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26・公爵、愛がゆえに。
03グロリアの為。
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そうだ。
この痛みから逃れるには僕がイエスと答えるだけで逃れられるんだ。
心が折れる寸前、ベストタイミングでの問いかけだ。
ここで虚勢を張って首を横に振ったところで「ああそうですか」と言ってまた執拗に痛めつけられるだけだろう。
僕も馬鹿じゃあない、彼女はそれを知っている。
半端に小利口で、それなりに小賢しい、のうのうと公爵家で育ったお坊ちゃまだということを、知っているのだ。
これだけ痛めつければ、理不尽な暴力には抗えずに、賢明な判断を行う。
他ならぬ僕自身も僕をそう認識している。
そんなことを考えていると、僕は口の拘束を解かれ口を開く。
期待通り、希望通り、予想通りの答えを僕は――。
「ふざけるんじゃあない、リングストンを舐めるなよ」
――言わなかった。
腕がへし折れたくらいで、心が折れてたまるか。
僕は、メルバリア王国三公爵が一人、リングストン公爵だ。
青くても、幼くとも、弱くとも、矜恃だけは歴代公爵と同じなんだ。
「僕は停滞するこの国を変えて、グロリアを幸せにするんだ! 停滞は相対的に見れば後退であり、動きのない水は直ぐに濁って腐る。僕はグロリアの為に男として、この国の為に公爵として、導かなくてはならないんだ! 故に僕は――」
そうだ。
この国を変えようと志半ばで殺された父と同じく、僕もまたこの国を変えようと――。
「うるっせえええええええええええ――――っ‼」
僕の言葉を遮るようにアビィ嬢のその叫びと、同時に僕の顔面にアビィ嬢の靴底がめり込む。
「かっ……⁉」
僕は顔面を蹴り抜かれた。
その衝撃で椅子ごと吹き飛び転げる。
「どこまで頭が悪いんだ……、馬鹿公爵!」
倒れる僕を指さしてアビィ嬢は呆れたように罵る。
「別に私はあんたらが武装決起しようが、何人死のうが、どれだけこの国が間違えようが、私が幸せならそれで構わないんだけどさ」
アビィ嬢は腕を組み脚を広げ上を向いて語り出す。
「グロリアは違う、あの子は白く無垢で純粋に生きていける。私やナインのように、暴力だとか生き死にだとか打算とか策略とか、そういう黒くて後暗いことに染まらずに生きていけるし、染めちゃ駄目なのよ」
続く言葉に僕は内心同意をする。
そうだ。その通り、だから僕はグロリアを幸せにする為にこの国を――。
「……それを婚約者のあんたがわざわざ渦中に飛び込んで、グロリアを巻き込んでるじゃないの。例え武装決起で維新がなったとしてもグロリアは大量殺人の首謀者の妻として生きていくことになる。それがグロリアの幸せ? 笑わせないで」
僕の思考をぶった斬るように、アビィ嬢はピシャリと言い放つ。
さらに続けて。
「なんかあんたからすると国の維新とか国民の未来とかそんな壮大な話だと思ってるかもだけど違うからね」
冷たく前置き。
「これは友達の彼氏がヤバいやつらと連んで、そそのかされて悪さに付き合わされそうになってんのをひっぱたいてでも止めに来たってだけの話だからね」
そう不敵に宣った。
え、ええ……?
