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第八章 魔の兆し?

8-4 デ・ガルド

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 私は、第4階位の枢機卿ミハイル・ジゥ・オブレンコ。
 カルデナ神聖王国の秘密至宝組織であるデ・ガルドを束ねる者だ。

 デ・ガルドは教団信者の家族から、特殊なスキルを有した者を幼少の頃に選抜、専門的な訓練を施してそのスキルを強化した者で構成される組織なのだ。
 表向き、カルデナ神聖王国の武力は神聖騎士団が担っているのだが、その実、裏に回れば搦手からの対象攻略手段が我がデ・ガルドなのだ。

 多様な特殊能力は人に悟られずに仕事を完遂できる。
 例えば洗脳能力は枢機卿の一部にも似たような能力を持った者もいるのだが、アブレスキー同志隊員が有する洗脳能力は極めて効果が大きい。

 常人は彼の瞳を見ただけで、彼の支配下に置かれることになる。
 一旦、支配下に置かれた者は、アブレスキー同志隊員が周辺にいるだけで永続的に支配されることになる。

 仮に、彼が敵勢力に寝返りでもすれば、知らず知らずのうちに法王猊下を含めて、カルデナ神聖王国は彼の支配下に収まってしまうだろう。
 但し、アブレスキー同志隊員の支配下に置かれた状態では、ある意味で操り人形に近い状態であるため、その者の本来の能力が万全には発揮できないところが泣き所である。

 それほどに危険な能力なので使いどころが難しいのだが、すでに整った環境を入手するだけの活動などには使い勝手の良い能力ではある。
 今般、法王猊下から仰せつかった任務は、西方の国であるジェスタ王国の一領主を取り込むことの様だ。

 無論、我々が動く際には事前に十分な情報を集め、然るべき対策を方針を練り上げてから動く。
 様々な能力を持つ者がいるからこそ、適材適所で動かすことが経費面や効率面からも要求されるのだ。

 さて、法王猊下から仰せがあってからそろそろ一月経つので、動き出さねばならない時期だ。
 件のファンデンダルク卿については様々な情報を得ることができた。


 これも先行している「草」であるフレーブス同志の情報収集能力とアウグス兄弟同志の「心通」の能力のゆえである。
 普通ならば、カルデナ神聖王国からジェスタ王国への行き来は、片道だけでも四か月はかかるのだが、我らが張り巡らした間道を使えば各国の関所などを介さずに片道一月ほどで往来できる。

 同志隊員のたゆまぬ努力と訓練で身体能力を上げているからこそできることだ。
 デ・ガルドの同志隊員は、一日に最低でも百ケールの距離を移動できる。

 ジェスタ王国までは直線距離で約2000ケール、主往還の道なりだと少なくとも4000ケールから5000ケールの距離になるのだが、そこを30日足らずで走破できるのはデ・ガルドならではのことである。
 ブレーブスとアウグス兄を送り出して一月、ジェスゴルドに到着して三日で、まとまった情報をアウグス弟が受け取り、私がその報告を聞いていた。

 情報から言うと、ファンデンダルク卿は、グラデル・ド・ハミュエル司祭の報告にある通り、かなりの優秀な能力を持った錬金術師であり薬師であるようだ。
 更に武人としても優秀であり、直接の格闘戦における戦闘能力がいかほどのものかは知られていないが、少なくとも魔法に関しては魔導大国と言われるヌジェル魔法王国の大魔導士に匹敵する力を持っているらしい。

 さもなければ黒飛蝗の大軍を単独でほぼ壊滅することなどはできはしまい。
 そうして政治手腕もなかなかのものを持っているようで、領地はファンデンダルク卿の治世に入ってから急速に発展し、住みやすくなったことから他領から多くの人が流入しているようだ。

 少なくとも領内の人口は、ファンデンダルク卿が領主になる以前の4倍に達するという。
 伯爵に叙任されてからわずかに4年足らずで領内をまとめ上げる手腕は中々に優秀なものである。

 一方で、大魔法師並みの魔法能力があることは知られているものの、その魔法属性が未だに不明であり、火と風は確かであろうが、怨霊を鎮める能力を持っているようなので、聖魔法にも通じているようだ。
 治癒魔法も或いは聖属性の所以かもしれぬ。

 更には、王都にあるという闇組織を相手に直接脅しをかけるほどの力があるらしい。
 根回し段階でそれとなく闇ギルドに接触したら、けんもほろろに追い出されたらしい。

 闇ギルドでは、少なくともファンデンンダルク卿に関する話は禁忌並みのご法度の様だ。
 今一つあまり知られていない情報が一つ。

 オルテンシュタイン帝国の秘密防諜組織ダル・エグゾスの精鋭がファンデンダルク卿に関わる仕事に携わり、消息不明になっているようだ。
 一人二人ならともかく数十名単位での消息不明である。

