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3部 永久の歌姫編

セレーネ神殿

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 目当ての建物が見えてきた頃には、辺りは夕陽に照らされていた。少しゆっくり過ぎたかと思ったのは一瞬のことで、こんなものかと思うのがアクアだ。

 昨晩の夜には、グレンがどこかへ移動しているのを確認している。星の動きだけだから、どこへ移動したのかまではわかっていないのだが。

 間違いなく、傭兵としての仕事を引き受けたのだろう。

(グレン君はじっとしてられないからねぇ)

 絶対に動くと思っていただけに、予想通りの状況だった。

「ここがセレーネ神殿…」

 城と同じく、真っ白な建物は開放的になっている。もちろん表がであって、中へ入ればまた違うのだろう。奥までこの開放的な造りではないはず。

 そんなことを思いながら見ているのはソニア。

「そっか、騎士だとこないもんね」

 彼女を見ながら、天空騎士だと神殿に来ることはないかとアクアも気付く。

 神殿には神官騎士がいる。天空騎士よりは武力に関してレベルが下がってしまうのだが、それでも魔物を相手する程度なら問題などない。

 そのため、天空騎士が神殿の警護などに回ることはなかった。

 女王が神殿へ行けは天空騎士が行くのだが、基本的に女王が神殿へ行くことはない。

 神殿に関しては、すべて夫となるソル神殿の神官長が受け持つからだ。

「すべてこうなのですか?」

「違うよ。あっ、ソル神殿は知らないや。行ったことないし」

 ソル神殿は男性のためにあることから、逆に女性は行くことがない。神官同士でも出入りはほとんどないのだ。

「神官長でもソル神殿には行かないらしいよ」

 不思議だよね、とアクアは言う。神官長同士での話し合いなどもしているはずなのだが、ソル神殿が使われることはない。

 セネシオと会ったことから、もしかしたら予言者を隠すために誰も入れないのかもと思う。

 彼が普通の神官として過ごしていても、神官長にはバレてしまうかもしれない。予言者は神官長であっても知られるわけにはいかないのだ。

「ちなみに、エトワール神殿は塔があるんだ」

「星視のためですね」

「そう」

 星を視るための場所は必要になるため、塔を中心とした造りになっていると言われれば、納得のいく神殿だと思えた。

「お待ちしておりました」

 神殿の敷地となる門をくぐると、警護をしている神官騎士と共に神官長が立っていた。

 いつから待っていたのかと思うが、アクアの性格を理解した女王から、なんらかの助言があったのかもしれない。さすがにずっとここで待っていられるほど暇ではないだろう。

「陛下よりご連絡は頂いております。お会いできて光栄ですわ、アクア様」

「……えへへ」

 そんなすごい存在じゃないんだけど、という内心の気持ちは押し殺し、とりあえず笑って済ませることにした。

 挨拶だけだが、それでもわかることはある。融通が利かないタイプだろうということだ。この対応を崩すことはできない。

 そうなってくると、自分はそんな存在じゃないという居心地の悪さがでてくる。

(は、早く帰ろう……)

 セレーネ神殿の中に入ったことはあるが、それほど長く滞在したわけではない。姉がいた神殿なだけに、ゆっくり見たいなと思っていた気持ちは、一瞬にして吹き飛ばされていた。

 どこまでも吹き抜けの道を歩いていれば、奥まった部屋に案内された。おそらくは神官長や上位神官のみ入れる場所なのだろう。

 神官長はアクアの存在を知っているが、基本的に彼女自身がセレーネ神殿へ行かないことから、他の神官にはあまり知られていない。

 もちろん、西の大陸では歌の女神としてアクアの名前は広がっている。北の大国へ嫁ぎ、その後は英雄王と共に太陽神のために生きていることまで知られていた。

 だから、いつかどこかに現れるかもしれない。そんな風に伝えられているのは、彼女が星視のために西の大陸を出入りしているから。

「表ですと、他の神官達が動揺してしまうかもしれませんので」

 滅多にやってこない部外者。しかも天空騎士が一緒となれば、さすがにどう思われるかわからない。

 神官ではない客ならいいが、天空騎士など普通の神官は見たこともないのだ。事件が起きたと思う者も現れてしまうかもしれない。

 だからこそ神官長が入り口で待っていたのだ。

 開放的なセレーネ神殿にも、このような閉鎖的な場所があるのかと思うほどの部屋。密会に使われる部屋だな、とソニアは思う。

「改めまして、セレーネ神殿神官長のミーア・セヴォフィーネと申します。こちらは舞い手の神殿。歌姫であったアクア様にお会いできるとは思っていませんでした」

 神官長となった際にアクアが定期的にメリシル国へ来る、という話を聞いた。

 聞かされたところで、舞い手の集うセレーネ神殿を訪ねることはないと思っていたのだ。

 歌姫であったこと、星視のために来ていることを考えれば、城かエトワール神殿のどちらかだろうと思うのは当然のこと。

「あたしは部外者だからね。あまり神殿には行かないようにしてたんだよ」

 部外者という言葉にミーアはなにか言いたげにしたが、ソニアの苦笑いで言葉にすることはなかった。

 この言い方が普通だと察したのだ。

「それで、エリル様の手記を読みたいんだけど」

「もちろん、ご用意させて頂いてます」

 二種類あり、エリルが書き残した物と書き写した物があるとミーアは言う。

 七英雄の時代、セイレーンには文字というものがなかった。基本的には口頭で伝えていたからだ。

 舞いや歌を大切にしていた彼らは、すべてを歌うこと、舞うことで伝えてきた。文字が使われるようになったのは、メリシル国が建国してからだ。

「私は読んだことないのですが、エリル様が書いた手記は昔の字ということもあって、読めるかどうかというものらしいのです」

 それを解読して書き写した物があると言う。そちらは今の言葉になっていることから、読むならこちらがお勧めだとも言った。

「解読って……誰がしたの?」

 昔の言葉だということ自体は覚悟していたことだが、解読したというものが正確ならそちらがいいに決まっている。

「クレド・シュトラウスという方です」

「……クレド君、ここでも仕事してるんだね」

 まさかの名前に、納得できると同時に呆れもした。

 少なくとも、自分が北の大国にいたときはやっていない。その後にやったことだろうが、そのときは息子の補佐をしていたはずなのだ。





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