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4部 女神の末裔編
女神の里帰り3
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幼い子供達が我先にと迎えにやってくると、二人は仕方ないと笑いながら家を出た。
広場までの道のりは光る玉で彩られており、これもすべて村人がやったことだとわかる。
太陽神と月神が育った村。精霊の巫女がいる精霊に守られた村は、三千年前の出来事が終わってから魔力を持つ者しか産まれない。
南の大陸に行き渡るはずの加護が、すべてこの地に集まっているのかもしれないが、誰も正確なことはわからないのだ。
もしかしたら、加護ではなく精霊の力が高まっているからかもしれない。
どちらにしても、この村は誰もが魔法を使うことのできる所。それも、どの人間よりも能力が高い。
「イリティス様、ようこそいらっしゃいました」
「その言い方は、ちょっと嫌ね」
苦笑いを浮かべたイリティスは、里帰りしたぐらいの気分なのだけどと言う。
この村は夫や子供達と過ごした大切な場所。目的があってのことだが、里帰りという気持ちがあるのも事実。
「では、お帰りなさいませ」
里帰りと言うイリティスに、村人達も言葉を変える。これでいいかと言うように。
納得したイリティスが頷くと、その場はお祭りが始まったかのように騒ぎ出す。次から次へとイリティスの元へ行き、話しかけていく。
一通り話すまで、数時間もかかってしまった。想定内通りとはいえ、さすがに疲れるというもの。
ふぅ、と一息つきながら広場の片隅にある椅子へ座る。喜ぶべきなのだろうが、このお祭り騒ぎを毎回されるのはどうにかならないのか、とも思う。
「イリティスお姉様、大人気ですね」
「あら、あなたも負けていないでしょ」
この村では精霊の巫女ほど大切にされている存在はいない。
なにを言っているのかと言い返せば、リーシュは女神様には負けますと笑う。
「ちょうどいいから、教えてくれるかしら。居候の彼」
大人達はお酒を飲み始め、すでに主役であったはずのイリティスを気にしてはいない。解放された今なら、ゆっくりと話せるだろう。
内容としても、世界の問題ではないのだからここでもいいかと思っていた。
万が一ということもあるのだが、ほとんどが騒いでいて気にしていない。
リーシュも周囲を見て、これなら大丈夫かと思えた。誰もこちらを気にしていないし、騒いでいるのだから、大声でも出さなければ聞こえない。
「イリティスお姉様は、一度だけお会いしたことがありますよ。神殿ですが……」
ヴェルトは神殿に行ったことがある。そこで会ったことがあると精霊から聞いた話。
だから、当時のことはわかっていない。ヴェルトも忘れているようだが、会えば思いだすのではないかと思っている。
「会えばわかるかしら」
「そう思ってます」
精霊達が教えてくれたほどだ。それなりに印象深いことでもあったということだろう。
ヴェルトがなにかしら、やらかしているのかもしれない、とすら思っていたが、さすがに言わないでおく。
「で、リーシュの彼氏かしら」
「えっ…」
にっこりと笑いながら言われると、リーシュの顔が一気に赤くなる。暗くてよかったと思ったほどに、自分でも自覚のある変化。
「あの、一応……かな」
今の関係をどう伝えればいいのか。言葉に困るところだった。
恋人なのかと問われれば、どうなのだろうかと思う。一応そのつもりであったが、今はそうなのかという疑問があるのだ。
「傍にいないからこそ気付く気持ちがあった、ということね」
俯く姿に、なにかを察したイリティス。出かけたことで、リーシュは気付いたことがあったのだろうと。
「いつか、ヴェルトはいなくなる。わかってたことなのに……」
こんな急にいなくなるとは思わなかった。出かけるだけと言うが、そのまま帰ってこないかもしれない。
彼が帰る場所は、ここだとは限らないのだ。国へ帰ってしまう可能性もある。そちらの方が高いとリーシュは思っていた。
「彼は、戻ってくると言ったのでしょ」
「はい……」
「なら、信じて待ちなさい。もし帰ってこなかったら、私が一緒に怒鳴り込んであげるわよ」
会ったことがあると言われても、現状としては誰なのかわからない。名前を聞いてもわからないのだから、会ったときに名乗っていない可能性が高いのだろう。
