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第六章 日米の戦いと紅兵団の役割

6-10 日米講和会議 その五

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 ハワイ時間昭和17年(1942年)10月17日午後4時、海王はオアフ島南岸ワイキキビーチの傍にあるハレクラニホテルから5海里の海上に無事到着した。
 前日の午前6時から哨戒機の監視を受けていたが、特に気にすることもなく、毎時25ノットの速力でホノルルを目指していた。

 17日正午からは、巡洋艦2隻の追尾を受けていた。
 その巡洋艦2隻は海王から1海里離れた場所で遊弋している。

 到着の2時間前に真珠湾にある海軍司令部と連絡を取った。
 司令部にホノルル沖5海里でちちゅうすること、翌日の会議には海王搭載の輸送ヘリコプターでハレクラニホテルの前庭又は近傍のアイナハウ・トライアングルに着陸したい旨米国政府へ要請願いたい旨伝えた。

 ホノルル沖でのちちゅうについてはすぐに許可が下りたが、輸送ヘリコプターでの要員輸送については中々返事が来なかった。
 海王がホノルル沖へ到着してから更に1時間半後漸く許可が下りた。

 警備上の問題から、1330から1345の間にアイナハウ・トライアングルへ着陸願いたいとの要請があったのである。
 翌日1320に格納庫内で交渉団6名と報道員3名全員が輸送ヘリコプターに乗り込み、エレベーターで飛行甲板に上がった。

 上空では、警戒のためか5機の戦闘機が見えるところで旋回していた。
 OICからの情報では更に20機ほどが分散して周辺空域に存在するというが、いずれも高度を500m以上にとっており、輸送ヘリの飛行には支障がない。

 輸送ヘリはエンジンを始動し、飛行前点検を入念に行った後1335離艦した。
 高度100m前後を時速200キロほどの低速で飛行、5分でアイナハウ・トライアングルに着陸した。

 着陸地点は公園で広い芝生になっており高い木立も無く、ヘリコプターの着陸には支障が無かった。
 交渉団と報道陣は直ぐに自分達の荷物を降ろし始めた。

 交渉団は、トランク1個ずつ、報道陣はトランク2、3個を抱えてよたよたしながら代表団についてくる。報道陣は「JAPANESE PRESS」の腕章を巻いており、交渉団員とは区別できるようにしていた。
 米国側が用意したバスに乗車、500mほどの距離をハレクラニホテルへと向かった。

 ホテルロビーで、QIC職員が簡単なチェックを行い、出迎えの会議関係職員と面会が許された。
 米国側代表団もロビーに出てきており、時ならぬ名刺交換となった。

 米国側代表団には女性はいなかったが、通訳として日系女性が雇われていた。
 ロビーで宿泊手続きを済ませて、直ぐに用意された会議場へと向かった。

 ぞれぞれの全権代表が最初のスピーチをすることにして、始まった会議であるが、日本側代表吉田茂の番になって、立ち上がった吉田茂が突然ふらついて座席に腰を降ろしてしまい、テーブルに突っ伏してしまった。
 直ぐ傍にいた長崎が抱き起こそうとして、叫ぶ。

「熱い。
 熱がある。
 ドクターを呼んでくれ。」

 サキがすぐさま通訳の役目を果たす。
 会議場はアクシデントで騒然となる。

 一旦、会議は休憩とし、再開時期は追って知らせることになった。
 医師が診察の結果、原因不明の発熱により意識朦朧となっており、暫くは安静が必要と診断された。

 長崎はサキを連れて、会議オブザーバーの下へ行き、サキの通訳を介して、海王へ大使を運びたいのでヘリの再度の着陸を認めて欲しい旨、要請した。
 オブザーバーはホノルルにも良い病院があるのでそこへ入院させてはどうかと勧めたが、長崎は本人も気心の知れた日本人の軍医から診察を受けた方がいいだろうし、会議を遅らせる訳には行かない。

