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30・執事、落とし込む。

02心がざわつく。

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「そんなあなたが何故なぜバセット伯爵家令嬢、それも養女ようじょのアビゲイル・バセットに使われ続けているのかがわからないの。なしくずし的な同行でだましうちのような契約だったとしても、あなたならそんなもの全て反故ほごにすれば良いじゃない。誰も文句なんて言えないんだから」

 リリィは真剣な眼差まなざしとやわらかい口調で緩急かんきゅうをつけながら、俺に語りかける。

「…………、貴族との契約を反故ほごにして文句を言われないわけがないだろう。バセット家は腐っても伯爵家、俺みたいなただの平民なんて一息ひといきで消し飛ぶ」

 俺は裏社会をべる大陸一の悪に一般論いっぱんろんを答えてみせる。

「は? 殺せばいいじゃない。死んだ人間は文句なんか言わないんだから、死人に口なしなんてことあなたがわからないわけないでしょ?」

 リリィはわかりやすく悪の一般論いっぱんろんべる。

「ナンバーシリーズ級の技量ぎりょうを持つあなたなら、殺人と立証不可能りっしょうふかのうな完全犯罪なんて容易よういでしょ。この国最強格であるバンフィールドのアンナを相手に出来るあなたが、大したかせぎにもならずリスクも高い事ばかりやらされて、大人しく言う事を聞いている。それが気に入らない」

 スカートのポケットから煙草を取り出して、火をつけながらリリィはそう語り、続けて。

「自分の力を自分の意思で発揮はっきしない者を、人間とは呼ばない。受動的じゅどうてきに使われるだけの存在はただの人形と変わらない。自身の利益りえきの為だけにあなたを使い続けるアビゲイル・バセットにつかえ続けるのが理解出来ないし気に入らない」

 そう言って、俺の顔にやたら甘い煙草の煙を吹きかける。

 反論はんろんしようと言葉を選んだすきに、畳みけるようにさらにリリィは言う。

「あなた、私の組織に来なさい。私があなたを人間にしてあげる」

 リリィは煙に乗るように、ふわりと近づいて、俺のくちびるを指でれながら、そうささやく。

 心がざわつく。

 ああ、この感覚……思い出した。
 前世で出会った聖女と呼ばれた小娘と初めて話した、あの感覚に近い。

 説得力のような、確信めいたものを感じてしまっている。

 ウェンディ・ロックハートとこの女は全く違う、ウェンディを善性ぜんせい極点きょくてん位置いちするとしたらこの女は悪性あくせい極点きょくてん位置いちする。

 ただ、極点きょくてん位置いちするという共通点は、発言に確信や説得力。あるしゅの正しさを生む。

 これは非常にまずい。

「……、俺は、すでに人間だ。俺は望んでアビィと共にいる。俺は人を殺すこと以外を求めてくれるアビィを、俺を人として必要としてくれるアビィを幸せにしたいんだ、だから――」

「なにマジになってんのよ。冗談よ、気に入らないわね」

 あせる俺の言葉にかぶせるように、リリィは吹かした煙草を俺のネクタイに押し付けて消しながらそう言う。

「まあ、あなた級の殺し担当を欲しいのは本当だけどね、人間だとかそんな馬鹿な話は嘘よ。使うも使われるも人は人でしょ」

 俺のネクタイに出来た穴を覗きながら、興味きょうみ無さそうに淡々と言う。

「そうそう、このままだとこの国近々終わるから」

 そのままの流れで、リリィはさらりと漏らす。

「これは冗談じゃなくて、あなたもご存知ぞんじの通り魔王軍とやらがこの国を荒して回ってる。先程さきほどのリングストン公爵襲撃しゅうげきと同時にエンデスヘルツ公爵てい襲撃しゅうげきされているけどこれはキャロラインと勇者とやらがなんとかしたみたい。公爵ていは消し飛んだけどエンデスヘルツ公爵もすでに身を隠してたみたいで無事」

 ネクタイを放るように離して、リリィの話は続く。

 知りすぎている。
 組織の諜報力ちょうほうりょくは凄まじいようだ。なんせほんの数時間前の出来事までボスの耳に入っているのだから。

 そしてエンデスヘルツ公爵ていも襲撃を受けていた? 勇者? 何が起こっているんだこの国は。

。ゴールドマン公爵ていが公爵ごと吹き飛ばされたみたいね。正直現状、魔王軍に対する対抗策たいこうさくはエンデスヘルツていに現れた勇者とあなた達の前に現れたスペアシェリーという女しかいない」

 さらりとこの国をるがす情報を口に出す。
 とんでもない最新情報だ。
 あまりの事の大きさに反応が出来ない。

「まあでもそれならなんとかなるとは思うんだけど、

 間髪かんはつ入れずに、衝撃の最新情報をべ続ける。

「その切り札をもとに、これからエンデスヘルツ公爵は魔王と手をむすぶ。そのくらいこの切り札はすさまじい。勇者もスペアシェリーも竜の女王もリングストンの魔女も魔王自身すらもかなわない」

 最早もはや、最新情報ではなく予想や予言に近い話を聞く。

 切り札……? あの世界のことわりから外れたような連中れんちゅうおさえ込むことが出来るような兵器がこの世に存在するのか?

「マリシュカ・ネビル」

 疑問符ぎもんふを頭に並べる俺を見透みすかしたように、リリィは端的たんてきに答えを出す。
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