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4部 女神の末裔編

王子の幼馴染み3

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 夜遅く、恨めしそうにトレセスを見ているヴェルト。なんて言い方をするのかと思ったのだが、それによって問題なく村を離れられるのも事実。

 けれど、言い方はもっとあっただろうと内心は文句を言いながら、言葉にしない。言ったら最後、おそらくトレセスからの容赦ない言葉が降り注ぐ。

 彼はそういう性格をしているのだ。

「明日には出られそうですね」

「そうだな。お前のせいで、今日にも行っていいぞって顔してたけど」

 今すぐどうぞ、と言いたげにしていたリーシュを思いだすと、イラっとしたのは言うまでもない。

 さすがに言われなかったのだが、準備が必要だよねと言われて、彼女と過ごす時間を奪われてしまった。

 どれぐらいかかるかわからないのだから、可能な限りリーシュといたかったのに、とぼやくヴェルト。

(まったく……こういったところは子供なのですよね)

 困ったものだと思う反面、ホッともする。彼はどことなく子供らしさがない子供だったからだ。

 幼い頃から城の中で苦労してきた結果なのだが、それによって子供らしさを失ってしまった彼が心配だった。

 出会いはリーシュに言った通り、城から脱走したところ。間違ってはいないが、トレセスはその前から知っていた。

 王族の護衛騎士となれる者には、家柄の条件があるのだ。王家に忠誠を捧げた家柄であること。それも建国時に忠誠を捧げていることが条件となる。

 幼い頃から城に出入りしていたトレセスは、すでに護衛騎士となることが決まっていた。おそらく王子だろうと漠然に思いながら、見比べていたのだ。

 だからこそ気付いてしまった。

(目が笑ってない子供だった……)

 彼は子供らしからぬ子供。接する大人に合わせて態度を変え、どことなく計算しているようにも感じられた。

 そんなはずないと何度も思ったが、そうだったと知ったのが脱走した彼と出会ったとき。

 城下に出てなにをしていたのか。彼は民を見ていた。どのような暮らしをしているのか、城下がどうなっているのか。

 そして、おそらくだが自分が演じるための人間観察をしていたのだろう。

(恐ろしい子供だと思った。今も思うが、巫女様といるときは普通の青年でしたね)

 彼女が取り戻した姿なら、感謝するべきなのだろうか。本気で考えていた。

「なんか、変なこと考えてねぇよな」

 昔を思い返していれば、ヴェルトが睨みつけていた。察したのかもしれないが、なにを考えていようが勝手だろと言うように視線を向ける。

 視線と視線が絡めば、舌打ちをして視線を逸らす。今回は彼の負けのようだ。

「いい性格してるよな、お前」

「あなたに言われたくありません」

 お互い様だと言われてしまえば、その通りなだけになにも言い返すことが出来ない。

 面倒な性格という意味では、お互い様だろう。自分が周囲から見れば面倒だという自覚はあるのだ。同時に、彼を面倒な奴とも思っている。

 見た目と中身はまったく違う。

(あ、俺もか)

 それは自分もだと思えば、似た者同士なのかもしれないと考えを改める。

「精霊の試練とは、どのようなものなのでしょうね」

「さぁな。てか、お前も受ける気かよ」

 精霊達の提案。それは精霊の試練を受けないかというものだった。そうすれば精霊と契約を交わすことが出来る。

 魔力がなくても精霊の力という形で魔法が使えるようになるからだ。

 提案されたのはヴェルトだが、望めばトレセスも受けられるかと問いかけたところ、問題ないと返答をもらえたのだ。

 魔力を持つのだから、受ける必要はないのではないかとヴェルトは不思議でたまらない。

「なぜ、受けようと思ってるんだよ」

 わかっているのかと問いかけられれば、わかっていると頷く。精霊契約には代償があるということ。

「精霊契約を交わすと、契約を交わした精霊と言葉を交わせるようになります。ヴェルト様とも、離れていても連絡が取れるということです」

 これが理由だと言われれば、少し考えたあとにわかったと了承する。言いたいことはあったが、なにかあったときすぐに連絡が取れるのは助かることだ。

 ヴェルトにとって、唯一信頼できる存在。直接訪ねるという危険を冒さず、互いに連絡を取れるのはいいことだ。

 おそらく、彼の考えは早く連絡が取れるからということだろうが、ヴェルトにとっても悪くはない。契約を交わした精霊は、精霊の巫女よりも主を優先してくれるので情報が漏れることもないのだ。

