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35・執事、会談を聞く。

03エンデスヘルツが故に。

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 違う。
 これは、彼女は、まるでただのティーンエイジャーの女子だ。

 ムカつく奴が友達に気安きやすくちょっかいを出そうとしたのに腹を立てて感情にまかせて、引っ叩く。

 この聖女は人間だ、人間として安寧あんねいを。

 ああ駄目だ、涙が出る。
 咄嗟とっさに上を向く、こんなに嬉しいことはない。

 凄まじい勢いであふれ出る感情に、必死にふたをしていると、一連の流れを見ていたアビィが不意に口を開く。

「……へえ、合法で殴れるんだ……。いいなあ、聖女」

 その言葉で一気に涙が引っ込む。

 気を引きめろ、俺の主はこのプッツン女だ。
 このヤバい女がこのおごそかな会談でとんでもないことをしないように気を張っていないとならない。
 れた弱みだ、本当に仕方がない。

 殴られて気を失ったシェーン・ゴールドマンは城の侍女たちに治療の為に別室に運ばれていった。

「お騒がせして申し訳ございませんでした。しかし、これも悪法ですね。神の啓示けいじとはいえ、個人の裁量さいりょうで暴力の行使を許されるいわゆる特権のような法は撤廃てっぱいした方が良いですね。決闘についても無くした方が良いでしょう、そういうことを決められて話し合える方々が集まっているのです。ゆえにこれからしっかりと話し合いでこの国を安寧あんねいみちびきましょう」

 さらりと、あたかも今の出来事は反面教師はんめんきょうしとして良くない例として実行したんですよ感を出しながら話を続けていく聖女。

ゆえにエンデスヘルツ公爵、貴方の胸中きょうちゅうをお聞かせ頂きたいのです。この国をどうみちびきたいのか、この国に何が足りなく何が必要なのか、貴方がシェーン・ゴールドマンの言った通り武装決起ぶそうけっき目論もくろみ兵器を製造するにいたるほどの思いをこの場で我々にお聞かせください」

 毅然きぜんとした態度で、単刀直入たんとうちょくにゅうにエンデスヘルツ公爵へと切り込む。

「……凄いな、以前会った時とはまるで違う、エンデスヘルツである私は例え聖女だろうと変化や進化や発展は素直に喜ばしい」

 聖女の言葉にエンデスヘルツ公爵は柔らかい口調でそう返し、続けて。

ゆえに、エンデスヘルツがゆえに、この国の停滞ていたいにはいきどおりを感じざるを得ない。ここ数百年間この国はほとんど進歩していない。無能で怠惰たいだな貴族たちだけがえきを得る構造に甘え、有能で勤勉きんべんな平民がその才覚を発揮はっき出来ずに一生を終えてしまう。勤勉きんべんに働き、国に民に貢献こうけんした人間が認められ爵位を得るという仕組みではあるが、平民の出から爵位を得た人間が今までの歴史の中にどれだけいた? 数百年の間に爵位を得た平民はほんの数人だ。ほとんどの貴族は貴族家に生まれて爵位を継ぐのではなく家柄いえがらだけで新たに爵位を得る。それらの貴族がこの国を良くしたことがあったのか? ここにいるワタナベ男爵や、鉱山のクーロフォード、剣聖バンフィールドなど、平民出身で爵位を得た貴族家は立派に国を発展させている。国をうるおし人々を育て、守っている。現状の王族と貴族のみが国政を仕切り、富と教養をむさぼるこの現状に納得がいかないのだよ」

 毅然きぜんと、堂々と、一切の迷いもなくそう語る。

 確かにこの国は基本的に何かを取りまとめる役割を担っているのは貴族だ。
 街ごとの行政だったり、商業や農業や工業の組合、医療や福祉、金融機関、物流、貿易ぼうえき、様々の管理や決定権を貴族がゆうしている。

 大抵たいていの地域はそれで上手く回っているとは思う。俺が前世で過ごした今はもうない国はもっと全体的に困窮こんきゅうしていたし多分時代も悪くて社会主義な軍事国家として信仰の自由すら許されていなかったことを考えるとこの国はかなり豊かだ。

 しかし、実際困窮こんきゅうしている地域は存在する。あの馬鹿の怪人アーチやらを排出はいしゅつした劣悪れつあく貧民街ひんみんがいはところどころに存在する。

 土地の貴族がヘボで、国庫で私欲しよくやすとこういった場所が生まれる。

 あの怪人アーチからただでさえ足りない品性と教養を減らして、加虐性かぎゃくせいを強めたような人間が育つ温床おんしょうとなる。無能な貴族が増えれば、民の教養が下がる。

 それらの因果関係いんがかんけいには一理いちりある、一理いちりあるのだが……。

 その違和感を王妃が言葉にする。

「エンデスヘルツ、その主張しゅちょうは確かに一考いっこう余地よちがあると思います。。民が意見をたばねて政党せいとうとしての権利を主張しゅちょうし、自主性を持って生まれた正論に対して土地の貴族家や各派閥かくはばつの主要貴族、我々王族などが思考し行動をするのが道理なのです。民から不満の声が上がらない限りはいたずらに現環境に大きな変化をあたえるのは早計そうけいです。それをしない民に自主性を持つほどの教養が足りていないというのが現実であり、現在の民にその変化を与えても混乱こんらんを産むだけでしょう」

 エンデスヘルツ公爵の意見を冷静に王妃は否定をする。

 そう、その通りなのだ。
 エンデスヘルツ公爵の言うことは平民からでるべき意見だ。どれだけもっともらしいことを並べてものである。

 変化を望まないのであれば、現状維持げんじょういじを行うのがベストだ。王妃が言うこともまた道理である。
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