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第五章 戦争への序曲

5-7 大日本帝国の決断 その四

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 岸壁の奥にある大きな扉が開いて、数人が出てくる。
 見慣れない制服の者である。

 二名は濃紺の制服、3名は紫紺の制服である。
 潜水船は、岸壁に平行となり、やがて横移動を始める。

 すぐに接岸したようでかすかな振動を感じた。
 間もなく、操縦士は、下船準備が出来た旨報告した。

 宏禎王が陛下を案内し、望月がその後に続く。
 車の運転手も一緒に降りてきた。

 タラップを降りたところで、少将クラスの肩章をつけた軍人が敬礼をする。
 立列する他の4名も、それに合わせて敬礼を行う。

 望月はそのときになって始めて気付いた。
 濃紺の制服を着た少将と中佐の一人は男だが、紫紺の制服を着たもう一人の中佐と二人の尉官はいずれも女であった。

 しかも相当に若い。
 おそらくは十代か二十歳そこそこだろう。

 これが紅兵団かと望月はそう思った。
 少将の階級をつけた男が名乗った。

「紅兵団『青龍』艦長の大河原であります。
 ご案内します。」

 艦長が先導し、陛下の後に望月、その後に宏禎王と他の将兵が続く。
 大きな扉の入り口から入ると更に大きな扉が一つ。

 そこを抜けてようやく通路らしき場所に出たが、通路というよりはまるで道路である。
 こんな施設の中に道路があるなど考えてもいなかった。

 それに艦長が案内するという事は、この施設自体が巨大な艦ということになる。
 望月はぞっとした。

 何しろこの道路だけでも両端がぼやけて見えないのである。
 幅の広い大型車が道路に二台停車していた。

 いずれも屋根の無いオープンカーであるが、軍用車両のようにいかつい形をしている。
 運転手も紫紺の制服を着た娘である。

 座席は幅の広い三人掛けのシートが3列、運転手を含めると9人が乗車できるが、先頭車両の二番目シートに陛下と望月が、三番目シートに艦長と宏禎王が、残りの将兵は二台目の車両に乗車した。
 車が動き出したが、韋駄天などと同様にエンジン音がない。

 わずかにモーター音が聞こえるだけである。
 さほど遠い距離ではないが、400mから500mほども走行してから右折、50mほどで停車した。

 停車位置の歩道を越えるあたりにエレベーターが4基並んでいる。
 二基のエレベーターは扉が開いており、内部にやはり娘がついている。

 エレベーターの内部には青い表示で1階から50階までの表示があり、赤い表示で1階から20階まである。
 つまりは縦に70階の階層がある船という事になる。

 一体、どれほどの大きさの船なのか望月は全く検討もつかなくなった。
 1台目の車に乗った4人が乗って青い表示の10階に到着、エレベーターを降りて通路を暫く歩くと、分厚い壁の出入り口三箇所を抜け、広い部屋に出た。

 艦長に続いて陛下が中に入ると、脇に立っていた娘が敬礼を行い、「中央司令室」と陛下に申告する。
 司令室は広く40m四方ぐらいありそうだ。

 室内には30人近い娘たちがテーブルについていたが全員その場で起立している。
 艦長が立ち止まったところで、先ほど出迎えに来ていた中佐の肩章をつけた娘が、陛下の傍に寄り添い、説明を始めた。

「私は、青龍副長の河合二佐です。
 これより説明をさせていただきます。
 ここは青龍の心臓部である中央司令室です。
 此処には艦内外の全ての情報が集まると共に、艦の操船が出来る場所でもあります。
 艦の操船は12名の航海当直が行い、艦内外の情報収集と通信を18名の情報当直が行います。
 それら全てを統括する運用当直が4名に指令室長1名がいて、非常時には此処から全ての指令が発せられますがその場合には、更に多くの要員が配置される事になります。
 中央司令室の概要は以上で、後ほど訓練の際にこちらでその様子をご覧頂くことになっております。」

 中央司令室の壁際の通路を経て、隣の部屋に入るとそこも大きな部屋になっている。
 陛下に「中央戦闘指揮所」と申告する娘がいる。

「ここでは青龍が装備する全ての武器を制御する事ができます。
 戦闘状態ではないことから、現在は当直のみの20名と少ないのですが、この要員だけでも十分に全ての兵装を操作可能です。
 因みに、この青龍の装備だけで帝国海軍の誇る連合艦隊を殲滅する事も十分に可能と考えております。」
 
 陛下が驚きながらも尋ねられた。

「連合艦隊だけでも100隻を越える多数の戦闘艦を保有しているが、その全てを沈めることが出来るというのかね。
 大層な自信だが、その自信を裏付けるものは何だね。」

「はい、青龍の装備が優れていること、それを操作する私達隊員の錬度が非常に上がっていること、そして我々を指揮する総帥の存在、最後に我々をここまで育て上げてくれた艦長を始め、多くの教官達の存在だと思っております。」

