上 下
62 / 121
第五章 黒杜の一族

5ー10 ヘレンの病気

しおりを挟む
 ハシレアとお昼休みを過ごした後は、午後からコロッセオ擬きの議場で私のターンです。
 色々とツァイス症候群のことについて尋ねましたが、あまり良い反応がありません。

 実際のところ、突然死のような病状があっても解剖するわけじゃないから原因が特定できないでそのままと言うことはあり得るはずです。
 例えば心筋梗塞や脳梗塞で倒れてそのまま死亡しても、そういうものだと思えば誰も不思議には思わないでしょうからね。

 私でも目の前で亡くなった方が居なければ死因は中々確認できません。
 まして医学的な知識の乏しい方に聞いても返事のしようがないはずです。

 但し、二点は確認できました。
 カルバン氏族に過食症は無いそうです。

 平均寿命は結構長いそうですが、魔晶石ギルド員ほどではなく、どちらかと言うと魔法師よりの感じですね。
 それと長寿にはなるんですが、魔晶石ギルド員のようには若さを保てないみたいな感じです。

 念のために長に許可を受けてその場にいた7名の方にセンサーでスキャンをかけましたが、オドを含めて異常は認められませんでした。
 残念ながら手掛かりは無いのかなと思っていましたら、サイル・オルケッティさんが提案してくれました。

「実は、昨日急死したものが居るのだが、死因は不明だ。
 其方は病については詳しいようだが、良ければ念のため確認してみるかな?
 今夜半には荼毘だびに付されるから、確認するなら今の内だが・・・。」

「はい、もし差し支えなければ、是非に拝見させてください。」

 そんなわけで10の時(午後三時)ぐらいに、集落内のとある施設にお邪魔しました。
 先導はサイル・オルケッティさんなんですが長を始め、居合わせた全員がぞろぞろとついてきますし、衛士も二人増えていましたので結構物々しいですよね。

 案内された場所は、荼毘に付される前の遺体を安置するような場所です。
 ある意味で通夜をする場所でもあるのでしょうかねぇ、その場には遺族の方らしき人が数人いました。

 サイルさんが居合わせた人に一応の断りと了解を得てから、私が遺体のそばに行きました。
 私の郷里のやり方でご遺体の前で祈りを捧げてから、確認に入りました。

 遺体は男性で見た目五十代でしょうか。
 何となく働き盛りと言う感じです。

 サイルさんと遺族の方に了解を得て、センサーによるスキャンをかけました。
 外傷はありませんでしたが、脳内に出血の跡が見られます。

 所謂、『くも膜下出血』と言うやつです。
 遺族に故人は亡くなる前に頭痛や吐き気を訴えていませんでしたかと聞くと頷き、両方の症状があったようです。

 動脈瘤破裂によるくも膜下出血に間違いなさそうです。
 少なくともツァイス症候群ではないみたいです。

 肝臓にも異常の痕跡は認められません
 遺族の方を含めてサイルさんに死因がわかりやすいように説明をしました。

 サイルさんが随分と感心していましたね。
 治癒師は居るのだそうですが、死因はさすがにわからなかったそうです。

 確かに内部の異常を見つけるのは普通の治癒師や薬師ではできないですよね。
 治癒師はどちらかと言うと外傷の治癒に特化しています。

 病気に対処するのは薬師ですが、動脈瘤に対応できる薬は多分無いですよね。
 精々血圧降下の薬を処方するぐらいですけれど、原因がわからなければそれも無闇には処方できません。

 かえって状況を悪化させる場合もあるからです。
 そもそもこの世界では血圧測定なんかやっていませんしね。

 そうして仮にくも膜下出血が発症したなら、迅速な外科手術でしか救えないはずです。
 あ、でも私ならその場に居合わせていれば、切り開かずに措置は可能かもしれません。

 勿論、まだ生きている人限定で、死んだ人は流石に無理です。
 陰陽術に何か死んだ人を戻すような呪法がありそうなんですけれど、そこは何となく倫理違反のような気がするので私は無視しています。

 その場でサヨナラをして街を出ようと思っていたら、長に引き止められました。

「シルヴィ殿は、病などに詳しいようだが、治癒師か薬師なのか?」

「治癒師でも薬師でもないですけれど、それなりの知識はありますし、治癒できる傷病もありますねぇ。」

「実は儂の孫娘が四日前から病気で臥せっておる。
 が、病気の原因がわからず薬師も手をこまねいておる。
 このままでは二日と持ちそうにないのじゃが、診てはもらえまいか?」