 大使の入院ともなれば付き添いも必要だが、要員にその余裕は無い。
 ここは船で治療を受けた方がベストだと主張、結局代表団の意向どおりに進められることになった。

 但し、米海軍司令部の許可取り付けや再度の警備強化などで1時間ほどの時間を要したが、海王からのヘリが飛来し、担架で大使を運びこみ、海王へ戻っていったのは15時半ほどになっていた。
 次いで、オブザーバーに対して、全権大使は急病で不在だが、次席代表はいるので米国さえ良ければ、16時から再開したい旨を要請した。

 会議は16時から開催されたが、双方の通訳を介しながらの協議は殆ど進まなかった。
 というのも1700からは同ホテルで米国側主催の晩餐会を開催する事になっていたからである。

 しかしながら、日本側主賓である全権大使不在の晩餐会とあっては、場は盛り上がらず、団員も大使の様態が気がかりで気も漫ろの振りをし、若い娘達3人を何とか引きとめようとする関係者を振り切って早々と部屋に戻ったのである。
 もう一つサキたちはしなければならないことがあった。

 報道関係者に対する記者会見である。
 長崎とも話し合って、長崎とサキそれに洋子の三人が初日は記者会見に応じる事となった。

 最初に長崎が日本語で挨拶をし、大使が急病で倒れた事も会って初日の会議に殆ど進展はなく、今後の会議の進め方などが合意されただけであると概要を伝えた。
 また、二日目以降は報道担当官としてサキと洋子の二人が応対する旨も表明した。

 サキがその内容を要領よく報道関係者に伝えてゆく。
 型どおり広報が済むと、記者から幾つかの質問のための手が挙がった。

 サキは予め質問を一人一問だけ、五人に絞らせていただきたいと述べた。
 記者の貪欲な質問に答えていてはきりがないからである。

 明日からの質問順位もどなたかがまとめていただくか、或いは質問代表者を決めて一人で5つの質問に限らせて欲しいと宣言した。
 忽ち盛大なブーイングが起きたが、サキは構わずに進行させた。

 最初に指名したのは、NYタイムズである。

「日米の開戦以降、4月初頭にフィリピンやグアムの占領など一部の戦闘はあったものの、フィリピン攻略部隊の不可解な戦闘被害遭遇後、戦闘らしき戦闘がありません。
 米側のポートモレスビーからの戦略的撤退もあって、日本側が実に有利な情勢にありながら、ハワイや西海岸侵攻を控えているのは何故なのかいろいろと憶測も出ておりますが、これ以上戦をしたくないという国内事情との噂もありますが、本当でしょうか。」

「我々は、日米講和の交渉のために来たのであって、そのような質問にお答えできる情報を持ち合わせてはいませんが、私的見解を申し上げれば、我々が乗ってきた海王がホノルル沖にいるように、いつでも来られる状況にあり、戦闘拡大を望んではいないという天皇陛下の御心であると推測しています。」

 次に指名したのはフランスのル・モンド紙である。

「米軍は事実上日付変更線を超えられない状況にあることは知っているが、その事が今回の講和に結びついたのかどうかについてコメントを頂きたい。」

「米国の国内事情については日本側の知るところではないが、少なくとも要因の一つにはなっているものと推測しています。」

 次は、ハワイの地元紙アロハデイリーである。

「フィリピン攻略部隊が150隻からなる大艦隊を擁して出陣しながら、日付変更線を目前にして攻撃を受け、作戦の続行を諦めて引揚げたことは我々も知っている。
 その際に日本軍秘密戦隊なる正体不明の者から警告を受けたという話が伝わってきている。
 日本軍に秘密戦隊なるものがあるのかどうかについてコメント願いたい。」

「申し訳ありませんが、我々は、そのような名称の部隊が存在するかどうかについてコメントできる立場にはありません。」

 次は、英国のブルーム新聞である。

「日本には、紅兵団という女性だけの戦闘部隊があると聞いたがそれは事実か。」

「民間が資金を提供してできた女性だけの紅兵団は3年前に創設されていますが、目的は陸海軍の後方支援のための要員を育成する教育学校のようなものと考えていただければ宜しいでしょう。
 戦闘部隊ではないと聞いています。」