いや確かにそう当てはめられるけど、だとしたら過剰が過ぎるだろう。
拉致された上に椅子に縛られて左腕折られた後に顔面を蹴り飛ばされているんだぞ……。
「それと、私アーチさん派なのよね。グロリアのカップリングの正位置はアーチさんが良いと思ってる派。モーラとルーシィはマーク様派だけど私とキャロライン嬢はアーチさん派なの、だからちょっと私怨も入ってるんだけどね」
さらりと凄まじい主観を語るアビィ嬢。
いや待て、そんな話をしているのか? あの女子会で? 何をこの国の公爵肴に盛りがってんだこの婦女子たちは。
ええ……、ガールズトーク怖っ……、僕だってアーチ君がグロリアのことをどう思ってるかは薄々勘づいていたけれども素晴らしい働きぶりや恩があるのでなるだけお互いに触れず、絶妙なバランスでの付き合いをしているところなのに……、それを肴に何を盛りがってるんだ……。
それはさておき。
衝撃的な蹴りと発言により、どうやら僕は思考を破壊されたようだ。
なんというか、一周まわって今、自分史上最もフラットに物事を考えられている気がする。
彼女の言うこと全てを「確かに」と飲み込むことは出来ないけれど一つだけ確かなこと。
グロリアのことを思った時にどちらが良いのかという点では彼女の主張は概ね正しい。
グロリアのことを思った時にどちらが正しいかではなくどちらが良いのかということだけに焦点を置くのなら、彼女の言葉が一番なのだ。
でも、そうはいかなかったんだ。
僕だってグロリアが一番だ。
だからこそ安全に安定に、婚姻を契るために、僕は。
今まで様々な妨害を受けた。
僕が牽制し続け、アーチ君が叩き潰してこなかったらグロリアはどうなっていたか。
中にはグロリア自身を傷つけるようなものもあった。
全ては未遂だが、考えるだけでぞっとする。
それでも僕は、僕たちはグロリアの幸せの為に尽力してきた。
何度も何度も、何度だって。
そして、全てを裏で糸を引いていたのはこの国の王族なのだ。
だったらこの国をひっくり返して、安定を掴み取りグロリアと幸せに添い遂げたいと思っても仕方がない。
どんな手を使ってでもと思っても仕方がないと、今でもそう思う。
それでも確かにそうなんだ。アビィ嬢の言う通り、そんなことをせずにグロリアを幸せに出来ることが一番なんだ。
力もなく争いも苦手で、なんか政治をかじって裏工作的なことわかってます風の若造が無理をしているなんてこと誰より僕自身がわかっている。
わかっている、けど。
「……父親が殺されてるんだぞ……。引けるわけないだろう……」
僕はフラットに考えて尚、平らにならない一番大きな棘を、口から漏らす。
ああ、口から漏れ出て更に自覚する。
これはもう、グロリアの為じゃないんだ。
そりゃあ、アーチ君派なんて言われるか。
彼女はそういう話をしているのだから。
この痛みから逃れるには僕がイエスと答えるだけで逃れられるんだ。
心が折れる寸前、ベストタイミングでの問いかけだ。
ここで虚勢を張って首を横に振ったところで「ああそうですか」と言ってまた執拗に痛めつけられるだけだろう。
僕も馬鹿じゃあない、彼女はそれを知っている。
半端に小利口で、それなりに小賢しい、のうのうと公爵家で育ったお坊ちゃまだということを、知っているのだ。
これだけ痛めつければ、理不尽な暴力には抗えずに、賢明な判断を行う。
他ならぬ僕自身も僕をそう認識している。
そんなことを考えていると、僕は口の拘束を解かれ口を開く。
期待通り、希望通り、予想通りの答えを僕は――。
「ふざけるんじゃあない、リングストンを舐めるなよ」
――言わなかった。
腕がへし折れたくらいで、心が折れてたまるか。
僕は、メルバリア王国三公爵が一人、リングストン公爵だ。
青くても、幼くとも、弱くとも、矜恃だけは歴代公爵と同じなんだ。
「僕は停滞するこの国を変えて、グロリアを幸せにするんだ! 停滞は相対的に見れば後退であり、動きのない水は直ぐに濁って腐る。僕はグロリアの為に男として、この国の為に公爵として、導かなくてはならないんだ! 故に僕は――」
そうだ。
この国を変えようと志半ばで殺された父と同じく、僕もまたこの国を変えようと――。
「うるっせえええええええええええ――――っ‼」
僕の言葉を遮るようにアビィ嬢のその叫びと、同時に僕の顔面にアビィ嬢の靴底がめり込む。
「かっ……⁉」
僕は顔面を蹴り抜かれた。
その衝撃で椅子ごと吹き飛び転げる。
「どこまで頭が悪いんだ……、馬鹿公爵!」
倒れる僕を指さしてアビィ嬢は呆れたように罵る。
「別に私はあんたらが武装決起しようが、何人死のうが、どれだけこの国が間違えようが、私が幸せならそれで構わないんだけどさ」
アビィ嬢は腕を組み脚を広げ上を向いて語り出す。
「グロリアは違う、あの子は白く無垢で純粋に生きていける。私やナインのように、暴力だとか生き死にだとか打算とか策略とか、そういう黒くて後暗いことに染まらずに生きていけるし、染めちゃ駄目なのよ」
続く言葉に僕は内心同意をする。
そうだ。その通り、だから僕はグロリアを幸せにする為にこの国を――。
「……それを婚約者のあんたがわざわざ渦中に飛び込んで、グロリアを巻き込んでるじゃないの。例え武装決起で維新がなったとしてもグロリアは大量殺人の首謀者の妻として生きていくことになる。それがグロリアの幸せ? 笑わせないで」
僕の思考をぶった斬るように、アビィ嬢はピシャリと言い放つ。
さらに続けて。
「なんかあんたからすると国の維新とか国民の未来とかそんな壮大な話だと思ってるかもだけど違うからね」
冷たく前置き。
「これは友達の彼氏がヤバいやつらと連んで、そそのかされて悪さに付き合わされそうになってんのをひっぱたいてでも止めに来たってだけの話だからね」
そう不敵に宣った。
え、ええ……?
