上 下
102 / 205
第七章 面倒事の始まり

7-13 戦の兆し

しおりを挟む
 北方三国の不穏な動きは、ジェスタ王国の間諜がそれなりに察知していたが、サングリット公国を中心に三国間で密談を交わしていることは知れてもその詳細な内容までは知りえなかった。
 三国共に密談の際は異例の厳重な警備を成していたからである。

 但し、そんな中でもリューマが造ったむし型ゴーレムは、厳重な警戒網を突破して密談の内容をリューマに知らしめている。
 ウィルマリティモで塩の生産を開始するにあたって、サングリッド公国を含む北方三国に何等かの動きがあるかもしれないと予測していたリューマは、事前に相当数の蟲型ゴーレムを三カ国の要所要所に潜入配置させていたのだった。

 サングリッド公国王バンス・ヴァイデルンドは、フローゼンハイム王国とカトレザル王国を焚き付け、三国連合軍によりジェスタ国全領土の簒奪さんだつを謀るための密談を進めていた。
 大方の軍事家の見るところ、ジェスタ王国の軍事力を10とすると、フローゼンハイム王国が6、サングリッド公国が8、カトレザル王国が7ほどであり、三カ国が連合を組めば総合軍事力としてはジェスタ王国の二倍以上にもなるのだが、生憎と北方三国はその軍事力の4割を海軍力につぎ込んでいる。

 従って内陸部であるジェスタ王国との戦役ともなれば、三カ国が連合しても陸軍力では実質1.26倍ほどにしかならない。
 まして、三か国とも国内の治安維持もあって、全軍を振り向けることはできないので、実際に侵攻できるのはそのうちのせいぜい6割から7割程度である。

 仮にジェスタ王国が全力を挙げて抵抗してきたならば兵力差で敗れる可能性もある。
 そのためにサングリッド公国王バンス・ヴァイデルンドは、エシュラックに潜ませた間諜を使い、ジェスタ国南部とエシュラック国西部の国境域で紛争を起こさせることを企んだ。

 ジェスタ王国南部の町であるエヴォリックと、それに隣接するエシュラック西部の町ワレザルを各二百名規模の野盗集団に襲撃させることにしたのである。
 襲撃するのはアレシボ皇国やデラコア宣侯国に存在する傭兵団で構成される偽装の野盗集団ではあるが、身元がばれないように巧みに隠ぺいすることになっていた。

 この二カ所での襲撃が発生すれば、エシュラック国境周辺の領域を治めるジェスタ国のクレグランス辺境伯軍五千の軍勢を国境付近に釘付けにすることができ、また、場合によりエシュラック軍もその地域に援軍を差し向けなければならないはずである。
 ジェスタ王国とエシュラック王国は一応友好国ではあるが、対オルデンシュタイン帝国向けの緩い同盟を締結しているだけで、国境を接している地域での小さな紛争・対立は昔から絶えない場所でもあった。

 為に、両国の軍隊が国境近くの町へ野盗対策のために進駐するとなれば、当該国境域全体が緊張することになる。
 ジェスタ王国は、必要に応じて援軍を派遣するよう準備をするしかない。

 公国王とその側近は、その隙を突く作戦を立てたのであった。
 フローゼンハイム王国もカトレザル王国も、当初公国側から謀議を持ち込まれた際には余り乗り気ではなかったのだが、品質の良い塩がジェスタ王国で産出され、それが近隣諸国にも輸出されるようになると自国の不利益になると言われ、なおかつ、飛空艇に関わる古代遺跡が三か国の共同所有になるとそそのかされて欲をかいたのだった。

 三か国は、ジェスタ王国征服のための秘密同盟を締結したのである。
 この侵攻にジェスタ王国との講和はそもそも想定されていない。

 ジェスタ王国全ての領域を占領するまで侵攻は止まらないのである。
 そのための補給準備を三か国が内密に始めた。

 その兆候はジェスタ国の間諜も情報として押さえていたが、三か国の軍勢の移動は直前まで抑えられていたので、間諜からジェスタ侵攻の兆しありとの情報は寄せられなかったのである。
 そんな中で、リューマが久方ぶりに王宮に参内し、宰相に面談して北方三か国の侵略謀議についての詳細な情報を提供した。