もう少し情報があれば、帰ってくると断言できたのだろうかと、思わずそんなことを考えてしまった。
自分が知っている男性を基準に考えるのも申し訳ないと思う。けれど、イリティスの周りにいた人達は有言実行する人達だ。
(だったら、帰ってくると思うのよね)
精霊達が村に入れているという部分を含めて考えれば、リーシュを見捨てるような人物ではない。
「彼がここを帰る場所と定めているなら、必ず帰ってくる」
「帰ってくる場所と思っていなかったら、帰ってこないかもしれないですよね」
幼くして両親を失ってしまったリーシュ。大切なものを失うことを恐れているのだと、イリティスは誰よりも知っている。
ずっと見守ってきたのだから。
「仮にそんなことがあったとしたら、精霊達が容赦しないわよ。もし信じきれないなら、精霊達の判断を信じなさい」
それなら信じられるだろうと、イリティスはリーシュを見た。
アクアが口癖のように言う、星は嘘をつかないという言葉を思いだす。自分にとって、自分達にとってそれは精霊に当てはまること。
精霊達はイリティスにも精霊の巫女にも嘘を言うことはない。言えないときは言えないと、真実ですべて伝えてくるからだ。
リーシュもよくわかっているからこそ、精霊の判断なら信じられると頷く。
「この村は、精霊が判断して入れているのよ。だから、その彼はあなたを傷つける存在ではないはずじゃない」
そうでなかったら、精霊達が入れるわけがない。それほど徹底して追い払うのが、困ったことに精霊達だ。
困ることでもあるのだが、今回はありがたいと思うべきかイリティスは少し悩む。
「それじゃ、最初から全部話してもらおうかしら」
「……えっ?」
思わぬ言葉にリーシュが驚いたようにイリティスを見る。最初から全部話せ、なんて言われるとは思ってもいなかったのだ。
「出会いから、ここで暮らしていた昨日までね。リーシュが惚れた男、気になるじゃない」
なぜかイリティスの笑みを見ながら、冷や汗が流れ落ちるのを感じるリーシュ。なぜこうも楽しそうに見てくるのか、まったくわからない。
「夜は長いのよ」
「イ、イリティスお姉様?」
「お酒でもあれば喋るのかしら」
「あの、その……」
どうしたらいいのかと悩むリーシュは、このまま寝られないだろうことを覚悟する。イリティスが満足するまでは付き合う覚悟と共に、自宅へと戻っていくのだった。
・
広場までの道のりは光る玉で彩られており、これもすべて村人がやったことだとわかる。
太陽神と月神が育った村。精霊の巫女がいる精霊に守られた村は、三千年前の出来事が終わってから魔力を持つ者しか産まれない。
南の大陸に行き渡るはずの加護が、すべてこの地に集まっているのかもしれないが、誰も正確なことはわからないのだ。
もしかしたら、加護ではなく精霊の力が高まっているからかもしれない。
どちらにしても、この村は誰もが魔法を使うことのできる所。それも、どの人間よりも能力が高い。
「イリティス様、ようこそいらっしゃいました」
「その言い方は、ちょっと嫌ね」
苦笑いを浮かべたイリティスは、里帰りしたぐらいの気分なのだけどと言う。
この村は夫や子供達と過ごした大切な場所。目的があってのことだが、里帰りという気持ちがあるのも事実。
「では、お帰りなさいませ」
里帰りと言うイリティスに、村人達も言葉を変える。これでいいかと言うように。
納得したイリティスが頷くと、その場はお祭りが始まったかのように騒ぎ出す。次から次へとイリティスの元へ行き、話しかけていく。
一通り話すまで、数時間もかかってしまった。想定内通りとはいえ、さすがに疲れるというもの。
ふぅ、と一息つきながら広場の片隅にある椅子へ座る。喜ぶべきなのだろうが、このお祭り騒ぎを毎回されるのはどうにかならないのか、とも思う。
「イリティスお姉様、大人気ですね」
「あら、あなたも負けていないでしょ」
この村では精霊の巫女ほど大切にされている存在はいない。
なにを言っているのかと言い返せば、リーシュは女神様には負けますと笑う。
「ちょうどいいから、教えてくれるかしら。居候の彼」
大人達はお酒を飲み始め、すでに主役であったはずのイリティスを気にしてはいない。解放された今なら、ゆっくりと話せるだろう。
内容としても、世界の問題ではないのだからここでもいいかと思っていた。
万が一ということもあるのだが、ほとんどが騒いでいて気にしていない。
