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20・執事、決闘をする。

02バンフィールド剣術。

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「……さて」

 そう言って、ひとしきり剣をながめた夫人はさらに空気をさらにとがらせて構える。

 その様子に騎士は諦めたように下がり、それを見たアビィもいそいそと下がった。

 そして。

「バンフィールド剣術、アンナ・バルカード、参る」

 夫人は凄まじい圧力と共に、名乗りを上げたところで。 

「が、頑張って! ナイン! 勝ちなさい!」

 アビィが緊張の中、応援の言葉を口にする。

 俺はその応援に答えるように。

「かしこまりました。お嬢様、アビゲイル・バセット付き執事ナイン・ウィーバーが、参ります」

 そう名乗り、ナイフを構えた。

 決闘が始まった。

 剣撃入り乱れる大立ち回り……ってことはなく、初手はお互いに膠着こうちゃくを選んだ。

 先に動いた方が負ける、みたいなよくある与太話よたばなしのようなものではない。もちろん先手は取りたい、せんせんせんを狙うのが定石じょうせきなのだ。動き出しはともかく先に当てたい。

 その為にまずは自分の動きと相手の対処たいしょを想定していくことから始める。

 その為には見る、聞く、感じる、考える。

 これは暗殺の基礎きそだが、あらゆる物事に通じることだ。
 今、現時点で行えるベストパフォーマンスを三十以上頭の中でためす。

 それでも全てが迎撃げいげきされる。

 お互いに何手も読み合い、潰して、身体の動きや息遣いきづかいで読んで読ませてをり返す。

 相手は長剣、リーチは相手の方に分があるが流石に速さはこちらが有利だ。

 先手を取る、迎撃げいげきをもかわす。

 考えろ、感じろ。
 だがしかし、頭に、魂にこびりついて離れない暗殺者の習性。

 

 違う、俺はもう人間だ。殺人用自動人形ではないのだ。
 殺す必要も死ぬ必要もない、一撃だけ有効打を入れるだけで良い。

 それでも、どうやってもその考えが振り切れない。

 なんて無駄な考えが遅れを取り。
 思考の隙間を通すように、夫人は凄まじい速さで横薙よこなぎに斬りこんでくる。

 それをけるのではなくナイフでらす。

 そのままの動きで二歩、距離を置こうとするが流れるままピタリと踏み込みで距離を詰められる。読みの差が顕著けんちょに出た。

 するどく切り上げるように剣を降られるが、今度はギリギリでかがむようにかわす。

 低い態勢になることも当然のように読まれているので、きびしく振り下ろしの追撃ついげきせまる。

 後手ごてに回るのは駄目だ。俺は格闘者でも剣客けんきゃくでもない、暗殺者だった記憶があるだけの執事だ。
 先手で終わらすしかない暗殺者は、剣客けんきゃくのように後手ごてからまくるような性能はそなわっていない。

 暗殺者としては万策ばんさくきたので、怪人よろしく荒っぽく行くか。

 振り下ろされる剣をナイフのみねで思い切り叩き無理矢理はじく。

 同時に地面を強くこするように蹴りあげて、思い切り砂をびせて視界を奪う。
 視認されなきゃ、俺が見えないあんの状態からなら万策ばんさくしかない。

 完全に気配を殺し、致命傷にならない程度ていどの有効打を狙う。
 これは丁度先程さきほど、暗殺者風の女にびせた一撃である。

 決まる。

 そう確信した瞬間、思考ではなく身体が、反射で回避行動を取る。 

 同時に夫人のするどい剣が乱暴に振り抜かれる。

 今までの読みや、技術じゃない、完全にかんで振り回しただけだ。
 だがもしコンマ一秒でも、ほんのもう少しでも前のめりだったら首が跳んでいた。

 好機こうきを捨て一度間合いを取る。

 夫人は目をこすり、視野を戻して俺のナイフがかすめた脇腹を軽く触る。

 俺もまた、夫人の剣がかすめてほほかられる血をぬぐう。

 これは互いに有効打足り得ないと判断した。
 間髪かんはつ入れずに同時に動く。

 動き出しが同じなら、速さは俺のが上だ。
 先を取り続ける。

 振り下ろし、蹴り、突き、殺意のフェイント、最高速でリズムを作ってはくずして攻め続けるが、全てをさばかれる。

 器用で丁寧で正確、流石に達人だ。正直もう五回は決まったと思ってる。ほら今六回目、これはじかれんのかよ。
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