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第2話 幻の姫君
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「姫様、おきれいですよ~」
はいそこ、お世辞は言わない。
春になり、庭のそこかしこには桃の花が咲き乱れている。そんな中、私は一人浮いた格好をして落ち着かないように部屋の中を歩き回っていた。金の刺繍が施された真っ白の衣装、金と希少な宝石でできた豪華な髪飾り。そう、隣国国王狼酷黎から送られたものである。あーあ、こんな私にこんな衣装似合わないのに……。ていうか誰よ、私の身長とかその他諸々を隣国国王に教えたのは! あっちが知ってるはずないんだから、誰かが密告してるはずなのよ! 別にいいけど!
とたとたとた。足音がして直後、ドアが開いた。
「姉さん!似合ってるね!」
「ゆーよー!」
扉の前には、一人の男の子が。私の弟、邑誘陽だ。この弟が可愛くて可愛くて…… こんなに賢くて可愛くてかっこよくて優しくてしっかり者の子、この子以外にこの世に存在するわけない……!
「姉さん、脳内で何が起こってるのかは知らないけど女官から生暖かい目で見られてるよ……」
え!? うそ! どこどこ? そこか! 部屋の隅から生暖かい視線を向ける女官が一人。恥ずかしいー!
「とりあえず、似合ってないんだからお世辞は言わなくていいのよ。ほんとのこと言われても姉さん傷つかないから。姉さんだって似合ってないの自覚してるのよ」
「そんなことないよ。似合ってる似合ってる~」
扉のほうから、別の声がした。
「怖いって言ってもまあ大丈夫じゃない? 鈴華なら」
「父さん! 適当なこと言わないでよ!」
ほんとに適当な父親だな…… わかってる!? 相手は超大国の冷酷王なんだよ!?
「姉さん……嫌になったら戻ってきていいからね」
「ああ誘陽、なんていい子なの?」
どうしてこんなにも出来のいい弟なんだろう。姉さん泣いちゃうよ。
「姉さん姉さん、向こうにつくの遅くなっちゃうから早くいった方がいいと思うよ」
「そうね」
白蓮花国までは1日くらいかかる。今から行くと着くのは今日の夕方ぐらいかな。もうちょっと早いかもしれないけど。
「うん、行ってくるね」
父さんと誘陽に見送られ、私は馬車に乗り込んだ。白蓮花国までは女官が一人ついてきてくれる。まあ着いたら帰るらしいんだけど。……え? 帰るの? なんで? ふつう一人ぐらいついてくるでしょ。別にいいけど……
「はあ、あんなに小さくてかわいらしかった姫様がもうこんなに……」
王宮を出発して少し経った後、感慨深そうに女官が口に……
「お転婆の下町娘になって……」
ん? お転婆の下町娘だって? ふつうそこは「あんなに小さくて可愛らしかった姫様がもうこんなに大きくお綺麗になられて……」とかでしょ!? 気にしたら負けか。
「なんか新鮮ね~、王族として外に出たことなんてなかったし」
馬車の窓から見た王都は活気にあふれていて、いつも見ることのできない全体をよく見渡すことができる。明るくていい場所なんだな、と思うと離れるのが少し寂しい。にわかに、馬車の周りがざわついた。
「もしかしてあの馬車、姫様が乗ってるんじゃない?」
「あの、幻の姫さんか。うーん、お顔は見えんなあ」
ばれてる! しかも私幻の姫って呼ばれてたんだ…… 初耳だわ…… 顔を見られたら誰か完全にばれるので私はカーテンの陰に隠れた。
「私って結構有名なのね~あはは~」
「そうですよ、姫様のお顔を見た方は王宮にいる者ぐらいですから」
ほんの少し自慢げに女官が話す。
やがて、全く知らない土地に入った。
「ここの州は緑がきれいね」
森と川に囲まれた緑豊かのこの州。木々の間からは木漏れ日が降り注ぎ、太陽の光を受けた小川はきらきらと光りながらせせらいでいた。川など、こんなに間近で見たことがない。たまに飛び生える魚が可愛かった。
「うーん、なんかリラックスできそう……」
「そうですねえ……」
暖かな春の陽気になんとなく眠くなってしまった私はそのまま眠りについた……
人声で目が覚めた私は窓の外を見渡して目を見張った。たぶん国境なのだろう。何人かの警備兵が通行証を運転している人に渡している。そしてその向こうには、見たこともないような大きな街が広がっていた。
「こんなに大きな街、あるんだ……」
あまりの光景にただただ目を見張ることしかできない。そうこうしていると、向こう側から誰かがやってきた。案内役の人らしい。私たちはそのまま白蓮花国への門をくぐった。
ひそひそひそ。あー、なんか言われてるなあ……
1時間ほどたって日が傾いてきたころ。馬車は王都を進んでいた。王都の人々がうわさする声がたまに聞こえてくる。
「あれが……の姫……?」
「かわいそうに。あの陛下に見初められるなんてなあ……」
陰口言われてるんじゃなくて憐れまれてた。複雑な心境…… 国王陛下の噂は有名だけど国民からも言われてるんだ……
「もう姫様ともお別れですね……」
目の前には王宮が見えてきている。ついてきてくれた女官が涙ぐみながら言った。うんうん、最後までありがとう。
「私、姫様がこの国で何かやらかさないか心配で心配で……」
そんな心配はしなくていいのよ! 前言撤回だわ! 何を心配してるのよ!