リーシュも周囲を見て、これなら大丈夫かと思えた。誰もこちらを気にしていないし、騒いでいるのだから、大声でも出さなければ聞こえない。
「イリティスお姉様は、一度だけお会いしたことがありますよ。神殿ですが……」
ヴェルトは神殿に行ったことがある。そこで会ったことがあると精霊から聞いた話。
だから、当時のことはわかっていない。ヴェルトも忘れているようだが、会えば思いだすのではないかと思っている。
「会えばわかるかしら」
「そう思ってます」
精霊達が教えてくれたほどだ。それなりに印象深いことでもあったということだろう。
ヴェルトがなにかしら、やらかしているのかもしれない、とすら思っていたが、さすがに言わないでおく。
「で、リーシュの彼氏かしら」
「えっ…」
にっこりと笑いながら言われると、リーシュの顔が一気に赤くなる。暗くてよかったと思ったほどに、自分でも自覚のある変化。
「あの、一応……かな」
今の関係をどう伝えればいいのか。言葉に困るところだった。
恋人なのかと問われれば、どうなのだろうかと思う。一応そのつもりであったが、今はそうなのかという疑問があるのだ。
「傍にいないからこそ気付く気持ちがあった、ということね」
俯く姿に、なにかを察したイリティス。出かけたことで、リーシュは気付いたことがあったのだろうと。
「いつか、ヴェルトはいなくなる。わかってたことなのに……」
こんな急にいなくなるとは思わなかった。出かけるだけと言うが、そのまま帰ってこないかもしれない。
彼が帰る場所は、ここだとは限らないのだ。国へ帰ってしまう可能性もある。そちらの方が高いとリーシュは思っていた。
「彼は、戻ってくると言ったのでしょ」
「はい……」
「なら、信じて待ちなさい。もし帰ってこなかったら、私が一緒に怒鳴り込んであげるわよ」
会ったことがあると言われても、現状としては誰なのかわからない。名前を聞いてもわからないのだから、会ったときに名乗っていない可能性が高いのだろう。
もう少し情報があれば、帰ってくると断言できたのだろうかと、思わずそんなことを考えてしまった。
自分が知っている男性を基準に考えるのも申し訳ないと思う。けれど、イリティスの周りにいた人達は有言実行する人達だ。
(だったら、帰ってくると思うのよね)
精霊達が村に入れているという部分を含めて考えれば、リーシュを見捨てるような人物ではない。
「彼がここを帰る場所と定めているなら、必ず帰ってくる」
「帰ってくる場所と思っていなかったら、帰ってこないかもしれないですよね」
幼くして両親を失ってしまったリーシュ。大切なものを失うことを恐れているのだと、イリティスは誰よりも知っている。
ずっと見守ってきたのだから。
「仮にそんなことがあったとしたら、精霊達が容赦しないわよ。もし信じきれないなら、精霊達の判断を信じなさい」
それなら信じられるだろうと、イリティスはリーシュを見た。
アクアが口癖のように言う、星は嘘をつかないという言葉を思いだす。自分にとって、自分達にとってそれは精霊に当てはまること。
精霊達はイリティスにも精霊の巫女にも嘘を言うことはない。言えないときは言えないと、真実ですべて伝えてくるからだ。
リーシュもよくわかっているからこそ、精霊の判断なら信じられると頷く。
「この村は、精霊が判断して入れているのよ。だから、その彼はあなたを傷つける存在ではないはずじゃない」
そうでなかったら、精霊達が入れるわけがない。それほど徹底して追い払うのが、困ったことに精霊達だ。
困ることでもあるのだが、今回はありがたいと思うべきかイリティスは少し悩む。
「それじゃ、最初から全部話してもらおうかしら」
「……えっ?」
思わぬ言葉にリーシュが驚いたようにイリティスを見る。最初から全部話せ、なんて言われるとは思ってもいなかったのだ。
「出会いから、ここで暮らしていた昨日までね。リーシュが惚れた男、気になるじゃない」
なぜかイリティスの笑みを見ながら、冷や汗が流れ落ちるのを感じるリーシュ。なぜこうも楽しそうに見てくるのか、まったくわからない。
「夜は長いのよ」
「イ、イリティスお姉様?」
「お酒でもあれば喋るのかしら」
「あの、その……」
どうしたらいいのかと悩むリーシュは、このまま寝られないだろうことを覚悟する。イリティスが満足するまでは付き合う覚悟と共に、自宅へと戻っていくのだった。
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