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第九章 交易と情報収集

9ー9 Seal or Delete? (その二)

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 リューマが次に対峙したのは、三番目の欠片であり、ファランド南大陸の大帝国ベルサレンの王都ベルフレムに住む、帝国宰相シンラディムであった。
 彼は皇帝一族の血を引く家系に生まれ、才能にも恵まれライバルを密かに倒して宰相という地位を得た。

 皇帝はどちらかというと飾りものであり、シンラディムが帝国を実質支配していると言える。
 彼が現在企んでいるのは、ファランド北大陸への侵攻である。

 そのための大遠征艦隊の建造と遠征部隊の編制・訓練を重ねている途上である。
 南北のファランド大陸を繋ぐベレグ回廊は狭く、しかも回廊全体が海からせりあがった崖状の高い高地となっている魔境であるため、人の侵入を拒み、南北大陸の陸上交通を分断していた。

 ファランド南大陸から北へ侵攻するには、船による輸送しかなかったのである。
 シンラディムは、自らが人外の力を持っていることを承知しているが、生まれる前の遠い過去の心理的なトラウマで、可能な限り自らの力を秘匿しようとしていた。

 仮に対外的に知られれば、かつて存在した人外の存在から大いなる干渉を受ける可能性がある。
 シンラディム自身にはよくわからないトラウマなのだが、勘とも言えるモノがシンラディムに直(じか)にその恐れを伝え、警報を発しているのであり、自分の命が危険に晒される等余程の緊急事態でない限り発動が難しいのだ。

 まぁ、その人外の能力を発動せずとも、今まではうまくやって来た。
 既に遠征艦隊も8割がた建造を終わり、遠征部隊の編成も概ね完了している。

 あと半年で、北大陸への侵攻が開始できるであろう。
 北大陸が平定できたなら、他の大陸への侵攻だ。

 必ず我が手で世界制覇を成し遂げてみせる。
 40歳になったばかりのシンラディムは、意気軒高であった。

 とある日、彼が政務についていると、妙な気配を感じ取った。
 明らかに危険な存在である。

 瞬時に人外の能力を発動しようとして魔力を膨れ上がらせたところ、周囲の景色が一転した。
 慌てて空間魔法により自らを安全な場所に転移させようとしたが、驚くほど巨大な重力場に晒され、その対応に注意が削がれた。

 重力場に対応できたと思った次の瞬間、シンラディムは異様な空間に入り込んでいた。
 次から次へと起きる異常事態に明らかな敵襲と判断し、安全な場所への空間転移を試みたが失敗した。

 しかも、呼吸もできず、見える場所は見渡す限りの砂漠のような地面であるにもかかわらず、自らの身体は地上を離れて行くのだ。
 止めようとして止められない。

 理由は不明だが、人外の能力で使用できるはずの魔法が一切使えなくなっていた。
 しかも蓄えられた魔力はまるで水漏れのように、空間に消えて行く。

 シンラディムは様々な試みを成したがすべて失敗し、やがてその意識が暗黒に飲まれていったのである。

 ◇◇◇◇

 ベルサレン大帝国の宰相シンラディムが執務中に忽然と消えたことは、帝国に大きな影響を与えた。
 シンラディム宰相しか知らないことが非常に多かったために、後を引き継いだ宰相が政務をまともにこなすまでにはかなりの時間を要したのであった。

 これは全て前任のシンラディム宰相が部下を余り信用せず、ほとんどの仕事を自ら直接指揮していた弊害によるものだった。
 このために、帝国の政治は混乱し、遠征のために準備された艦隊や部隊も宙に浮いてしまったのである。

 一方で、精鋭として育て上げられた軍人たちは、新たに跡を継いだ宰相には大いに不満を募らせた。
 前の宰相ならば相応な待遇で迎えてくれたのに、新たな宰相はむしろ軍人を嫌っている様子である。

 当然に軍部に不満が鬱積した。
 その結果、シンラディム宰相が失踪して半年後に、数多の軍人を中心に反乱が勃発したのである。

 あっという間に、帝国全土に内乱が拡大し、帝国は四分五裂して群雄割拠の時代が訪れた。
 ファランド南大陸の騒乱はその後百年近くに渡って続くことになったのである。

 リューマはその情報を得ていたが、敢えて動こうとはしなかった。

◇◇◇◇

 ファランド南大陸で邪神の欠片の処理を終えて、10日後、リューマが次に向かったのはヴェザーレ大陸である。
 ウェザーレ大陸は、アルバンド大陸の東に在ってアルバンド大陸とダルファ地峡でつながっている。