はいそこ、お世辞は言わない。
春になり、庭のそこかしこには桃の花が咲き乱れている。そんな中、私は一人浮いた格好をして落ち着かないように部屋の中を歩き回っていた。金の刺繍が施された真っ白の衣装、金と希少な宝石でできた豪華な髪飾り。そう、隣国国王狼酷黎から送られたものである。あーあ、こんな私にこんな衣装似合わないのに……。ていうか誰よ、私の身長とかその他諸々を隣国国王に教えたのは! あっちが知ってるはずないんだから、誰かが密告してるはずなのよ! 別にいいけど!
とたとたとた。足音がして直後、ドアが開いた。
「姉さん!似合ってるね!」
「ゆーよー!」
扉の前には、一人の男の子が。私の弟、邑誘陽だ。この弟が可愛くて可愛くて…… こんなに賢くて可愛くてかっこよくて優しくてしっかり者の子、この子以外にこの世に存在するわけない……!
「姉さん、脳内で何が起こってるのかは知らないけど女官から生暖かい目で見られてるよ……」
え!? うそ! どこどこ? そこか! 部屋の隅から生暖かい視線を向ける女官が一人。恥ずかしいー!
「とりあえず、似合ってないんだからお世辞は言わなくていいのよ。ほんとのこと言われても姉さん傷つかないから。姉さんだって似合ってないの自覚してるのよ」
「そんなことないよ。似合ってる似合ってる~」
扉のほうから、別の声がした。
「怖いって言ってもまあ大丈夫じゃない? 鈴華なら」
「父さん! 適当なこと言わないでよ!」
ほんとに適当な父親だな…… わかってる!? 相手は超大国の冷酷王なんだよ!?
「姉さん……嫌になったら戻ってきていいからね」
「ああ誘陽、なんていい子なの?」
どうしてこんなにも出来のいい弟なんだろう。姉さん泣いちゃうよ。
「姉さん姉さん、向こうにつくの遅くなっちゃうから早くいった方がいいと思うよ」
「そうね」
白蓮花国までは1日くらいかかる。今から行くと着くのは今日の夕方ぐらいかな。もうちょっと早いかもしれないけど。
「うん、行ってくるね」
父さんと誘陽に見送られ、私は馬車に乗り込んだ。白蓮花国までは女官が一人ついてきてくれる。まあ着いたら帰るらしいんだけど。……え? 帰るの? なんで? ふつう一人ぐらいついてくるでしょ。別にいいけど……
「はあ、あんなに小さくてかわいらしかった姫様がもうこんなに……」
王宮を出発して少し経った後、感慨深そうに女官が口に……
「お転婆の下町娘になって……」
ん? お転婆の下町娘だって? ふつうそこは「あんなに小さくて可愛らしかった姫様がもうこんなに大きくお綺麗になられて……」とかでしょ!? 気にしたら負けか。
「なんか新鮮ね~、王族として外に出たことなんてなかったし」
馬車の窓から見た王都は活気にあふれていて、いつも見ることのできない全体をよく見渡すことができる。明るくていい場所なんだな、と思うと離れるのが少し寂しい。にわかに、馬車の周りがざわついた。
「もしかしてあの馬車、姫様が乗ってるんじゃない?」
「あの、幻の姫さんか。うーん、お顔は見えんなあ」
ばれてる! しかも私幻の姫って呼ばれてたんだ…… 初耳だわ…… 顔を見られたら誰か完全にばれるので私はカーテンの陰に隠れた。
「私って結構有名なのね~あはは~」
「そうですよ、姫様のお顔を見た方は王宮にいる者ぐらいですから」
ほんの少し自慢げに女官が話す。
やがて、全く知らない土地に入った。
「ここの州は緑がきれいね」
森と川に囲まれた緑豊かのこの州。木々の間からは木漏れ日が降り注ぎ、太陽の光を受けた小川はきらきらと光りながらせせらいでいた。川など、こんなに間近で見たことがない。たまに飛び生える魚が可愛かった。
「うーん、なんかリラックスできそう……」
「そうですねえ……」
暖かな春の陽気になんとなく眠くなってしまった私はそのまま眠りについた……
人声で目が覚めた私は窓の外を見渡して目を見張った。たぶん国境なのだろう。何人かの警備兵が通行証を運転している人に渡している。そしてその向こうには、見たこともないような大きな街が広がっていた。
「こんなに大きな街、あるんだ……」
あまりの光景にただただ目を見張ることしかできない。そうこうしていると、向こう側から誰かがやってきた。案内役の人らしい。私たちはそのまま白蓮花国への門をくぐった。
ひそひそひそ。あー、なんか言われてるなあ……
1時間ほどたって日が傾いてきたころ。馬車は王都を進んでいた。王都の人々がうわさする声がたまに聞こえてくる。
「あれが……の姫……?」
「かわいそうに。あの陛下に見初められるなんてなあ……」
陰口言われてるんじゃなくて憐れまれてた。複雑な心境…… 国王陛下の噂は有名だけど国民からも言われてるんだ……
「もう姫様ともお別れですね……」
目の前には王宮が見えてきている。ついてきてくれた女官が涙ぐみながら言った。うんうん、最後までありがとう。
「私、姫様がこの国で何かやらかさないか心配で心配で……」
そんな心配はしなくていいのよ! 前言撤回だわ! 何を心配してるのよ!
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