上 下
17 / 99
第二章 それぞれの出会い

2-12 アリス ~超能力 その三(ワームホール)

しおりを挟む
 目覚めはいつもと変わらず、いや、いつもより快適で気分爽快だったかもしれない。
 着替えをしている最中に、マイクを呼んでみた。

 昨日の感触がマイクを覚えており、さほど苦労もせずにマイクと接触できた。

『マイク、おはよう。』

 すぐに返事が返ってきた。

『おはよう。
 アリス。
 気分は上々かな?』

『あら、本当に簡単につながっちゃったわ。
 気分は上々よ。
 朝食で会いましょう。』

『うん、じゃぁ、後で。』

 マイクとはいつも7時7分にレ・ビスタの前で待ち合わせている。
 今日までは昼食と夕食も、いつものレストランだが、明日以降は、一日おきに別のレストランで食事をすることで約束をしている。

 但し、正装の晩餐会は必ず出席するようにしている。
 そのための欠食表も既に記載していた。

 レストランはラドレーヌ風、カリアスレ風など全部で12店ある。
 それらを順繰りに試すだけで少なくとも12日かかる。

 昼食と夕食を置き換えると24日掛かることになるだろう。
 いつものように朝食を食べながら、楽しくおしゃべりをした。

 毎度のことだが、マイクの博学振りには驚かされる。
 私が専攻していた有機化学についても専門用語は間違いなく知っている。

 マイクの話だと、ディラ生の口頭試問には全ての学部の修士課程修了程度の知識まで試されたそうである。
 本来、ディラ生は大学卒業程度の知識でよい筈なのだが、修士課程は無論のこと最新の論文にまで目を通しておかないと答えられないような質問が出たという。

 大学側が難関度のレベルを上げるためにそうしているらしい。
 ハーパー学園大学部では過去に受験した者すらいない筈である。

 今日は気象学について、教えてもらった。
 驚いたことに通常の会話をしながら、マイクがテレパスで話しかけてきた。

 最初は自分でも慌てたものの、すぐにそれにも慣れてしまい。
 全く違う話を会話とテレパシーで交わしているのだから、我ながら感心してしまう。

 最後に、マイクが気象学の専門書数冊分の知識を投げてよこした時にはびっくりした。
 そうしてなぜかすんなりと受け入れてしまった自分の頭にも二度びっくりである。

 どういうわけか、綺麗に整理されて頭に残っているのである。
 朝食の後は、いつものように運動だがそれに一つメニューが加わった。

 護身術である。
 一日おきの音楽室詣での合間に、そのまま格闘術の練習場所に入り、それこそ手取り足取りで護身術を教えてもらった。

 私は意外と身体が柔らかいからすぐに特殊な動きにも慣れた。
 今のところは型だけだが、徐々に実践的な打撃なども訓練してくれるという。

 例えば拳でヒトを打撃したりすれば、自分の拳も痛めてしまう。
 普通そのために拳なども砂やサンドバッグで鍛えるのだそうだが、タコで拳がごつごつとしてしまうからそれを避けるためにテレキネシスを併用するのだそうだ。

 そうしてテレキネシスが有る程度使えるようになるまでは、そうした打撃訓練もお預けなのだそうだ。
 翌日の音楽室での重奏の際には、テレパス能力で楽譜を確認しながら初見で演奏する方法を教えてもらった。

 譜面を読んで音を頭の中で組み立てるのだが、そこに合いの手のようにマイクが別の音を入れてくれる。
 そうすると実際に演奏せずにその雰囲気がわかるのである。

 そうして細かい部分への配慮が可能になる。
 私の演奏レベルが確実に上がっていた。

 夕食後にはテレキネシスの手ほどきを受けた。
 小さな柔らかい球を動かせるようにする訓練である。

 これは一人でも訓練はできるが余り無理をせずに、少しずつやるといいと言われた。
 左程無理もしていないが、1週間後にはその球を自在に動かすことができるようになり、宙に浮かせることもできるようになったのである。

 それから対象が徐々に大きく重いものに変わって行った。
 アルタミル出発から23日目には重量80ムーロを超える居室の鉢植えを空中に浮かばせることができるようになっていた。

