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第三章 始動

3-5 海外公演 その二

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 聴衆は疲れ果てていた。
 演奏を聴き、歌を聴くのがこれほど疲れるとは思っても見なかった。

 聴衆にとって全てが言葉のない世界であり、音だけの世界であった。
 だが、この四人の演奏ならば聞かねばならないと聴衆は思っていた。

 あれほどの器楽の演奏を見せ、今また歌曲で非凡な才能を見せた。
 この四人が歌うとあれほど嫌っていた流行歌のビートが不思議なほどにすんなりと受け入れられた。

 軽薄なと思っていたにもかかわらず、四人が歌うと気品ある歌声が全てを変えてしまっていた。
 12の曲が歌い終わって半数の客が立ち上がって拍手をしていたが、残り半数は座っていた。

 四人は再度休憩に入った。
 聴衆は疲れ果てながらも四人を待ち望んでいた。

 誰も席を立とうとはしなかった。
 暫くして四人が戻ってきたとき盛大な拍手があった。

 カレック連邦の歌は良く知らないがヒュイスの歌ならば知っている。
 その歌をどのように歌うかそれを聞きたかったのである。

 ヒュイスのこの地区はルーランド語圏である。
 先ほどの若者の挨拶は流暢なルーランド語で挨拶をした。

 ならば歌もルーランド語と思ったからである。
 最初にミサ曲から始まった。

 歳の始まりに歌う聖ミシェルを讃える歌であり、子供の頃から誰でも歌った歌である。
 聴衆ほとんどが目を瞑って聞いていた。

 誠に綺麗なハーモニーである。
 しかも目を瞑れば教会の少年少女で作る聖歌隊が歌っていると思えるほどの透き通った声であり、聞きなれたルーランド語である。

 綺麗な発音で外国人が歌っているとはとても思えなかった。
 次に歌われたのは民謡である。

 驚くことにこのヒュイスでしか用いられない方言であった。
 この歌を方言で歌えるのは非常に数少ない。

 おそらくは10人に満たないはずである。
 それを、異国の若者が知っている。

 この曲にはさすがにハーモニーはないだろうと踏んでいたが、二番目の歌詞に入り見事にハーモニーを形作った。
 古くからの民謡にはハーモニーなど譜面にはないはず。

 一時はそう思ったが、すぐに苦笑した。
 クラシックですら編曲してしまう四人が、如何なる民謡とて、そのイメージを壊すことなくハーモニーを形作るなど朝飯前のことと気づいた。

 そうしてそのハーモニーは正しく民謡の持つイメージを膨らませることはあっても決して壊すものではなかった。
 次に歌われたのは30年ほど前にヒュイスでもルーランドでも流行った歌謡曲である。

 男と女のデュエットで「愛の賛歌」だった。
 綺麗なハーモニーだったと言う思い出だけが残っている。

 一番は原曲に忠実に歌われ、四人が歌っているのに二人で歌っているような錯覚に陥った。
 息継ぎ、出だし、音の終わりその全てがぴったりと合っているので一人の女の声、一人の男の声に聞こえるのだと気づいた。

 二番目に入るとハーモニーは四つに分かれた。
 昔、聞いた曲と異なるような気がするが、逆に懐かしさが募り、愛しさが募った。

 不思議な四人である。
 次の曲は、最近はやりの女性歌手がソロで歌っている曲のはずである。

 題名は覚えていないが街角を歩いていればどこかで必ず鳴っている筈。
 テンポが速くやたらとやかましい音を立てる曲であり年配者は大体嫌悪感を覚える。

 だが一人の女性が歌いだし、一番を最後まで歌い終えた。
 驚いたのはすんなり耳に入ってしまったことである。

 歌詞は確かにどぎつい表現に聞こえはするが、意外といい曲だと思ってもみる。
 二番は更に女性が加わった。

 余計にいい曲だなと感じてしまう。
 三番に入って男二人が加わると曲の感じが一変した。

 とても爽やかなメロディと恋する女の気持ちがストレートに伝わってくる。
 聴衆は、一番、二番、三番と流行の歌でありながら抵抗感なく受け入れてしまった自分を疑ってしまった。

 そうして30年前に歌われていた歌と今はやりの歌に根本的な違いがないことに気づいて苦笑した。
 特に三番は似たようなフレーズがたくさんあるのである。

 次は民謡かなと思っていたら外された。
 ミサ曲である

 神を讃える歌である。
 綺麗な歌声が響き、教会を思い起こさせた。

 二番目に入りテンポが変わった。
 軽快なリズムなのだが教会にいる雰囲気は変わらずむしろ増したようにも感じられた。

 そうして三番目、またテンポが変わってしまった。
 今はやりのテンポに良く似ている。

 だが不思議なことに教会でミサ曲を聴いている雰囲気は更に増大していた。
 唐突に元のテンポに戻り、唖然とした。

 まるで奈落の底に突き落とされたかのようにも感じる。
 聴衆は不意に気づいた。

 これが若者達との格差なのだと。
 若者達はテンポの速い音楽の世界にいる。

 そこからいきなり元のテンポに戻ったならば奈落の底に突き落とされるよりもまだ酷い感覚であろう。
 年寄りの我々でさえそう感じてしまうのだから。

 それにしてもこの四人、本当に小憎らしいほど絶妙な演出をするものだと思った。
 最後は民謡であった。

 ルーランドの古い民謡、惜別の歌である。
 確かに最後の歌に相応しい。

 美しく澄んだ声が愛する者達への別れを告げていた。
 綺麗なハーモニーの一つ一つが、このステージで行われた奇跡のような演奏の数々を物語っている。

 歌が最後に四人のハーモニーで瞬時に断ち切られた時、聴衆の皆が立ち上がって拍手をしていた。
 四人はステージで一礼をし、ステージから降りて出口へ歩いていった。

 四人の姿が消えても暫く拍手が続いていた。
 聴衆は最後まで聴けた感動の数々を胸に、涙を流しながら一人二人と席を立った。
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