上 下
100 / 240
27・お嬢様、魔王に会う。

01粉々に吹き飛んだ。

しおりを挟む
 私、アビゲイル・バセットは伯爵令嬢にして異世界転生者、もとい公爵拉致監禁暴行傷害犯らちかんきんぼうこうしょうがいはんである。

 いやーついにやっちまったってやつだ。

 でも仕方がなかった。
 このままだと発展派と教会派が手を組んで武装決起ぶそうけっきにより国家転覆こっかてんぷくを行おうとして、内乱により多くの犠牲ぎせいが出てしまうところだった。

 なんてね。
 まあ正直私は何人死のうが知ったこっちゃない。

 グロリアという可愛い友人がそんなわけのわからないことの片棒かたぼうかつがれそうになってるのを止めたかっただけだ。

 私は八千万の国民より、数人の親しい友人が大事なのだ。

 つまり私利私欲しりしよくの為に私はこの国の公爵を拉致監禁らちかんきんして腕をへし折り顔を蹴り飛ばしたわけだ。

 私の執事であり、大昔に暗殺なんてことを生業なりわいにしていたナインですらこの作戦にはドン引きしていた。

 どうにも私は倫理的なことや道徳心というのがやや欠落けつらくしているのかもしれない。

 まあしいたげられ続けたアビィに、病院のベッドで一生を終えた高田まりえが混ざり合う今の私に、健全な精神が宿やどるわけもないのだ。

 なんて考えなくても良いことを考えている。
 そう、これはなのだ。

 目の前で起こった非現実的なことに対して、私は現実逃避をせざるを得ない。

 マーク様を拉致監禁らちかんきんした甲斐かいあって、国家転覆こっかてんぷくから手を引かせることに成功してナインの容赦ようしゃのない踏みつけで折れたマーク様の腕を手当していると。

 

 ここはバセット家敷地内にある、はなれの小屋。

 アビゲイル・バセットがしいたげられ続け、病に倒れて押し込められていたあの小屋だ。

 そこにリングストン公爵のお屋敷からナインがサクッとマーク様を拉致らちして監禁かんきんしたのである。

 この小屋はバセット家が世間にバレないように私を隔離かくりしていた場所であり、人目に付かないしバセット家の人間はすで掌握しょうあくしているので拉致監禁らちかんきんにはうってつけだった。

 それが今、粉々こなごなに吹き飛んだ。

 よーし、ここからリングストン公爵が王族と手を組んで、発展派は上手いことキャロライン嬢に相談しつつ押さえ込んで血の流れない解決に向けて進むだけだ! くらいのことを考えていた矢先やさき

 なにこれ。

「いやはや、助かったぜ。リングストンの街で手を出すとあの魔女の姉ちゃんが面倒だったからな。おまえがリングストンの街から出てくれたのはラッキーだった」

 動揺どうようする私は声の方向にすぐに顔を向ける。

 声の主はちゅうに浮いていた。
 空を飛んでいたのだ。

 あー、これは見てもより一層いっそう分からなくなるやつだわ。

 なんか今話の中に出てきた、リングストンの街と魔女ってところからあのグラマラスな美人魔女のことだろう。

 つまりこのちゅうに浮かぶ謎の男も、あのおとぎ話の類いの存在なのだろう。

 一応私も異世界転生者という超常的な存在であることと、魔女の魔法を何度か目の前で見ているのでそんじょそこらの人よりもこの手の出来事には耐性たいせいがあるつもりだ。

 しかし何も無い場所に浮かぶ人間を目の当たりにするのは、流石に言葉を失う。

「どうもリングストン公爵、俺は魔王だ。とりあえず死ね」

 驚愕きょうがくする私に目もくれずに男はそう言って、赤く光る右手をマーク様へと向けた。

 あー、はいはいなるほど魔王ねぇ。

 なんて考えた瞬間。

「うおうっ⁉」

 飛び上がった黒い影が魔王の首をナイフで斬りいた。

 暗闇からの瞬殺、まさに暗殺である。

「いや駄目だ‼ 逃げろ‼ ‼」

 魔王の首を斬りいたナインが、着地と同時にそう叫ぶ。

 あまりの速さに理解が追いつかない、え? やっつけたんじゃないの?

「へえ、驚いた。坊主なかなか人のいきを超えてるな、ウォールくらいなら絶対死んでただろうけど、まあ俺は死なねえから」

 そう言いながら地面にりてきたところで魔王のかれた首は完全につながっていた。

 回復力というか治癒力とかそういう話ではなく。
 まるで何も無かったように、魔王の首は元通りになっていた。

「おっと、落ち着け坊主。おまえが凄まじいのはわかったからちょっと黙ってろ」

 目にもまらぬ速さで、私には全く見えていなかったが首元にナイフを近づけていたナインに向かって魔王が言う。

 するとぴたりとナインは固まってしまったかのようにそのまま動きを止めた。

「ああ、大丈夫だお嬢ちゃん。ちょいと動きを止めさせてもらっただけだ、俺の目的はそこにいるリングストン公爵だけだ。あんたらには手を出すつもりはねえよ」

 ナインのナイフを指でつまむように取り上げながらゆったりとべる。

「あー……、じゃあこの坊主にめんじて少し無駄口叩いてやるよ。俺はこの国をそっくりそのまま頂く為に王族と三公爵、それに付随ふずいするやつを消して行くことにしたんだ」