 無論カスリンが居ない時の話である。
 訓練次第では、自分の生身の力で鉢植えを持ちあげることも出来るかもしれないが、いくら腕力があっても結構難しいだろうことは予想がついた。

 少なくとも今の自分の生身の筋肉にそれができるとは思えない。
 それを割に簡単に浮かばせることが出来たのだから、大したものである。

 昼食時にそのことをテレパシーで話すと、マイクが言った。

『じゃぁ、明日からはテレキネシスを手足に載せる訓練だね。
 それが上手くできるようになったら、実践的な打撃訓練をしよう。
 それで護身術の授業はおしまいだよ。』

 その日午後3時にワームホールへの侵入が予定されていた。


◇◇◇◇ ワームホール ◇◇◇◇

 ワームホールを抜けるとそこはもうメィビス星系の外縁に当たる。
 其の10分前には、私はカスリンと共に居室の壁際の椅子に座り、シートレストを降ろして待機していた。

 マイクからテレパシーで連絡が来た。

『間もなく、ワームホールに入るけれど、このままリンクしておこう。
 滅多にできない経験ではあるけれど、驚かないようにね。』

『マイクと一緒なら、どんな時でも安心できるわ。』

 船内放送がカウントダウンを始めた。
 30秒前から始まったカウントダウンは1まで数えて止まった。

 途端に全ての音が一斉に消えた。
 居室内の僅かな機械音すら消えていた。

 眼は見えるが、視線は動かない。
 手足も全く微動だにしなかった。

 マイクから予め聞いていたことだったが、流石にこの感触は言い難い恐怖でもあった。
 身動き一つできない中で意識だけが動いている。

 マイクとつながっていることだけが救いであった。
 確かにそうでもなければ気が狂うかもしれない。

 目覚めているのに身体が動かないというのは理由がわからないだけに恐ろしい。
 その内に目の前に朧な光が出現した。

 全くの無音の中で怪しげな光だけが明滅しつつ空間をゆっくりと蠢いている。

『マイク、目の前に何か見えるんだけれど、そこいらじゅうにいるみたい。
 これは、何?』

『正直な所、僕にもわからない。
 もしかすると、ワームホールの圧縮された時空の中に存在する生き物かも知れないね。
 人為的なワープではそうした生き物と話ができることも確認されているけれど、ここはどちらかと言えば自然にできた空間のトンネルだからね、そうした生き物とは異なるかもしれないし、存在の時空そのものが異なるかもしれないから意思の疎通はでき無いようだ。
 何となく、向こうはこちらを知覚しているような気はするけれど、違うかもしれない。』

 人為的なワープなどとマイクが妙なことを言ったのだが、その時には気づかずに聞き流してしまった。

『これって、どれぐらい続くの?』

『残念ながら、時計も止まっているからね。
 時間経過は不明だよ。
 前回、メィビスからアルタミルに行くときに経験しただけなのだけれど、主観的時間で少なくとも1時間から2時間は続いたような気がする。』

『まぁ、そんなに長いの?
 嫌だわ、生理現象が起きたら困っちゃうじゃないの。』

 テレパスで笑い声が送られてきた。

『前にも説明したような気がするけれど、普通の人は一瞬の時間しか認識していないんだよ。
 君の身体も同じ状態さ。
 瞼が開いたままで、10分間もそのままなら、普通は眼が干せ乾びてしまう。
 でも実際にはおそらく千分の一秒も掛かってはいないだろうね。
 因みに僕の瞼は半分閉じた状態で止まっているよ。
 半眼状態だよね。』

『じゃぁ、私たちの意識だけがほんの短い時間を延伸して知覚しているということなの?』

『多分、そう言うことだろう。
 夢というのは人が寝ている状態で脳の内で再現しているものだけれど、実はものすごく短い時間の中で見ているものらしい。
 そうして、その大半を目覚めた時には覚えてはいない。
 稀に最後の夢の一部だけを覚えているのが人の語る夢でもある。
 人の脳って結構能力を持っているんだよ。
 物凄い速さで色々な知覚をし、判断をしている。
 その複雑さは未だに人工知能を負かすのに十分な力をもっている。』