 最後にABCラジオ放送である。

「日本側代表団に女性三人が含まれていますが、こうした講和会議の正規団員に女性が含まれる事は極めて稀ですが、何か理由がありますか、もしかすると、ここにいる二人も含めて紅兵団の隊員でしょうか。」

「彼女達は相応の教育を受けた日本女性のエリートです。
 政治、経済にも精通し、語学能力も優秀な内務省の職員です。
 このため、特別に今回選出されてきました。
 一方で紅兵団の養成は4年ほど掛かるはずです。
 実際に表部隊に出てくるのは早くても来年か再来年ではないでしょうか。」

 会見は終了した。
 日本語で余計な雑談をしながら部屋に帰る。

 日本側代表団の部屋は8階にあり、エレベーターホール、階段室、通路に一人ずつ大柄なガードマンが立っている。
 この階には20室ほどの部屋があるが、他の客は入れないようになっているのである。

 未だ、部屋をサーチしていないがおそらくは盗聴されているだろう。
 その場合も、むしろ少し焦らせるやり方で話をする手はずになっている。

 室内に戻るとトランクを調べた。
 特に誰かに触れられた形跡は無い。

 トランクの内部を空けて、中にある眼鏡をかけ、トランクの内蓋部分のスイッチを入れると、探知機が二つの集音マイクを感知した。
 一つは壁の中、一つはベッドの中である。

 そのままクローゼットを確認するとクローゼットの中にもあった。
 バストイレ室にはご丁寧に二つもある。

 トランクの中にある紙を取り出し、長崎と本郷宛の文章を書く。
 どちらも同じ文章である。

「部屋の至る所にマイクが仕掛けられています。
 部屋の中の会話に注意願います。」

 それから部屋を出ると、長崎と本郷の部屋をノックする。
 中から「どなた」と声がする。

「サキです。
 先ほど頼まれたメモを届けに来ました。」

 長崎が顔を出し、メモを受け取る。

「ああ、有難う。」

 長崎はチラッと見ると、テーブルに近づき、マッチを擦って、メモを灰皿で燃やす。
 シュッと小さな音がして完全に燃える。

 灰も残らない特殊な紙である。
 本郷にも同じ紙を渡した。

 同様に処置するのを確認して部屋に戻った。
 それから電話をかける。

 最初は美保である。

「あ、美保。サキだけど。
 プレス発表さっき終わったわよ。
 洋子から電話あった?
 そう、なかったの。
 洋子も部屋に戻ってるはず。
 じゃ、明日またね。」

 次に洋子に掛ける。

「あ、洋子。サキだけど。
 美保には終わった事知らせたわ。
 これからシャワーでも浴びて寝るわ。
 何となく眠いの。
 時差ぼけかな。うん、じゃ、またね。」

 『サキだけど』は、盗聴器の確認である。
 返事の『はい、なぁに』は了解、こちらもチェック済みである。

 最後の『またね』は互いに用心しましょうの意味である。
 これらの暗号は幾つかのバリエーションがあり、イントネーションによっても意味が変わることもある。

 その夜は三人の娘は幾つかのトラップを設置して寝た。
 第一日目に狙われることも十分にあり得るからである。

 だが、その日は無事に済んだ。
 翌朝、打ち合わせどおり朝食時に長崎が話を持ち出した。

「昨日の今日だからまだ無理とは思うが、やはり、大使には会議の模様を報告しなければならないだろう。
 今日の会議が終わったら、一旦ホテルをチェックアウトして船に戻ろう。
 米国側には迷惑を掛けるが、毎日定時に来て定時に帰れば問題も無いだろう。
 サキ君は朝一番に、会議のアテンダントにその旨を連絡して、手続をとってくれないか。
 大使の状況によってはホテルへの宿泊も再度考えればいい。」

 会議スケジュールは、特に支障の無い限り朝9時から12時まで、午後14時から16時までとなっているため、広報を17時から行ったとしても、0800着、1800発を原則とすればいいということになり、会議アテンダントへその旨をサキが依頼した。
 当初、なかなか手続その他が面倒である等の理由で難癖をつけたがる事務局職員を説得、日本側の意向に沿って手続をしてもらうことで了解が取れた。

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