 ダルファ地峡は、六千年前に古代文明の栄えた地域であるらしく、古くから開けている場所であり、交易も盛んであるが、生憎とジェスタ王国の商船隊はそこまで届いていない。
 多少無理をすれば交易もできるが航海の危険があるので、今のところはリューマが控えさせているのだった。

 今回のリューマの目的地はダルファ地峡ではない。
 アルバンド大陸から遠く離れた東の果ての王国である。

 厄介なことに、相手は当該王国の中で秘密結社を造っている宗教団体である。
 表面的にはあまり知られていないのだが、王国中に根を張っており、そのメンバーは様々な業種や階級に入り込んでいる。

 当該宗教団体は表向き、アムソルという薬神を崇めているが、この世界にアムソルなどという神は存在しないから当然に偽物である。
 まぁ、信仰は自由だから信ずるのがたとえイワシの頭であったとしても構わないのだが、この宗教団体は陰で常習性の高い麻薬を量産し販売しているのである。

 それらを牛耳っているのが一応アムソル教の大司教なのだが、生憎とこの男は飾りであり、本命はその補佐をしている修道女のメリル・フェルニスである。
 全ての指示がこのメリルから出されているのはδデルタ276号が確認している。

 メリルは見た目20歳前後の見目麗しき女である。
 彼女が纏うオーラはこれまで三体の邪神の欠片に比べるといささか小さいのだが、それでもリューマの魔力を圧倒しているはずなのだ。

 そうしてこのメリルが鋭敏なのである。
 δデルタ276号のスレーブゴーレムはギリギリのラインで監視を続けているだけだ。

 接近するとメリルが明らかに不快の表情を示すので、おそらくは百分の一秒遅れの亜空間の存在を何らかの形で知覚している可能性が高い。
 まぁ、そうはいっても特段の対抗措置を講じてきていないので、おそらくは不審に思っている程度なのだろう。

 従って、用心のために、ゴーレムはメリルから30mほど距離を採って監視を続け、言動については周囲の者から情報収集をしているのである。
 この鋭敏性については、当該邪神の欠片の特性なのか、邪神の欠片に憑かれた女のそもそもの能力なのかは判然としない。

 いずれにしろ、俺が対峙するに当たって、長期戦になれば不利であることはわかっているので、リューマは今回も奇襲をかけることにした。
 前回はほとんど瞬時に重力魔法にも抗してきたので、今回はいきなりi空間を使うことにする。

 相手が鋭敏であれば、俺の存在を感知した途端に攻撃をしてくる恐れがあるからなおさら迅速に動かねばならない。
 一応の防御手段は用意しているが、必ずしも自信が持てるわけでは無いから、最大戦力で押し切るのがベストなのだ。

 リューマは、女の50m近傍にスレーブゴーレムを配置し、その亜空間に直接跳び、そこから通常空間に出るや否や、女をいきなりi空間に放り込んだ。
 最終的な結果は今までと同じく不明なのだが、少なくともメリルという女はこの世界から消えた。

 暫くゴーレムたちに様子を見させているがも戻ってこない。
 一応成功と見做みなせるだろう。

 しかしながら、この方法がSealなのか、それともDeleteなのかが、今もってわからないでいる。
 さて、残りはクルップ大陸西岸に居る海龍だけなんだが、仮に海龍が取り込まれているならば、その地力ぢりきは今までの者たちとは比較にならないことになるだろうから、より注意を要することになる。

 但し、アムールが同道する以上は、いきなりの奇襲はかけられない。
 どうしたものかと正直言って悩んでいるところだ。

 クレッグ大陸に赴くのは10日後の予定であり、アムールには既にセルフォンで予定を知らせている。
 アムールはでかすぎるんで、転移する時には俺の亜空間に入ってもらうかそれとも人化若しくは小さくなってもらうしかないと伝えている。

 アムールは、笑って人化を選んでいた。
 俺の家に遊びに行く時には、どうせ必要だろうと答えていた。

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