いや確かにそう当てはめられるけど、だとしたら過剰が過ぎるだろう。
拉致された上に椅子に縛られて左腕折られた後に顔面を蹴り飛ばされているんだぞ……。
「それと、私アーチさん派なのよね。グロリアのカップリングの正位置はアーチさんが良いと思ってる派。モーラとルーシィはマーク様派だけど私とキャロライン嬢はアーチさん派なの、だからちょっと私怨も入ってるんだけどね」
さらりと凄まじい主観を語るアビィ嬢。
いや待て、そんな話をしているのか? あの女子会で? 何をこの国の公爵肴に盛りがってんだこの婦女子たちは。
ええ……、ガールズトーク怖っ……、僕だってアーチ君がグロリアのことをどう思ってるかは薄々勘づいていたけれども素晴らしい働きぶりや恩があるのでなるだけお互いに触れず、絶妙なバランスでの付き合いをしているところなのに……、それを肴に何を盛りがってるんだ……。
それはさておき。
衝撃的な蹴りと発言により、どうやら僕は思考を破壊されたようだ。
なんというか、一周まわって今、自分史上最もフラットに物事を考えられている気がする。
彼女の言うこと全てを「確かに」と飲み込むことは出来ないけれど一つだけ確かなこと。
グロリアのことを思った時にどちらが良いのかという点では彼女の主張は概ね正しい。
グロリアのことを思った時にどちらが正しいかではなくどちらが良いのかということだけに焦点を置くのなら、彼女の言葉が一番なのだ。
でも、そうはいかなかったんだ。
僕だってグロリアが一番だ。
だからこそ安全に安定に、婚姻を契るために、僕は。
今まで様々な妨害を受けた。
僕が牽制し続け、アーチ君が叩き潰してこなかったらグロリアはどうなっていたか。
中にはグロリア自身を傷つけるようなものもあった。
全ては未遂だが、考えるだけでぞっとする。
それでも僕は、僕たちはグロリアの幸せの為に尽力してきた。
何度も何度も、何度だって。
そして、全てを裏で糸を引いていたのはこの国の王族なのだ。
だったらこの国をひっくり返して、安定を掴み取りグロリアと幸せに添い遂げたいと思っても仕方がない。
どんな手を使ってでもと思っても仕方がないと、今でもそう思う。
それでも確かにそうなんだ。アビィ嬢の言う通り、そんなことをせずにグロリアを幸せに出来ることが一番なんだ。
力もなく争いも苦手で、なんか政治をかじって裏工作的なことわかってます風の若造が無理をしているなんてこと誰より僕自身がわかっている。
わかっている、けど。
「……父親が殺されてるんだぞ……。引けるわけないだろう……」
僕はフラットに考えて尚、平らにならない一番大きな棘を、口から漏らす。
ああ、口から漏れ出て更に自覚する。
これはもう、グロリアの為じゃないんだ。
そりゃあ、アーチ君派なんて言われるか。
彼女はそういう話をしているのだから。
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