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第三章 新たなる展開

3-6 アリス ~メィビスにて その四(吹奏楽コンテスト)

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 カフェで4件ほどの資料を見せられ、最終的に中心街に近く、クレアラス駅からも近い、エベレット街区の物件に内定した。
 築2年の物件であるが、高額すぎて買い手が付かなかった物件である。

 元々は資産家がコンドミニアム建設の際に注文したものらしいが、建造完了間際になってその資産家が倒産、買い手が無いまま2年ほど経っていたものである。
 8000万ルーブの物件となるとさすがに簡単には手が出ないだろう。

 資産家が購入する予定だった時は1億ルーブを予定していたペンションハウスである。
 高層のコンドミニアム屋上にある二階建ての建物であり、寝室12室にプールや庭園までついている。

 不動産業者もようやく買い手がつきそうなのでほっとしているようだ。
 下見に行って最終的に決めることにしたが、ホテルを出るにあたってまたまた一苦労しなければならない。

 不動産業者はフリッターではなく、バンタイプの浮上車で来ていた。
 運転席は外から見えるが、貨物などを入れる荷台はスモークガラスで内部が外からは見えないものであるらしい。

 浮上車はホテル地下の駐車場に入れてあるようだ。
 結局その浮上車で物件の確認に出かけた。

 流石に不動産業者のロゴを付けたバンタイプの浮上車を注意している者は居なかった。
 カフェで会っているところは見られたかもしれないが、一旦分かれて彼らは地下へ、私達二人は一旦20階まで上がってから地下へ直行したのである。

 物件は2年前のものではあったが未使用であり、十分に新しい。
 不動産業者は入居前に信用のおける清掃業者を入れると約束した。

 その上でマイクは、個人情報の秘密厳守と内装の模様替えのためインテリアデザイナーをオーダーした。
 模様替えの相談のため、業者手配のインテリアデザイナーには、三日後に来てもらうことにした。

 面談の場所はマイクの部屋である。
 物件の確認を終えて、再度不動産業者の浮上車に乗ってホテルに戻った私達である。

 不動産の売買契約も三日後にしてもらった。
 その日夕刻にデータ解析が終了し、概ね予測通りの結果が出た。

 ハマセドリンの原材料は、少なくとも27種類の有機物質が含まれており、その大部分がC結晶体の格子を潜り抜けるには少し大きめの分子構造であり、その複雑な構造はこれまで見たことの無いものであった。
 一方、ハマセドリンは、少なくとも三種類の有機物が含まれており、その内2種類はおそらく不要の物質ではないかと思われた。

 マイクと一緒に垣間見た生体内の動きからすると、それらの物質はむしろ血液中の抗体に捉えられていたので身体に害をなす可能性もある。
 それらは格子状結晶を通り抜けてしまった比較的小さな有機物質であることが伺えた。
対策としては格子の大きさが異なる浸透膜でろ過して排除してしまうことが一番の方策だった。

 但し、当初考えていたことよりもかなり問題があった。
 ハマセドリンの有効成分の直径は4.26  -9トラン、長さは21.36  -9トランの螺旋状構造をなしている。

 一方で、二つの不要成分は直径が4.22  -9トランと1.64  -9トランである。
後者の方は、ハマセドリンよりもかなり小さいので分離できる可能性もあるが、前者は僅かに0.04  -9トランつまり1000億分の4トランしか差がないのだから分離が非常に難しいのではないかと思うのである。
 それほどの差だけで分離できるような浸透膜は現在のところない。

 マイクに説明すると、マイクも同じ考えを示した。

「中空の化学繊維を使った逆浸透膜には色々あるけれど、確かにそれだけの差では分離は難しいね。
 それに結構中空糸にも製造時のばらつきがあるからね。
 でも、一つ可能性があるのは、銅に反応した新しいハマセドリンを確認したらどうかな。
 一つには、密度の違いで分離した液にはそれらの不要物が含まれていない可能性があるし、分子の長さだけではなく性状も変わっている可能性がある。
 例えば粘性とか或いはらせん構造とか、生体内で受け入れられるためには相応の変化がないと単なる長分子構造だけでは無理だよ。
 例えば生体内でアミノ酸に反応して何らかの変化を起こすとかね。
 その逆もあり得る。
 いずれにしろ、不要物ではないのだから体内のどこかに吸収されている。
 その過程の中で必要な物だけを選別できればいい。」

