虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。

４・執事、後悔する。

01エスコート。

　騙だまされた。
　これ以上なく、完全にしてやられた。

　俺、ナイン・ウィーバーはこれ以上なく騙された。

　木材加工所をクビになった俺は、バセット伯爵家とかいうお貴族様の屋敷で使用人として働くことになっていたのだが。

　どうやら俺はそのバセット家内の、家庭の問題に巻き込まれたようだ。

　俺が屋敷に到着したと同時に出会ったアビゲイル・バセットお嬢様と、雇用主に当たるバセット伯爵の間には|酷い確かく執しつがあったようだ。

　お嬢様を追っていたのは襲撃者や刺し客きゃくではなくこの屋敷の使用人、つまりは俺の同僚だったのだ。

　いーや、六人減らしちまったよ同僚。

　まあまあここは良い実際貴族のお嬢様が襲われていたわけだから仕方がない。
　彼らにも家族が居てとか大切なものがあってとか云うん々ぬんは考えても生き返るわけじゃなし、そういう思考で感かん傷しょうに浸ひたれない程度に俺は暗殺者が魂に焼き付いている。

　だがバセット伯爵に対する拘束や拷問は別だ。
　あれは単純に犯罪だ。しかもとびきり重罪、死刑まである。
　お嬢様に騙されていたとはいえ、あれは不味いだろう。

　俺は使用人の職を初日で失い、更には貴族襲撃の罪で死刑、良くても終身刑。

　とはならなかった。

　俺は今、アビゲイル・バセット付き執事としてバセット伯爵家にて仕事をしている。

　どうやらあのプッツンお嬢様、身の安全やカツアゲ契約書と一緒に俺の雇用契約書を書き換えてバセット伯爵にサインをさせたらしい。

　そいつのおかげで俺は使用人ではなく執事となり、今もこうして生き延びている。
　あのプッツンお嬢様は俺を使って、見事に下げ克こく上じょうを果はたしたのだ。

　こうなりゃ完全に共犯だ。
　致いたし方かたなし、とりあえずはこの流れに乗っかってやり過ごすしかない。

「ナイン、朝食を摂とりに行きますよ」

「はい、お嬢様」

　雇用契約書通りお嬢様の言葉に従う。

　しっかり栄養を摂って、一日ぐっすり眠らしたら熱も下がって絶好調となった。
　ほっといて逃げても良かったかもしれんが、俺を騙した張ちょう本ほん人にんから離れるわけにもいかない。
　だから致し方なし、執事として看病する他なかった。

　そんなことを考えながら、俺はバセット家の馬鹿みたいに広いダイニングの扉を開きお嬢様をエスコートする。

　ダイニングには既にアビィお嬢様を除のぞいた、伯爵、夫人、お嬢様の姉君であるエミリーお嬢様が揃そろっている他に数名の侍女がいた。

　扉からダイニングへと現れたお嬢様へ一いっ斉せいに視線が集まる。
　当然だ、この家はお嬢様に家族で食事をする権利すら与えていない。

　虫けら同どう然ぜんの扱いを受けているお嬢様が、執事にエスコートされて朝食を摂りにやってきたのだから。

「……な、なんでこいつが、ここにいるんですの？」

「ちょっとそこのおまえ、それを外へお出しなさい。不愉快です」

　エミリーお嬢様が訝いぶかしみ、夫人は俺を指してお嬢様を退室させるように命めいずる。

　だがまあ俺は契約上、お嬢様の言うことしか聞けないので無視をする。