 魔王はナイフをふわりとちゅうに浮かせながら淡々ととんでもないことを語る。

「……な、なぜ?」

 怒涛どとうの展開にのどがからからになりながら、私は率直そっちょくな疑問を口にする。

「なんで……、この国を、い、頂いちゃおうと思った、んですか……?」

 しどろもどろの私の問いに。

「へえ、驚いた俺に対して質問できるのか。おもしれえから答えてやるよ。俺は魔王、善を否定して悪をべる魔の王だ。つまりこの俺の正しさは悪であり、俺が間違いだと思うものが善なんだ。この国は間違えた、だから俺はこの国を否定する。二千年も途絶とだえずにいけしゃあしゃあとさかえてきたこの国はさは一回滅ぼさねえと」

 魔王としてはね。

 そう付け加え、にやりと笑って答えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

公爵家御令嬢に転生?転生先の努力が報われる世界で可愛いもののために本気出します「えっ?私悪役令嬢なんですか?」

へたまろ
ファンタジー
ここは、とある恋愛ゲームの舞台……かもしれない場所。 主人公は、まったく情報を持たない前世の知識を持っただけの女性。 王子様との婚約、学園での青春、多くの苦難の末に……婚約破棄されて修道院に送られる女の子に転生したただの女性。 修道院に送られる途中で闇に屠られる、可哀そうな……やってたことを考えればさほど可哀そうでも……いや、罰が重すぎる程度の悪役令嬢に転生。 しかし、この女性はそういった予備知識を全く持ってなかった。 だから、そんな筋書きは全く関係なし。 レベルもスキルも魔法もある世界に転生したからにはやることは、一つ! やれば結果が数字や能力で確実に出せる世界。 そんな世界に生まれ変わったら? レベル上げ、やらいでか! 持って生まれたスキル? 全言語理解と、鑑定のみですが? 三種の神器? 初心者パック? 肝心の、空間収納が無いなんて……無いなら、努力でどうにかしてやろうじゃないか! そう、その女性は恋愛ゲームより、王道派ファンタジー。 転生恋愛小説よりも、やりこみチートラノベの愛読者だった! 子供達大好き、みんな友達精神で周りを巻き込むお転婆お嬢様がここに爆誕。 この国の王子の婚約者で、悪役令嬢……らしい? かもしれない? 周囲の反応をよそに、今日もお嬢様は好き勝手やらかす。 周囲を混乱を巻き起こすお嬢様は、平穏無事に王妃になれるのか! 死亡フラグを回避できるのか! そんなの関係ない! 私は、私の道を行く! 王子に恋しない悪役令嬢は、可愛いものを愛でつつやりたいことをする。 コメディエンヌな彼女の、生涯を綴った物語です。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

断罪された商才令嬢は隣国を満喫中

水空 葵
ファンタジー
 伯爵令嬢で王国一の商会の長でもあるルシアナ・アストライアはある日のパーティーで王太子の婚約者──聖女候補を虐めたという冤罪で国外追放を言い渡されてしまう。  そんな王太子と聖女候補はルシアナが絶望感する様子を楽しみにしている様子。  けれども、今いるグレール王国には未来が無いと考えていたルシアナは追放を喜んだ。 「国外追放になって悔しいか?」 「いいえ、感謝していますわ。国外追放に処してくださってありがとうございます!」  悔しがる王太子達とは違って、ルシアナは隣国での商人生活に期待を膨らませていて、隣国を拠点に人々の役に立つ魔道具を作って広めることを決意する。  その一方で、彼女が去った後の王国は破滅へと向かっていて……。  断罪された令嬢が皆から愛され、幸せになるお話。 ※他サイトでも連載中です。  毎日18時頃の更新を予定しています。

ちょっとエッチな執事の体調管理

mm
ファンタジー
私は小川優。大学生になり上京して来て1ヶ月。今はバイトをしながら一人暮らしをしている。 住んでいるのはそこらへんのマンション。 変わりばえない生活に飽き飽きしている今日この頃である。 「はぁ…疲れた」 連勤のバイトを終え、独り言を呟きながらいつものようにマンションへ向かった。 (エレベーターのあるマンションに引っ越したい) そう思いながらやっとの思いで階段を上りきり、自分の部屋の方へ目を向けると、そこには見知らぬ男がいた。 「優様、おかえりなさいませ。本日付けで雇われた、優様の執事でございます。」 「はい?どちら様で…?」 「私、優様の執事の佐川と申します。この度はお嬢様体験プランご当選おめでとうございます」 (あぁ…!) 今の今まで忘れていたが、2ヶ月ほど前に「お嬢様体験プラン」というのに応募していた。それは無料で自分だけの執事がつき、身の回りの世話をしてくれるという画期的なプランだった。執事を雇用する会社はまだ新米の執事に実際にお嬢様をつけ、3ヶ月無料でご奉仕しながら執事業を学ばせるのが目的のようだった。 「え、私当たったの?この私が?」 「さようでございます。本日から3ヶ月間よろしくお願い致します。」 尿・便表現あり アダルトな表現あり

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...