(複雑だけどな)

 止める理由がない以上は仕方ないことだと思うことにした。



 ヴェルトがトレセスと話していた頃、リーシュも連絡を受けていた。

「イリティスお姉様からまた連絡を頂けるとは思っていなかったです」

 どうしたのかと思う反面、姉のように慕う彼女からの連絡は嬉しい。両親を失ってしまった今では、遠い祖である彼女だけが肉親だと思っていた。

 姉であり、母でもある大切な存在。手助けできることなら、なんでもしたいと思うほどに。

「ごめんなさいね。こんな時間に連絡して」

 時刻は日付が変わる少し前。寝ていてもおかしくはないような時間だ。

「気にしていません。今は不測の事態が起きていますから」

 太陽神が留守にしているのだから、いざとなったら動くのが自分の役割だと思っていた。世界を見守る者の一人として。

 精霊の巫女を継いだ時点で、リーシュはすべてを知っている。名の重みも含めて、すべてをだ。

「それで、どのようなご用件でしょうか」

 精霊に関係することだろうと思っていたリーシュは、次の言葉に驚いた。

 イリティスは、しばらく滞在させてくれと言ったのだ。

 イリティスがいる中央の大陸セレンは、世界の中心にあり世界から切り離された場所。

 女神の居城であった天空城があり、世界で一番女神の力が強い地。女神の力が溢れていると言っても過言ではない。

 だからこそ、あの場所にいるとわからないこともあるのだ。すべてが女神の力によって守られているからこそ、感じ取れないことがある。

「少しでてみようということになったのよ」

 外でしか得られない情報というものもある。それらを得るのが目的だが、自分達が動くことでなんらかの事態が起きるかもしれない。

 異変の正体は外からの攻撃で間違いないと思っているため、誘い出す意味も多少はあった。

「セレンを留守にしたら、なにかしらの動きがあるかもしれないでしょ」

 もちろん、周囲を巻き込んでしまう可能性もあるのだが、シオンがいない今、自分達ができることは数少ない。すべて試す気でいるのだ。

「そういうことでしたか。もちろん、私の方は問題ありません」

 ヴェルトが出かけるのは都合がいいとリーシュは思った。彼がいると巻き込んでしまったかもしれないから。

 大切な王子を失うようなことがあってはいけない。彼はこの大陸を変えてくれる存在なのだから。

「お客様がいたと思ったのだけど、大丈夫?」

 あっさりと了承したリーシュに、イリティスの方が驚く番。彼女の自宅に二年ほど居候がいることは知っているのだ。

 彼女が嬉しそうに話をしているのだから、それだけでただの居候ではないこともわかっているつもり。あっさりと滞在を了承していいのだろうかと、疑問に思うのは当然だろう。

「幼馴染みが訪ねてきて、明日から出かけてしまうのです。なので、イリティスお姉様が滞在されても問題ありません」

 どれほど滞在するかわからないが、彼もどれだけ留守にするかわからない。

 鉢合わせも可能性としてあるだろうが、事前に精霊達が連絡をくれれば問題ないと思っていた。

(それに、会えばわかると思うんだよね)

 イリティスとヴェルトは以前会ったことがある。会えば互いにわかることだろうから、問題ないと思っていたのだ。

「まぁ、そういうことなら大丈夫かしら。いざとなったら神殿を滞在する先に使うから言ってちょうだい」

「はい、わかりました」

 明日の昼過ぎに行くことを伝えると、二人は連絡を切った。あとは直接会って話せばいいことだ。







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