 それとオルテンシュタイン皇帝直属の秘密組織「影」も舞台から姿を消したようだが、どちらもその最後は解っていない。
 同じく公表されてはいないがオルテンシュタイン前皇帝の死去にはファンデンダルク卿が関わっているらしいとの憶測情報がオルテンシュタインの有力貴族の中で囁かれている。

 現オルテンシュタイン皇帝は、理由を付さずにジェスタ王国には手を出すなと内々に通達を出しているらしい。
 また、デュホールユリ戦役では、ファンデンダルク卿はカトレザル王国の侵攻軍と対峙したようだが、カトレザル軍1万4千の軍勢に対し、ファンデンダルク軍はわずかに千名だけで、本来対峙すべきクレグランス辺境伯軍の主力はアブレ東街道に備えており、予備軍がファンデンダルク卿の後方に待機していたようだ。

 しかしながら、本来ならば戦闘にもならないほどに圧倒的な軍事力の差があるにもかかわらず、実質的な戦闘は無かったのである。
 カトレザル軍1万4千の軍勢は、見たこともない巨大なワニの魔物に行く手を阻まれ、なす術もなく引き上げたのである。

 ファンデンダルク卿のなしたことと言えば、国境の町の郊外に滞陣し、カトレザル軍が撤退するのを見守っていただけである。
 果たしてこれを戦闘と言うのかどうか大いに疑問があるところなのだが、仮に巨大なワニの魔物を使役していたのがファンデンダルク卿であるならば、負けたのはカトレザル軍であることは間違いない。

 因みにこの時に出現した巨大ワニの大きさについては諸説あるが、体高二尋から二尋半、幅が六尋から八尋で馬車が行き交える主街道をその幅だけで覆い尽くしたらしい。
 体長は定かではないが、おそらくは30尋は優に超える大きさだったようだ。

 カトレザル軍を退かせたのは、こんな巨大な魔物が少なくとも数匹も出現したからであり、仮にファンデンダルク卿が使役していたのならば凄腕のテイマーと言うことになる。
 カトレザル軍が侵攻しようとしていたのはカトレザルとジェスタ王国を繋ぐ唯一の街道であるサーカス街道、この街道はその大部分がブリッド沼沢地を貫通している。

 従って、ワニのような魔物が棲み付いていてもおかしくは無いのだが、少なくとも過去においてこの地域でこのような巨大ワニが見かけられたことは無い。
 ファンデンダルク卿がティマーではないかと言う見方は、このワニがこの戦役で初めて出現した魔物であり、これまで出現情報が一切なかったこと、また、デュホールユリ戦役の講和はジェスタ国側からの商人がカトレザル王国に到達してから始まったのだが、巨大ワニの魔物はこの時から忽然とブリッド沼沢地から姿を消しているのだ。

 まるで幻を見ているかのような話であるが、この戦役でのカトレザル軍の死者は500名を超えているのは間違いなく、これが現実にあったことを示している。
 このことは、ファンデンダルク卿が災厄級の魔物をテイムしていて、いつでも召喚できるのではないという疑いがあるということである。

 これが事実としたならば、我が神聖王国の誇る神聖騎士団でも対応が難しい。
 神聖騎士団は対人戦闘においては無類の強さを誇るが魔物相手の戦闘は経験が無い。

 聖属性魔法が対応できる魔物ならばよいが、正直なところ他の属性魔法は余り強力ではないのだ。
 もう一つ気になる噂がある。

 ファンデンダルク卿の領都に黒龍が現れ、ファンデンダルク卿と契約を交わしたらしいとの噂があるのだ。
 黒龍はお伽噺にも出てくる魔龍であり、その強さは当然に人外である。

 巨大ワニが災厄級とは言っても黒龍に比べれば赤子とグリズリーベアほどの差がある。
 仮に巨大ワニを討伐できる者が居たにしても、絶対に黒龍と張り合おうとは思わないだろう。

 黒龍のブレス一つで我が神聖王国の王都が消し飛んでしまう可能性すらある。
 そんな奴と契約しているとしたなら、下手に手を出さぬ方が良いと私自身は思うのだが、法王猊下は異なる考えをお持ちの様だ。

 力のあるものを配下に加えたいと思召すようだが、その対処を我がデ・ガルドに任せるのというのは少々無責任ではないかな?
 下手をすればデ・ガルドだけではなく神聖王国そのものの存在すら危うくなるやもしれないと私は本気で心配している。

 私は昔から慎重だ。
 慎重であるがゆえに余計な心配も多々することになるのだが、今回は心配というよりも暗雲の予感がするのだ。

 私の未確定の能力である予知能力が盛んに警鐘を鳴らしているのだ。
 しかしながら、法王猊下より明確な指示がなされた以上、万難を排して任務を果たさねばならない。

 私は、作戦を勘案しつつ、今回の任務に充てる人選に入ったのだ。
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