「総帥というのは、ここにいる宏禎王のことだね。」

「はい、そのとおりです。」

「青龍の要目や兵装の細かい内容についても教えてくれるのかな。」

「はい、後ほど、別室で説明を申し上げる予定になっております。」

 脇から艦長が口を挟んだ。

「この後、支障がなければ、取り敢えず、陛下とお付の侍従の個室へご案内します。
 以後のスケジュールの概要を申し上げますと、個室で暫しの休息をとっていただいた後、1730から夕食といたしたいと考えております。
 夕食後、1時間ほど時間を頂いて、小会議室で青龍の能力等についてご説明をいたしたいと存じます。
 訓練については、明日0900から中央司令室で観閲をしていただく予定となっております。」

「わかりました。
 では、後ほどの説明を期待しています。」

 いま来た通路を折り返し、エレベーターに乗って12階に移動、そこから少し歩いて、居住区と思われる一画に案内された。
 正面に受付的なカウンターがあり、娘4人が鍵を持って待機していた。

 陛下、望月、宏禎王殿下、運転手に一人ずつが付いて、部屋に案内する。
 陛下の部屋の隣が望月の部屋である。

 通路を挟んで、宏禎王と運転手の部屋がある。
 部屋は驚くほど広いものであった。

 寝室、居間、バス兼用トイレ、それにダイニング・キッチンまで付いている。
 いずれもゆったりとした間取りで、望月の入っている宮内庁宿舎よりは遥かに広いのである。

 内装や調度品も簡素ではあるが立派な作りである。
 部屋には花や絵画までが添えられていた。

 案内の娘が、各部屋の使い方を一通り説明してくれた。
 また、先ほどの入り口カウンターに常時一名が待機しているので、必要があればそこへ問い合わせるか、若しくは内線電話を使うようにと説明した。
 最後に夕食の際には部屋まで迎えに来る事を言い置いて、娘は引揚げた。


 夕食には、陛下、望月、大河原艦長、加賀谷参謀、河合副長のほか、少佐クラスの者10名が参加した。
 少佐クラスの士官10名は全員若い女性である。

 従って、殆どの者が軍装ではあっても中々に華やかな夕食会になった。
 望月から見れば「いずれもあやめかかきつばた」であり、相当な美人揃いに見えたのである。

 陛下の左右に宏禎王と艦長が、望月の左右には参謀と副長が付いている。
 最初に少佐クラスの娘たちが自己紹介を行った。

 出身地は様々であるが、年齢は言わなかった。
 一名が副長付き副官であり、残り9名が各科の長であった。

 彼女達は話しかけられない限りは、積極的に話をしようとはしなかった。
 宏禎王の説明によれば、副長付き副官を除く9名はいずれも概ね640名からなる大隊の隊長でもあると言う。

 青龍の乗員は総勢で5943名であるらしい。
 陸軍師団の半分程度の人員であるが、良く訓練されていると望月は思った。

 青龍の要目が簡単に説明された。
 青龍は、長さが2000mもある。

 それを聞いたとき、望月は一瞬200mの間違いではと思ったが、先ほどの果てが見えない通路を思い出して自らを宥め、納得させたものだ。

 そうして最大幅は350m、艦底からの最大高さ350mの巨大な潜水艦であり、航空機及び特殊潜航艇の母艦でもあるとの事である。
 航空機は1200機を搭載し、特殊潜航艇も600隻を搭載しているいう。

 正直なところ、望月は数字を言われても中々現実感を持てなかった。
 2キロの長さといえば宮城の敷地幅に等しい。

 宮城前の広場で、最大長さが800mほど、幅も200mあるかないかの大きさである。
 実にその4倍程度の大きさの船なのであり、しかもそれが海に潜るというのだからこれは凄いとは思う。

 思うが、実際にその大きさをイメージできないでいるのである。
 以前陛下に付いて観艦式を見たことがあるが、そのときでさえ、十分に自分の視界に納まる範囲であった。

 だが2000mとなると千メートルほど離れた距離からでないとおそらく視界に収まりきらないのではないかと思うのである。
 100mの断崖を真下から見上げて高さを概ね理解する事はできる。

 だが千mの断崖を真下から見上げてもその高さは高いという印象だけが残り、理解は出来ないのではないかと思うのである。
 今の望月はその2000mもの長さを持つ巨体の中にすっぽりと飲み込まれている状況である。