「構いませんが、お孫さんはおいくつですか?」

「五つになったばかりじゃ。
 息子夫婦には一人しか子が居らんでのぉ。
 何とか助けてはもらえまいか?」

「五歳ならば体力面も問題ですね、すぐに診に参りましょう。
 お孫さんのところに案内してください。」

 ヘレンという孫娘さんの居るところに向かいながら色々と症状を聞いたのですが、可能性としては腸ねん転若しくは盲腸炎の疑いが濃いような気がします。
 盲腸炎は10代から20代に多いとされていますけれど、それ以外の方に症例が無いわけではありません。

 仮に腹膜炎を併発していたら一刻を争います。
 長に頼んで急ぎ足でお孫さんのいる家に向かいました。

 部屋に入るなり承諾も得ずにスキャンをかけました。
 勝手に緊急事態と判断したからですけれど、その判断が間違いなく合っていました。

 虫垂破裂、腹膜炎を引き起こしていて重傷です。
 本来なら開腹して処置しなければなりませんけれど、この際ですから能力を開放します。

「緊急事態なので、腕輪を外します。」

 そう宣言して、腕輪を外しました。
 長がびっくりしてますけれど、そんなのに構ってはいられません。

 寝台で苦痛に呻いている女児の額に触れ即座に麻酔をかけます。
 その上で女児のおなか辺りに両手を添えて一気に、破裂個所の除去・接着修復と腹腔内の清浄を行いました。

 また、血液内に侵入した細菌や汚物等を徹底的にサーチ、全てを除去しました。
 この間、わずかに三分ほどでしょうか。

 女児の麻酔を解くと、女児が目覚めました。
 私の顔を見上げて可愛く言いました。

「おねぇちゃん、だぁれ?」

「私は、シルヴィ・デルトン。
 ヘレンのおじいさまの知り合いよ。」

「レナのおじい様?」

 そうして私の傍にいる長に気づいたようだ。

「あ、クロじいちゃんだぁ。
 レナねぇ、ものすごくおなか痛かったけれど、もう治ったみたい。
 おなかがすいちゃったぁ。」

「食欲が出たら大丈夫ですね。
 できれば粥状の消化の良いものを食べさせてください。
 明日の朝からは多分普通のものでも大丈夫だと思います。」

 普通の外科手術ならば、術後24時間は食事ができないところだけれど、魔法の治癒の場合は、ほぼ術後回復状態になるのでその問題が無いのです。
 但し、いきなり重い食事は多分絶食状態だった児童には可哀そうですよね。

 そんな中でクロじいちゃんが私に尋ねました。

「ちなみにレナ、いや、ヘレンの病気は何だったのじゃ?」

「虫垂炎と言う内臓の一部が炎症を起こす病気です。
 炎症部分が破裂したためにおなかの内臓が入っている部位に膿が放出され、処置が遅ければ間違いなく死に至りました。
 この病の治療は、開腹して手術をするか、若しくは、魔法でその部位を除去若しくは修復するしかありません。
 今回は、破裂した部位の除去・修復と、おなかの中に噴き出た膿の清掃を魔法で行いました。」

「何と・・・。
 生きたまま腹を裂くだと?
 外界にはそんな治癒の方法があるのか?」

「あ、外界でも腹を裂く方法での治療は確立していませんし、今回私が行った魔法による治療も私以外でできるものが居るかどうかは甚だ疑わしいですね。
 もし居るならば、私の所属する魔晶石ギルドの治癒部門にそのような魔法師が居てもおかしくないですけれど、そんな能力を持った人は居ませんから。」

「何と、シルヴィ殿は伝説の大聖女様に等しい力を持っているのか?」

「え?
 いや、伝説の大聖女様なんて知りませんけれど、そんな人がいたのですか?」

「いや、儂も詳しくは知らぬが、カルバン氏族の伝承にかつて希少な聖魔法を駆使して人々を癒したヒナという大聖女様がいたという話だけだ。」

「えっと、それは何時頃の話でしょうか?」

「さてな、伝承の第一巻はカルバン氏族の創成期の話じゃから少なく見積もっても千年ほど前の話かのぉ。
 第一巻はそもそもが神がかりの話が多くてのぉ。
 ヒナ殿もその存在が疑われる人物だったが、シルヴィ殿が似たような癒しをできるならば、あるいは実在の人物だったやも知れぬ。
 いずれにしろ我が孫の命を助けてくれて誠にありがたい。
 この恩は一生涯忘れぬぞ。
 なんぞ欲しいものは無いか?」