 私はマイクと一緒に話を続けた。
 多分そのお蔭で正気を保てたのじゃないかと思う。

 居室の見える範囲は何も変わらない。
 実際に有るものは位置も光の強さも変わらないが、その前後に見え隠れする異界の様子は徐々に変化して行った。
暗い雰囲気もあれば明るい雰囲気もある。

 小さな光球が雪片に変わる場合もあれば、大きな人魂のように尾を引くこともある。
 いずれにしろ異界の住民たちは動き回り、変化し続けてその存在を私達に知らせているようだった。

 どのぐらいの時間が過ぎたのか本当に判らないが唐突に、それらが消えた。
 そうして壁の時計が動き始め、視線が動かせた。

 ついでに手のぬくもりと自分の鼓動が感じられた。
 それから間もなく船内放送があった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

コンバット

サクラ近衛将監
ファンタジー
 藤堂 忍は、10歳の頃に難病に指定されているALS(amyotrophic lateral sclerosis:筋萎縮性側索硬化症)を発症した。  ALSは発症してから平均3年半で死に至るが、遅いケースでは10年以上にわたり闘病する場合もある。  忍は、不屈の闘志で最後まで運命に抗った。  担当医師の見立てでは、精々5年以内という余命期間を大幅に延長し、12年間の壮絶な闘病生活の果てについに力尽きて亡くなった。  その陰で家族の献身的な助力があったことは間違いないが、何よりも忍自身の生きようとする意志の力が大いに働いていたのである。  その超人的な精神の強靭さゆえに忍の生き様は、天上界の神々の心も揺り動かしていた。  かくして天上界でも類稀な神々の総意に依り、忍の魂は異なる世界への転生という形で蘇ることが許されたのである。  この物語は、地球世界に生を受けながらも、その生を満喫できないまま死に至った一人の若い女性の魂が、神々の助力により異世界で新たな生を受け、神々の加護を受けつつ新たな人生を歩む姿を描いたものである。  しかしながら、神々の意向とは裏腹に、転生した魂は、新たな闘いの場に身を投じることになった。  この物語は「カクヨム様」にも同時投稿します。  一応不定期なのですが、土曜の午後8時に投稿するよう努力いたします。

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。

世界を滅ぼす?魔王の子に転生した女子高生。レベル1の村人にタコ殴りされるくらい弱い私が、いつしか世界を征服する大魔王になる物語であーる。

ninjin
ファンタジー
 魔王の子供に転生した女子高生。絶大なる魔力を魔王から引き継ぐが、悪魔が怖くて悪魔との契約に失敗してしまう。  悪魔との契約は、絶大なる特殊能力を手に入れる大事な儀式である。その悪魔との契約に失敗した主人公ルシスは、天使様にみそめられて、7大天使様と契約することになる。  しかし、魔王が天使と契約するには、大きな犠牲が伴うのであった。それは、5年間魔力を失うのであった。  魔力を失ったルシスは、レベル1の村人にもタコ殴りされるくらいに弱くなり、魔界の魔王書庫に幽閉される。  魔王書庫にてルシスは、秘密裏に7大天使様の力を借りて、壮絶な特訓を受けて、魔力を取り戻した時のために力を蓄えていた。  しかし、10歳の誕生日を迎えて、絶大なる魔力を取り戻す前日に、ルシスは魔界から追放されてしまうのであった。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

神の手違い転生。悪と理不尽と運命を無双します!

yoshikazu
ファンタジー
橘 涼太。高校1年生。突然の交通事故で命を落としてしまう。 しかしそれは神のミスによるものだった。 神は橘 涼太の魂を神界に呼び謝罪する。その時、神は橘 涼太を気に入ってしまう。 そして橘 涼太に提案をする。 『魔法と剣の世界に転生してみないか?』と。 橘 涼太は快く承諾して記憶を消されて転生先へと旅立ちミハエルとなる。 しかし神は転生先のステータスの平均設定を勘違いして気付いた時には100倍の設定になっていた。 さらにミハエルは〈光の加護〉を受けておりステータスが合わせて1000倍になりスキルも数と質がパワーアップしていたのだ。 これは神の手違いでミハエルがとてつもないステータスとスキルを提げて世の中の悪と理不尽と運命に立ち向かう物語である。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~

松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。 なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。 生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。 しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。 二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。 婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。 カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。

処理中です...