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第十章 嫁sの実家
10ー17 レイズ家 その一
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前回までの閑話に後続がありそうですけれど、一旦離れてホブランド世界に戻ります。
地球でのお話はまたいずれ掲載したいと存じます。
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側室のカナリアは、レイズ子爵家から輿入れしたのだが、実家はデュホールユリ戦役の後で伯爵家に陞爵し、領地の加増とともに領地替えがあった。
加増されたのは、旧エクソール公爵の領地の一部であって、色々と治世には気を遣わねばならない土地柄でもあったが、旧公爵領の領都を含む地域を与えられた代わりに、旧子爵領の半分以上が別の領主の支配地に変わったこともあって、殆ど新たな領地に転封されたに等しい状況であった。
従って、移転当初は色々と厄介ごともあったようだが、今は落ち着いている様だ。
転封された地は王都に比較的に近い土地であり、交通の要路でもある。
北にゾーイ侯爵領、東にゾーリング伯爵領、南にアルムガルド子爵領とヘイエルワーズ子爵領、西にはシャーリング子爵領が控えている。
現王の弟君であったエクソール公爵の領都は、ハイデルバーグと呼ばれる歴史のある町である。
周辺の土地はジェスタ国でも穀倉地帯として知られている。
従って、レイズ伯爵家の懐は今後かなり裕福になるはずだ。
現状で左程の支援は必要ではなさそうだが、カナリアの希望も聞いた上で、ファンデンダルク家の名産品を多く土産として持ってゆくことにした。
特に鮮魚は、ようやく海での漁業もウィルマリティモで根付き始めて、塩以外にもいろいろな魚介類がジェスタ国内に出回るようになったのだが、如何せん、冷凍運搬技術が未だ発展していないので、鮮魚を国内各地に届けられるまでには至っておらず、どうしても流通するのは乾きものが多いのだ。
しかしながら、ファンデンダルク家の馬なし馬車を使うとなれば、獲れたての鮮魚も鮮度を落とさずに運搬は可能だ。
これまでと同様に、俺、カナリアとその子供たちを載せた車列は王都別邸で一泊し、翌日にはレイズ伯爵領の領都ハイデルバーグに到着していた。
俺とカナリアとの間に生まれた子は、五男イスマエル(2歳4か月)、六女フランソワ(1歳9か月)、十四男アルム(14か月)の三人である。
レイズ家は、他の嫁の家同様に家を上げて歓待してくれた。
カナリアの実家には、父ヘルベルト・ヴィン・レイズ伯爵、母ヴェネッサ、兄カスペル、義姉ゾラのほか、カナリアの父方の祖母に当たるスヴェトラが居るのだが病に伏せっていた。
俺はδ型ゴーレムの情報で既に承知していたが、カナリアには隠されていたために知らなかったようだ。
ハイデルバーグに着いたその日に、病に伏せっていることを知って、揃って見舞いに行こうとしたのだが、生憎と両親に止められた。
祖母スヴェトラは、グルジーサポークだったのだ。
このホブランド世界では、労咳は不治の病となっており、死病なのだ。
当然に人に感染すると分かっているために、住まいも別棟の離れに移し、看病する者も限定しているのだった。
すると幼いイスマエルが言った。
「お父様、ひいお婆様の病がわかったような気がします。
ひいお婆様とお傍に付いている方のために、治すことを試しても宜しいでしょうか?」
イスマエルは、ホブランドでは3歳(満年齢で言えば2歳半ば)であるが、地球での年齢にすると3歳であり、兄弟姉妹が全て能力者だけあって、何事にも覚えが速く知性も高い。
イスマエルは、特に鑑定と治癒能力に優れていることは俺も知っている。
つまりは、離れに居るスヴェトラの現状を鑑定で確認し、なおかつ、自分の治癒魔法で癒せるものと判断したのだろう。
グルジーサポークというのは結核のことであり、概ね肺結核のことを指しているが、日本でも20世紀後半までは死亡率の高い病気であったし、明治・大正の頃は間違いなく死病として恐れられていたはずだ。
地球では20世紀半ばころの抗生物質等化学療法の発達でようやく抑え込めるようになってきてはいるが、同時に結核は耐性菌でもあって、自分に害をなず薬物に対する抵抗が非常に強く、変性すると結核を治せなくなる。
イスマエルの使う治癒魔法は、光属性魔法と聖属性魔法の合成魔法であり、菌やウイルスに特化した除染魔法であるので結核菌に対してもおそらくは有効だろうとは思われるのだが、これまで試したことのないものだから、実は俺も心配ではある。
イスマエルもその懸念があるので俺に尋ねたのだろう。
親族とはいえ、人前で俺に対して直接の願い事をするのは初めてのことだから、カナリアの方が驚いている。
仮に患者が俺達に関りの無い者であったならば、イスマエルに危険を冒すような真似はさせなかっただろう。
しかしながら、祖父母によって見舞いを止められたカナリアの表情から読み取った悲しみを、このままイスマエルに残してはいけないと思った。
「イスマエル、ひいお婆様のご病気は感染すると命に関わる病気です。
ですからひいお婆様に近づくことで、もしかするとイスマエルにもその病が感染して死ぬことになるかもしれませんが、その覚悟はありますか?」
「お父様、僕は自分の能力が病を癒すものであることを知っています。