 今のところは特にないんだよね。
 引き続きツアイス症候群についての情報収集がしたいので、カル・ヴァン・タラ・ヴァンセヤへの自由な出入りを許可してもらうことにしました。

 ついでにレナちゃんことヘレンちゃんとはすっかり仲良しになりました。
 私のことはシルヴィねぇちゃんと呼んでくれます。

 レナちゃん、他に兄弟姉妹が居ないのでお姉ちゃんやお兄ちゃんが欲しかったのだとか。
 その日は夕暮れ前に寮に戻りました。

 寮に残っていた分身の報告では、異常もなく、来客もなかったとのこと。
 魔晶石ギルドの中では、私は、この日一日中引きこもりの子だったわけです。

 単なる引きこもりじゃないですよ。
 朝食は食べましたけれど、昼食は食べていないんです。

 そして夕食は制限時間ギリギリの時間帯で結構遅かったんです。
 そのために食堂の顔見知りの職員に心配されちゃいました。

 ウーン、これって何か考えないと拙いかしら?

 =============================

 3月29日、一部字句修正をいたしました。

    By サクラ近衛将監

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

私のスローライフはどこに消えた??  神様に異世界に勝手に連れて来られてたけど途中攫われてからがめんどくさっ!

魔悠璃
ファンタジー
タイトル変更しました。 なんか旅のお供が増え・・・。 一人でゆっくりと若返った身体で楽しく暮らそうとしていたのに・・・。 どんどん違う方向へ行っている主人公ユキヤ。 R県R市のR大学病院の個室 ベットの年配の女性はたくさんの管に繋がれて酸素吸入もされている。 ピッピッとなるのは機械音とすすり泣く声 私:[苦しい・・・息が出来ない・・・] 息子A「おふくろ頑張れ・・・」 息子B「おばあちゃん・・・」 息子B嫁「おばあちゃん・・お義母さんっ・・・」 孫3人「いやだぁ~」「おばぁ☆☆☆彡っぐ・・・」「おばあちゃ~ん泣」 ピーーーーー 医師「午後14時23分ご臨終です。」 私:[これでやっと楽になれる・・・。] 私:桐原悠稀椰64歳の生涯が終わってゆっくりと永遠の眠りにつけるはず?だったのに・・・!! なぜか異世界の女神様に召喚されたのに、 なぜか攫われて・・・ 色々な面倒に巻き込まれたり、巻き込んだり 事の発端は・・・お前だ!駄女神めぇ~!!!! R15は保険です。

売れない薬はただのゴミ ~伯爵令嬢がつぶれかけのお店を再生します~

薄味メロン
ファンタジー
周囲は、みんな敵。 欠陥品と呼ばれた令嬢が、つぶれかけのお店を立て直す。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

迷い人と当たり人〜伝説の国の魔道具で気ままに快適冒険者ライフを目指します〜

青空ばらみ
ファンタジー
 一歳で両親を亡くし母方の伯父マークがいる辺境伯領に連れて来られたパール。 伯父と一緒に暮らすお許しを辺境伯様に乞うため訪れていた辺境伯邸で、たまたま出くわした侯爵令嬢の無知な善意により 六歳で見習い冒険者になることが決定してしまった! 運良く? 『前世の記憶』を思い出し『スマッホ』のチェリーちゃんにも協力してもらいながら 立派な冒険者になるために 前世使えなかった魔法も喜んで覚え、なんだか百年に一人現れるかどうかの伝説の国に迷いこんだ『迷い人』にもなってしまって、その恩恵を受けようとする『当たり人』と呼ばれる人たちに貢がれたり…… ぜんぜん理想の田舎でまったりスローライフは送れないけど、しょうがないから伝説の国の魔道具を駆使して 気ままに快適冒険者を目指しながら 周りのみんなを無自覚でハッピーライフに巻き込んで? 楽しく生きていこうかな! ゆる〜いスローペースのご都合ファンタジーです。 小説家になろう様でも投稿をしております。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

処理中です...