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30・執事、落とし込む。

03飲み込めてしまう。

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 マリシュカ……? 人名なのか? 人名の付いた爆弾や兵器なのだろうか? 結局疑問符ぎもんふきない。 

「発展派貴族ネビル子爵家次女、十六歳、学業成績は程々ほどほどで運動神経も良くはない、趣味はぬいぐるみ集め、まあ基本は可愛いだけのクソガキね」

 困惑こんわくする俺を置きりにするように、リリィは語り続ける。

 なんだ? 何の話をしているんだ、これは。

「そんなマリシュカ・ネビルは数ヶ月前、姉の結婚前夜パーティーで一族をふくめた発展派貴族とけつけた兵士をべ八十五人斬りきざんで殺して、表向きは国外追放とされているけれども逃亡中」

 おだやかじゃない話が飛び出る。

 八十五人を一人で……? 可愛いだけのクソガキじゃなかったのか? 何故なぜそんな――。

何故なぜそんなことができたのか」

 当たり前のように思考を先読みするリリィはしたり顔で続ける。

「ネビル家には勇者の剣とやらが保管されていた、これは勇者を勇者として完全体にする為に女神が与えた洗脳装置せんのうそうちけん、魔王すらも殺せる最強の武器らしい。最強の武器と、それを使える能力を得たことによりマリシュカは壊れて、狂って、化けた。今や勇者の腕を斬り飛ばし、姉のサンディ以外の言葉が通じない怪物となった」

 リリィは普段なら苦笑いな与太話よたばなしをつらつらと並べ立てる。

 しかしほんの数時間前に魔王やら自動人形やら竜の女王やらの大立ち回りを目撃した今は、信じざる得ない。
 勇者に勇者の剣ね……、思った以上に飲み込めてしまうな。

 このタイミングじゃなきゃ飲み込めない……、そうか、だからこの女はこのタイミングで現れたのか。

「で、ナイン・ウィーバー。

「………………は?」

 リリィのあまりに理解ができない言葉に、反応が遅れる。

「魔王は勇者に剣を渡したくない、勇者が完全体になるとかなり面倒だし擬似的ぎじてきに勇者の力を持つマリシュカともやり合いたくない。エンデスヘルツ公爵は自身の野心の為にマリシュカの力で魔王を止めることはしない。つまりこのままだと、魔王は順調にこの国を滅ぼす。止めるにはマリシュカから勇者の剣をうばい、勇者に渡すしかない」

 反応しきれていない俺に、畳みけるようにリリィは話を続ける。

「……いや、待て、そんな怪物を俺が殺せるわけがないだろ。あの魔王よりとんでもない奴を相手にちょっと人を殺せる程度ていどの俺が――」

「出来るわよ、マリシュカ・ネビルは魔王やら竜の女王やら魔女やらと違って世界のことわりから外れているけど

 俺の言葉を打ち消すようにリリィが語る。
 イニシアチブはにぎられっぱなしだ。

「言ったでしょ? マリシュカ・ネビルはただの可愛いだけのクソガキ、女神に造られたわけでもなければ世界のことわりを超えてしまうほどの鍛錬たんれんんだわけでもない。後天的こうてんてきに魔王を殺せる力を手にしただけの壊れた人間でしかない。存在が必殺のナイン君なら、造作ぞうさもないことだと思うけど」

 光の無い大きなひとみをピタリと俺の目に合わせて、リリィは俺をためすように言う。

 ………………まあ、殺して死ぬなら、殺せるだろうな。

 このリリィという女は裏社会を総べる組織のボスということもあり理解しているようだが。

 人を殺すのに強さや戦闘能力は、あまり関係がない。
 相手がどれだけ強かろうと、戦闘能力に差があろうと必ず殺すのが暗殺者だ。
 俺は前世でそのすべだけ徹底的てっていてきり込まれたというか、造られた。

 単純な強さや戦闘能力でいうなら、俺は怪人アーチ以下だ。最低限の徒手格闘としゅかくとう仕込しこまれてはいるが、大したものじゃあない。
 暗殺術の応用でその場しのぎをしているにすぎない、医者は手先が器用だから料理もそこそこ出来るみたいな話でしかない。

 俺が今までアビィにいわれてやってきたことは、ほぼほぼ専門外せんもんがいなのだ。
 それが何故なぜここまでやってこれたかと言えば、ひとえにアビィにかっこつけたいからということにきる。
 暗殺者ではなく執事だからとか、お嬢様の命令だからとか、まあ結局のところかっこつけでしかない。

 ゆえに。

「断る、俺は正直アビィさえ幸せなら王族が死のうが貴族が死のうが国が滅びようと知ったこっちゃない。いざとなればアビィをれて逃げるから関係ない」

 俺はそう答えた。

 国とか別にどうでもいい、これが俺の本音である。
 長々と魔王やら勇者やらマリシュカ・ネビルとやら話を聞いていたが、アビィをがいしない限りはどうでも良い。

 今聞いた話をアビィに伝えて、色々と取捨選択しゅしゃせんたくをしてもらうしかない。
 もしくはまたプッツンな奇策きさくが飛び出るかもしれないが、そうなった時に付き合うだけだ。

 突然現れた悪の権化ごんげに使われてやる義理ぎりはない。
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