僕が大人になった時に、できれば人の病を癒す治癒師になりたいと思っています。
僕の能力で助けることができるかもしれないのに、いまそれをためらってお母様やお爺様それにお婆様を悲しませることになってしまうのは嫌です。
人の命が左程長くないことは知っていますけれど、もしこの病を癒すことができればひいお婆様はもう10年は生きられます。
それにひいお婆様のお傍に付いていらっしゃるお二人の内お一人はお母様と殆んど年の変わらない方です。
このお二人も放置すれば長くはありません。
できれば、僕はひいお婆様を含む三人を治したいのです。」
治癒能力を有する者は、ホブランドでは稀であり、幼い頃に治癒能力が発現すると往々にして教会勢力が取り込み、聖職者に育て上げることになる。
だからイスマエルの能力が知られるのは極力避けたいところなのだが、今の俺ならば教会勢力も跳ね返せるだろう。
俺は頷いた。
「わかったよ。
イスマエル、それだけの覚悟があれば大丈夫だろう。
私もお前の父親だからね。
一緒に付いて行ってやろう。
万が一の時は私も力を貸せるやもしれない。」
途端にイスマエルの顔がバラ色に輝き、ほほ笑んだ。
その逆にカナリアは真っ蒼になって言った。
「ダメです。
旦那様それにイスマエル、死病ともいわれる病人を診るなどとんでもないことです。
他の誰が許しても私が許しません。」
「おやおや、母親の君がイスマエルを信じず、彼の将来を縛ってどうするね。
確かに、イスマエルはグルジーサポークに立ち向かおうとしているけれど、イスマエルが、将来治癒師になろうとすれば、当然に他の死病にも立ち向かわなくてはならないだろう。
カナリア、君はその都度息子の挑戦を邪魔するのかな?
カナリアは母だけれど、イスマエルは僕の血も引いている。
かつて大魔導士と呼ばれた私は、それなりに無茶もしてきたけれど、これからも家族を守るためならば命を懸けて動くつもりだ。
そうしてイスマエルは、まだ見ぬひいお婆様を助け、ひいてはカナリアとその家族を守るために動こうとしているんだ。
イスマエルにはそれができるだけの能力はある。
だから、僕は許しを与えた。
カナリアは、僕もイスマエルも信用できないかい?」
「あぁ、私はもちろん旦那様を信じています。
でも、イスマエルはまだ3歳です。
そんな幼子に大人の治癒師でもできないことをさせるなんて・・・。」
「カナリア、母として我が子を心配するのは私にも分かるし、尊いことだ。
でも大事な人の命がかかっている時に真摯に動こうとする者を縛ってはいけない。
無茶なことであれば私が許さないし、させない。
でも、今回のことはイスマエルの能力の範疇でできることなんだ。
それを封じることは、今後、イスマエルの行動を縛ることになるがそれでもいいのかい?
特に、助けられるものを助けられなかったという悔いはいつまでも彼の心に残るだろう。
私は、イスマエルをそんな風に追い込みたくはない。
どうだろうか?」
黙って聞いていた義母のヴェネッサが口を挟んだ。
「失礼ながら、娘婿でもある大魔導士としてのファンデンダルク卿にお尋ねします。
ファンデンダルク卿も立ち会われるということは、それだけ安全が確保されるということでしょうか?」
「少なくとも私とイスマエルは、スヴェトラ様に近づいても病に掛かることは無いことを保証します。」
「あの、もしや、他の者が同行しても同じことができましょうや?」
「できますけれど、それは避けたいですね。
単純に言えばお荷物にしかならない者を同行したくありませんし、同行者を守らんがために、病人を救えなければ本末転倒です。」
ヴェネッサが苦笑しながらも頷いた。
それからカナリアに向かって言った。
「カナリア、幼いけれどイスマエルは戦士なのです。
レイズ家は連綿とした戦士の家系です。
戦士は王家を守り、王国の民草を守るために命を懸けて働くものです。
ですからあなたを王都の英雄と名高いファンデンダルク卿の側室として出すことにも同意しました。
それはレイズ家の戦士としての血を絶えさせないようにするためです。
貴方が、イスマエルとアルムを産んだことでその目的は半分達せられました。
そうして貴方の娘フランソワが、更に次代へと血をつないでくれるでしょう。
男子の元服に際しては、場合により戦地へ出陣することもございます。
その際に送り出す母は、必ず息子が戻って来るようにと、願掛けのお守りを渡して見送るものです。
私も用意はしていましたけれど、その機会が無く、使わずに残してあります。」
ヴェネッサは、懐から木製台座に綺麗な宝石の薄片を埋め込んだ象嵌様のペンダントを取り出し、カナリアに渡した。
「このお守りに願いを込めてイスマエルを送り出しなさい。
幼子であっても、初陣に出る男子を見送るのは母の務めです。」
「お母様・・・・。」
カメリアは、ペンダントを受け取った。
そうして幼いイスマエルの首にペンダントをかけ、抱きしめながら言った。
「行ってらっしゃい。
イスマエルとお父様の御帰りを母は待っています。
きっと、きっと、無事に帰ってくるのですよ。」
「はい、お母様。
行って来ます。」
俺とイスマエルは手をつなぎ、カナリアの家族に見送られながら執事の案内で離れに向かった。
陽は大分西に傾いているが、日没までにはまだ半刻ほど余裕があるだろう。
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