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3・お嬢様、主導権を握る。

04禁断の果実を。

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「……、ではお答えをお聞かせください」

 心を落ち着けて伯爵に問う。

 しゅどうけんは確実にこちらにある。
 だが、この主導権は全てがかれぞんしたものだ。
 彼があるじを間違え続けているからこそ、握れている主導権に過ぎない。

 伯爵がここから彼の間違いを正すことが出来てしまえばこの状況はいくらでもひっくり返る。
 ひっくり返れば私は逆に、彼の手により即座に捕らえられて殺されてしまうかもしれない。

 ここまでおどかしても怖がらせても騙しても、この国において絶大な力をつ貴族でありしゃくの中で低くはない伯爵のくらいを持つその伯爵本人が暴力には屈しないというきょうじんきょうを有していることだって存分に有り得る。

 でも、やりげるしかない。

 私がこの世界でアビィとして生きていくのに、幸せになるのに、この家での扱いは不要だ。

 アビィの人生をひっくり返す、このチャンスを逃すわけにはいかないのよ。

 私はかたんで、伯爵の返事に耳をかたむける。

「…………、あ、わ、わかりましたぁ……その通りに、いたしますからぁ……許してくださぁい」

 伯爵は号泣しながら、鼻水垂らしてそう答えた。
 なんてことはない、伯爵の心は完にへし折れていた。

 拘束されて爪を剥がされ指を折られ、先程のたくえつしたナイフさばき、抵抗したら家族もろとも皆殺しだと脅されて、貴族だろうが伯爵だろうが心が折れないわけがない。そりゃそうだ。

 こころしか十歳は老けこんだように見える。

 やり過ぎたとか、わいそうだとか。
 まあのうぎらないわけでもないがアビィの記憶を持つ私にはこのろうばいする伯爵に対して一番の感想はやはり。

 ざまあみろ、だろうか。

「では、私たちの要求をすべて飲むことをいっぴつしるしていただきましょう。ナイン、紙とペンを」

「用意いたします」

 彼は腰から下げたカバンをあさり、ペンと紙をり出した。
 ナインは出勤時にちゃんとひっようを持ち歩く系男子だったようだ。

 ベッド横のサイドテーブルで、先程の要求を文書にして契約書というかせんせいしょを作る。

 例に漏れず文字を書くのも初めてであったが流石のアビィも読み書きはしっかりと出来るようで問題なく書き進めることが出来た。

 文書作成中、受け取った用紙の中にナインの雇用契約書が紛れ込んでいることに気づく。
 ナインのサインはされているが、雇用主のサインはまだされていないようだ。

「…………」

 彼が廊下を警戒しているのを確認し内容を読み取りり、しれっとしゅうせいくわえる。

 アビゲイル・バセット付き、
 アビゲイル・バセットの、命令、要求にのみ応えること。
 アビゲイル・バセットの危機、脅威に対して自身の技術をしみなくはっすること。
 自身にせいめいの危機がおよばないはんで以上の内容にじゅんしゅすること。

 そんなことを付け足しておいた。

 使用人からしつにしてしまったがまあ良いだろう、身の回りの世話というよりナインの役割は拳銃とかと同じようなものだ。

 伯爵を脅し続ける為の暴力装置である。

「では、こちらとこちらにサインを」

 私がペンを渡し、伯爵は折れてない指でペンを掴み言われるがままにサインをする。

 
 

 あわせて要求も全て飲まれ、とりあえずの安全を手にした。

 ここでようやく私の肩から力が抜けて、お腹が鳴る。
 自分が思っていた以上に緊張状態にあったみたいだ。お腹空いた。

「ナイン、なにか食べ物はありますか?」

 そう投げかけると。

「こちらに、皮をきますので少々お待ちを」

 そう言ってナインはリンゴを取り出して、ナイフを構える。
 おー、リンゴ持ってるんだ。やっぱ有能ねこいつ、皮を剥いたリンゴはまだ食べて……ん?

「って待って! 皮はいいわ! そのままちょうだい!」

 私は慌ててナインを制止する。

 殺人ナイフで皮を剥いたリンゴなんて食べたくない。
 ていせいする、こいつ結構ヤバい。

 私の制止を聞き入れて、ふたつのリンゴをこちらに差し出す。

「ありがとう、でもふたつもいらないから一つは貴方が食べなさい」

 そう言って一つを受け取り、二人でリンゴをかじる。

 これからの幸せに向けて、二人は禁断の果実に口を付けたのだった。

 なんてね。
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