「その分離した新しい液はまだ持っているの?」

「ああ、僕のポケットにしまってある。」

「ポケット?
 ああ、例の見えないポケットね。
 一瞬ズボンのポケットに入れているのかと思っちゃった。」

 二人顔を突き合わせて笑った。


◇◇◇◇ コンテスト ◇◇◇◇

 翌朝は再度早朝にホテルを出た。
 早朝の時間だと報道関係者も姿を見せない。

 念のため簡単な変装をし、一人ずつホテルを出て、途中で落ち合った。
 ホテルからそう離れてはいないポートレンド記念公園である。

 早朝の公園であるが初夏の日の出は早い。
 それに合わせてジョギングをしている市民が相当数いる。

 そんな中に正装に近い格好の二人が歩いているのは場違いも甚だしい。
 当然に目立つのだが私は大きなハットをかぶり、頭から被っているスカーフで顔の半分を覆って輪郭がわからないようにしている上に、大きめのサングラスをしているので、余程、顔を知っている者でもなければ判別は無理だろう。

 マイクは、どちらかというと不細工な角ばった眼鏡をかけているが、それだけで表情と見た感じが変わってしまい、マイクだとは見えないのである。
 今日は、ヤノシア方面ハイスクール吹奏楽コンテストが、午前10時からファーボーズ記念音楽堂で開催されるのである。

 私達は短い間の師弟関係ではあったが、カインズ・ハイスクールの生徒たちの晴れ舞台を見に行かなくてはならないのである。
 ゆっくりと二人で散策する遊歩道はやや薄い黄色の花を付けているハックルフェスの並木道であり、柑橘系の甘い匂いと共に清々しい気分になれる香りが漂っている。

 空には所々にぽっかりと雲が浮いているものの、とても良い天気である。
 お花畑には色とりどりの蝶々が群れていた。

 ゆっくりとした時の流れにひたれることが何よりである。
 公園の中央付近にある噴水で暫し足を止め、様々に形を変える噴水をベンチに座って眺めた。

 9時半近くになり、公園の外れに位置するファーボーズ記念音楽堂へと向かった。
 ファーボーズ記念音楽堂は、建造されてから既に30年ほど経っているが、音楽の殿堂として内外に有名であり、時折、クラシックの演奏会が催されるようである。

 外観は重々しい感じの石造りであるが、内部は当時の技術の粋を尽くして造られた音響効果の高い建造物なのである。
 演奏が行われる舞台を中心に120度の方向に客席が扇状に広がり、緩やかな傾斜になっている。

 入場券を購入すると指定席が与えられる。
 マイクは、音響効果の高い客席中央の特別指定席を選んだ。

 中に入ると既に半分ほども席が埋まっている。
 前列の席は、制服姿のハイスクール生徒が埋め尽くしていた。

 異なる制服姿でそれぞれにまとまっているところから見て、今日のコンテスト出場チームなのであろう。
 カインズ・ハイスクールの生徒たちの姿も見ることができた。

 扇形客席の壁際に近い場所は安いチケットになるが、そこにもバラバラな制服姿のハイスクール生徒たちや大人たちが見られる。
 こちらはおそらくメィビスのチームの応援ではないかと思われる。

 私達の席の三つほど前にテーブルが据え付けられた審査員席がある。
 開演10分ほど前になって会場の客席が次第に埋まり始めた。

 私は、ハットを脱ぎ、スカーフを外した。
 女性の場合は帽子を被っていても差し支えないのだが、背後に座る客の邪魔にならないよう配慮したのである。

 サングラスはそのままである。
 開演5分前になって、審査員が現れ着席した。

 プログラムには審査員の名が記載されている。
 審査委員長は、ファルド・コーンウィスキー氏、確かクレアラス交響楽団の指揮者を長らく務めた人であったはずだ。

 その他に6名の審査員がいる。
 午前中に規定曲の演奏、午後から自由選定曲の演奏であり、午前中の規定曲の得点により、午後の出番が決る。

 規定曲の得点が多いほど後の出番になる。
 10時少し前に開幕した。

 既に一番目の出場者チームが準備を終えて舞台に着席していた。
 開幕の案内と共に司会者が進み出て、挨拶をなし、審査委員を一人一人紹介した。

 その後、一チーム目の演奏が始まった。
 一チーム目はロンバルド星系の代表、セクサダル・ハイスクールであった。

 そこそこに上手な演奏ではあったものの、アラも目立った。
 舞台の右隅にあるスクリーンに演奏が終わると審査員の得点が表示される仕組みになっている。

 最高は78.9、最低は審査委員長の72.1で合計得点は542.7点である。
 左程高くはない得点ではあるものの、聴衆は惜しみない拍手をした。

 演奏が終わると舞台の上で入れ替えが行われる。
 下手側にセクサダルが退去し、上手側から二番手のチームが入ってくるのである。

 チームごとに演奏人数が異なるので、その椅子を撤去したり追加したりするのが裏方さんの仕事である。
時には配置だけ変えることもある。
 これらの動きは幕を開けたままで行われる。

 普通のコンサートで有ればその都度幕を上げ下げするのだが、その時間が勿体ないのである。
 何しろ10チームの演奏を10時から12時までの間に行わなければならないからだ。
規定曲の演奏自体は7分程度である。
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