 従って余計にその大きさが実感できないでいるのである。
 望月は35歳である。

 侍従の中では最も若い方で、陛下とも年齢が近い事から、陛下には何かと眼をかけられている存在である。
 既に妻子はいるが、ついつい若い娘達に気をとられがちになる。

 同じ隣でも、年配の参謀よりは、若く綺麗な副長に話しかける事がどうしても多くなっていた。
 その河合副長は、特に気にする様子もなく、気軽に受け答えをしているが、他の娘達同様余り多くを語らない。
必要最小限度の内容しか話さないのである。

 夕食会の後、別室で青龍の説明が行われた。
 そのときに始めて艦の全景を見せられた。

 全体に楕円の艦型断面を有し、その上にセイル部分が乗っている。
 艦首は球状である。

 外部甲板は、100mほどの幅で飛行甲板になっており、20基の艦載機用エレベーターが格納甲板から飛行甲板まで達している。
 セイル部分は全体の三分の一ほど艦尾方向にあり、左舷側に偏って、飛行甲板の外側に配置されている。

 艦載機格納庫は、天井高さ7mのものが二層ある。
 特殊潜航艇の格納庫は天井高さ5mのものが艦底に近い部分に同じく二層ある。

 艦載機の格納庫よりも外舷寄りに多くの兵器格納庫が存在する。
 ロケットエンジンによる噴進弾を使った兵器が主体で、対空用、対艦用、対地用、対潜用に区別され、大きさも射程距離に応じてかなり多数の種類があるようだ。

 例えば、最長の射程距離を持つ対地弾道弾は、6000キロ以上も離れた場所から正確に目標に命中させる事ができる上に、1トンの火薬を搭載できる代物である。
 この弾道弾は、一旦打ち出されると最高速度は毎時2万キロを超えることから、発射からわずか20分足らずで目標に到達する事になる。

 到底、その迎撃は不可能である。
 しかもその発射は海中から行うため、敵にとっては非常に厄介な敵となる。

 中には一旦海中から発射され、空中に飛び上がって目標付近まで達すると、再度海中に潜って魚雷として潜水艦を攻撃するものさえある。
 相手は遠方から攻撃されている事さえ知らずに、気付いたときには沈められることになる。

 青龍の索敵能力も、これまでにない能力を有するものらしい。
 浮上している際の対空レーダーは、500キロ先の航空機を確認できるものであり、対地及び対艦レーダーは100キロ先の索敵が可能である。

 対潜用のソナーは100海里離れた場所で敵潜水艦の特徴を捉えることの出来る能力を持っている。
 更に驚くべきは、地球の大気圏外を周回している人工衛星である。

 無人で周回しているこの人工衛星は青龍の位置を正確に教えるもので、通信中継機能と偵察機能を兼ねており、光を反射しない事から余程の偶然が重ならないと地上から発見される事はない。
 偵察能力は、地上にある10センチ角の物体の識別が可能とされている。

 従って、地上及び海上にあるものでこの偵察衛星の監視を逃れられるものはないことになる。
 例えば、ある自動車に特定した場合、何時何処に向かったかを全て特定できる事になり、個人の監視までもが一部可能となるのである。

 極秘であるべきはずの軍事力の展開そのものが紅兵団には筒抜けになってしまうわけである。
 地上の軍事施設にしても具体的な位置が判明すると先ほどの弾道弾により正確な攻撃が可能である。

 弾道弾内部に自分の位置と目標位置を整合できる機能が備わっており、自動的に飛行コースを修正するからである。
 搭載している艦載機や潜航艇にしても桁外れの能力を有していた。

 搭載している艦載機で戦闘攻撃機である紅竜はジェットエンジンを備えた高速機である。
 最大速度は音速の2倍を超える、時速2500キロを出し、最大上昇限度は1万8千メートルに及ぶ。

 多銃身20ミリ機銃を2基搭載、爆弾又は魚雷を2トンまで搭載可能であり、対空弾道弾6基、自動目標追尾爆弾2基、対艦弾道弾2基などを個別に搭載できる。
 パイロット及び副パイロットが操縦するが、いずれも実際に機体へ搭乗することはない。

 全て青龍艦内の航空機戦闘指揮所からの無線操縦で行われるのである。
 防弾性能等機体には万全を期しているが、万が一撃墜された場合でも機体のみの損害でパイロットに被害はないことになる。

 また、垂直に離床したり、空中で静止できるヘリコプターは、完全武装の兵員40名又は重量4トンまで貨物を搬送可能な中型輸送ヘリコプター、重量50トンまで搬送可能な大型ヘリコプター、対地上戦用の攻撃ヘリコプターなどがある。
 このうち、攻撃ヘリコプターは、多銃身20ミリ機銃2基、35ミリ速射砲1基を搭載しているほか、対戦車ロケット弾12発入りポッド2基、対空弾道弾2基、対艦小型弾道弾2基又は対潜弾ポッド2基を個別に搭載できる。

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