 計画によれば作戦発動は二週間後のベルム歴727年中秋前(月)の21日、三か国以外の他国に所在する傭兵団によるジェスタ国南部エヴォリックと、それに隣接するエシュラック西部の町ワレザルを襲撃することから始まり、その十日後に、三か国の軍勢が国境線を超えてジェスタ王国内に侵攻するというものであった。
 北方三国との国境線は結構長いのだが、交易路は限られてくる。

 フローゼンハイムへは山岳地帯の唯一の峠道であるグナウゼア街道、サングリッド公国へはアブレ山地を横断するアブレ西街道と同東街道、カトレザルへはブリッド沼沢地帯を抜けるサーカス街道である。
 当然に軍隊を進軍させるにしてもこれらの街道を使うことになるので、当該街道を封鎖できれば軍勢の進行を抑えることは可能である。

 三か国の動員数は、フローゼンハイム王国で一万二千、サングリッド公国で一万五千、カトレザル王国で一万四千、合計で四万一千名となる。
 このうち約二割は補給部隊であった。

 リューマが王宮に重要情報をもたらしてすぐに王宮では対策会議が開かれた。
 ジェスタ王国の動員可能数はおよそで三万四千、三か国の軍勢に比べるとやや劣勢である。

 更に、仮に南方のクレグランス辺境伯軍が動けないとなれば、三万を割ることになる。
 侯爵を筆頭に色々と戦略を検討したが、いずれの場合でも戦力の分散によってジェスタ王国が不利に陥ることは避けられなかった。

 そんな中で、ファンデンダルク伯爵が意見を述べた。

「フローゼンハイム王国軍の進路に当たるグナウゼア街道については、国境を越えた峠道で我が手の者が道路を破壊して塞ぎ、その進軍を妨害しますので、その破壊された街道を乗り越えてくる者にはクロード伯爵軍二千で対応してもらい、サングリッド公国についてもアブレ西街道を同様に破壊して封鎖できますので、そちらにはベルン侯爵の手勢三千で対応しては如何か?
 カトラザル王国軍については、我がファンデンダルク軍千名にて対応し、ブリッド沼沢地帯を封鎖します。
 ジェスタ軍主力は、アブレ東街道でサングリッド公国軍を殲滅すべく対応しては如何かと存じます。」

 すぐにも、国王が反応した。

「待て、待てぃ。
 四か所の街道の内三つを塞ぐだと?
 如何様にすればそのようなことができるのだ?
 峠道は狭隘であればこそ大軍は対峙できぬ。
 仮に敵の進軍を防ぐとすれば山地の街道を、抜け出たところで待ち伏せするのが常道じゃ。
 それであるのに、なぜに、寡兵で大兵を防げるのじゃ?」

「はい、例えば、グナウゼア街道のパラディス峠は両側が切り立った崖になっています。
 その崖を数か所崩壊させれば、軍馬や荷馬車は通れませぬ。
 崩落現場を乗り越えることのできる歩兵のみであれば、進軍は可能でしょうが、それでは補給が続きません。
 なれば、クロード伯爵の手勢にても十分対応できるかと・・・。
 不安があれば更に応援の軍勢を差し向けてもよろしいかもしれませぬが、対応人数は伯爵軍を含めて多くても五千まで。
 それ以上は無駄になります。
 アブレ西街道も同じく峡谷を経る道筋が有りますので、同様に峡谷の数か所を崩壊させれば大軍の侵攻は止められます。」

「その峡谷数か所を崩壊させる手立てとは如何なるものじゃ?」

「魔法により作った固形の薬品にございます。
 事前に設置しておけば、必要に応じて、何時なりとも思う時に爆発させ、周囲の断崖を崩壊させることができます。
 これらの仕掛けは我手の者により三か国が進発する前に設置する予定です。
 場所は、国境線を超えた我が国領内です。
 相手が我が国領域内に無断で入ればその時点で我が方からの迎撃は正当な手段となります。
 敵の先鋒が通過する時を狙って崩壊させるのが良いと考えています。
 それが二度三度と続けば、敵は甚大な被害を受け、進軍をあきらめることになりましょう。」

