっていたこと、態度が変わらなかったこと。なによりも、先代の巫女が信じているということだろう。

「まぁ、そちらの長老ならいいでしょう」

 彼の判断基準も、おそらくは先代の巫女が言伝を預けたなら問題ないだろうと思えた。

「長老、水溜どれだ? あー、それか」

 答えを聞く前に精霊が教えてくれた為、何事もないように近づいていく。

 シュスト国では各家で水溜場がある。長老の水溜だけに水を引けるかと確認すると、トレセスは問題ないと伝えた。城のオアシスから引っ張ればいいと。

「おー、なるほどな。ついでに、他の奴らが使おうとしたり、長老へ危害を加えるようなことがあったら、守ってくれっか?」

 どこへ話しかけているのかと、若者達が怪訝そうに見る中、風が小さな渦を巻いてから了承することを砂に書く。

 今回問いかけたのは、この辺りにいる精霊達だ。ある程度の融通が利くとはいえ、シュスト国を見ている精霊達が聞いてくるかは賭けでしかない。

「この地を見守る精霊達に感謝する」

「本当に、このような地を見守って頂いて。不快な思いばかりさせて申し訳ないですね」

 今も機嫌がよくないことはわかっている。つむじ風がその証だ。

 普段なら頬を撫でる形で了承を伝えてくる精霊達が、文字を使ったのも見せつけるためだろう。自分達の存在がここにいると。

「まさか…本当に精霊がいるのか」

 呆然とする若者達に、もう遅いと冷ややかな視線を向けるヴェルト。

「水は礼だ。長老への、な」

 遠回しに長老しか使えないと言えば、トレセスに任せてその場を後にした。

 また態度を翻すであろう若者達を見たくない、ではなく、見たらキレると思ってのことだ。

「残念なことをしたな。あの王子を引き込めれば、あんたらの生活は変わっただろうに」

「そうですね。彼だから我々は手を貸そうと思ったのですが、国には価値がないようです」

「……終わりました。行きましょう。ヴェルト様は、精霊の巫女の元へ早く帰りたいと思いますし」

 困った主だと言うトレセスに、アシルとシザは笑った。ここまで来たら、その巫女に会いたいとすら思ったほどだ。

 この後、シュスト国がどうなったのかは言うまでもない。ヴェルトが考えていた通りの結末を迎えることとなるが、長老だけが助けられたのは精霊達の気まぐれだった。






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