「ならば、ブリッド沼沢地帯のサーカス街道へ向かうはおそらく一万四千の大軍、それをファンデンダルク伯爵軍の手勢千名だけで本当に抑えられるのか?」

「はい、これは極秘事項ながら、ベルゼルト魔境の水辺に棲む魔物に少々手伝ってもらうつもりでおります。
 まだらワニと呼ばれている沼沢地では最強の魔物です。
 これを街道沿いに複数放しておけば、街道を大軍が通過するのは無理でしょう。
 もし、それを突っ切るものが出たならば我が手勢で打ち取ります。」

「そのようなことをすれば、旅人や商人が通行できぬのでは?」

「国が危うい折にも旅人や商人を心配されますか?
 それに、もしも、それらの者が人質に取られたなら、敵の侵入を黙って見過ごされますか?」

「いや、・・・。
 そうではないが・・・。」

「商人たちはおのずと周囲の気配を察知します。
 危険と見做せば旅は自らの意思で中止します。
 無理をするのは上から命令を受けた軍人だけになるでしょう。
 因みに、大きな斑ワニの全長は15尋、体高も二尋近くになります。
 それが街道筋に姿を現れせば、一般人は絶対に近寄りませんし、高ランクの冒険者でも退治は難しいでしょう。」

「ウム、話は分かったが、余は、ファンデンダルク卿の出す空手形を信用せねばならぬのか?
 もっと其方を信じられるような証拠というか、何かほかに拠り所はないのか?」

「では、王宮の中央広場に斑ワニを召喚いたしましょうか?
 それを見て信用していただければと思いますが・・・。」

 それを機に、会議参加者一同が揃って王宮の中央広場へと出張った。
 近衛兵が広場から人を追い出して周囲の警戒に当たる中で、リューマは亜空間倉庫に容れておいた斑ワニを取り出した。

 一斉に「うわっ!」という叫びが上がり居並ぶものが後ずさりする。
 目の前に小山のような黒と灰色の斑模様の巨大ワニがいきなり出現すれば誰でも驚く。

 このまま放置すると絶対に暴れだすので、出現させて二秒後には亜空間倉庫に収容し、冷蔵している。
 適度な冷蔵状態だと活動も停止し、ほとんど冬眠状態に入るのだ。

 巨大ワニを見てからは、リューマの言葉に疑問を挟む者は誰も居なかった。
 こうしてリューマが述べた基本路線をもとにジェスタ国の作戦が立てられたのである。

 因みに全体計画では、国内各領地から7割の将兵が駆り出され、野盗襲撃の開始日の正午にはそれぞれアブレ東街道の始点であるエルマデレ城塞に向けて進発することになっていた。
 また、南方方面対策として近衛騎士団三千名が王都に残されたほか、野盗集団の襲撃にはクレグランス辺境伯の騎士団が秘密裏に動くことになっていた。

 しかしながら、一方で、情報漏れを警戒して、友好国であるエシュラックにはこの事前情報は伝えられなかったのである。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

このステータスプレート壊れてないですか?~壊れ数値の万能スキルで自由気ままな異世界生活~

夢幻の翼
ファンタジー
 典型的な社畜・ブラックバイトに翻弄される人生を送っていたラノベ好きの男が銀行強盗から女性行員を庇って撃たれた。  男は夢にまで見た異世界転生を果たしたが、ラノベのテンプレである神様からのお告げも貰えない状態に戸惑う。  それでも気を取り直して強く生きようと決めた矢先の事、国の方針により『ステータスプレート』を作成した際に数値異常となり改ざん容疑で捕縛され奴隷へ落とされる事になる。運の悪い男だったがチート能力により移送中に脱走し隣国へと逃れた。  一時は途方にくれた少年だったが神父に言われた『冒険者はステータスに関係なく出来る唯一の職業である』を胸に冒険者を目指す事にした。  持ち前の運の悪さもチート能力で回避し、自分の思う生き方を実現させる社畜転生者と自らも助けられ、少年に思いを寄せる美少女との恋愛、襲い来る盗賊の殲滅、新たな商売の開拓と現実では出来なかった夢を異世界で実現させる自由気ままな異世界生活が始まります。

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~

夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。 雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。 女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。 異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。 調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。 そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。 ※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。 ※サブタイトル追加しました。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

処理中です...