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第二章 それぞれの出会い

2-4 マルス ~戦役と初陣 その二(秘密作戦)

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 マルスの言上ですぐに陣屋が動きだし、それから間もなくボノリス城塞周辺に陣屋を置く全ての騎士団旗1枚ずつが、集められた。
 団旗は通常百名につき1枚の旗を有するから団旗が多ければ多いほど騎士が多いことを示している。

 ボノリス城塞ではその夜のうちに団旗の複製が徹夜で行われた。
 中には参加予定のない遠方の荘園の団旗までが偽造された。

 デッカー将軍が全ての責任を負うからと言って命じたのである。
 本来騎士団の旗を他人が複製したり、模造することは禁止されている。

 だが、緊急事態の中でそのような体裁ていさいにこだわらない度量を将軍が見せたのである。
 こうして急遽造られた団旗は総数で160枚、本来の騎士団が保有する団旗と併せると総数で220枚になった。

 旗だけ見れば間違いなく2万を超える大軍が存在することになる。
 そうして翌朝、6つの騎士団が地元猟師の案内でクラカン丘に向かったのである。

 クラカン丘に軍勢の先頭が到着した途端、丘に入り込んでいた敵軍斥候と鉢合わせした。
 たちまちのうちに斥候は切り捨てられた。

 物見の報告では公国軍の先頭は20レグルほど先にまで迫っているようだが、そこからの進軍はかなり慎重に行っているそうである。
 峠を越えた後の隘路とはいってもところどころに開けた場所はあり、待ち伏せなどに対応するために広範囲に山中に斥候を出しているのでどうしても進軍が遅くなるようである。

 クラカン丘から隘路の出口までは極めて近い。
 馬で走れば僅かの時で移動できるだろう。

 こちらが隘路に入り込んでしまっては、公国軍と同じく大人数での進軍ができないので迎撃も難しいが、隘路から出た直後ならば襲撃は三方からできる。
 丘から実際に眺めた様相は間違いなくクラカン丘が戦のかなめであった。

 細い山道を通り抜けた6騎士団は次々に騎士団旗を立て始めていた。
 予め打ち合わせの通り、一定の間隔を開けて、騎士団ごとに配分された場所に揚げられた騎士団旗の群れは壮観であった。

 その上で中央には陣屋の幕を盛大に張ったが、その内部にはテントがほんの少しだけである。
 騎士は一切の無駄口を厳禁されたうえで、騎士団旗の周囲を広く三重に警護を始めた。

 6千名で2万の大軍に見せかけようとするのである。
 一人が三役ほどをしなければならないのだが、実際には夜間は三分の一ほどの人員で対応することにしている。

 読み通り公国軍の進軍が隘路の出口手前で止まった。
 おそらくは斥候がクラカン丘の布陣の様子を知らせたのであろう。

 2万もの大軍が地の利を得て布陣している近くには寄りつこうとはしない。
 誰しもが、尖兵となって死地に突入はしたくないからである。

 しかしながら公国軍もこの峠からの隘路でいつまでも対峙はできなかった。
 後方の指揮官から非情な指示が届いたのは翌日の事であった。

 突入を命じられた指揮官は、止むを得ず、千名ほどの先陣を動かした。
 恐る恐る隘路を進む目の前にクラカン丘が見え始め、そこに200を超える騎士団旗が翻っているのを確認すると一気に心がえて来る。

 そうして彼らは見た。
 丘から旗の三分の一ほどが移動を始めたのである。

 丘を駆け下りるには僅かの時間を要するだけだろう。
 公国軍の足は隘路を出る前に止まった。

 物見役が団旗の数を報告した。

「向かってくる旗の数60。」

 この時点で突入は無理と判断された。
 先陣を命じられた者は、きびすを返して隘路に戻り始めた。

 僅かに千名で6千名に当たれば間違いなく各個撃破されてしまう。
 隘路からの援軍はすぐには期待できないからである。

 千名が包囲殲滅せんめつされる時間内に敵軍と同数が後方から戦場に駆け付けるのは到底無理と判断されたからである。
 しかもその倍以上の敵が更に背後に控えているのだからどうあがいても援軍も期待はできない。

 援軍を押し出せば待機している敵軍もその規模に応じて動き出すに違いないからである。
 最後尾の軍は、隘路の出口から20レグルほども背後にいるはずである。

 公国軍は2万、だが眼前の敵はそれを上回る敵なのだから小出しに援軍を出しては絶対に勝てない相手である。
 王国軍は彼らが引き上げ始めるのを確認して、再度丘にゆっくりと戻って行ったのをベンシャ軍斥候が確認した。

 指揮官は隘路を避けて山間部を迂回する道を探すように配下の者には指示したのではあるが、あいにくと敵地である。
 そうそう、周辺の地理を承知している者はいない。

 山間部に入り込んだ斥候は、仮に道らしきものを見つけたにしても簡単に原隊に戻ることもできないほど困難な地形と密な森が間にあったのである。
 その日は公国軍も進軍が止まったままであった。

 その日の陽が落ちてからボノリス城塞方面から多数の松明がゆっくりと隘路の前面域に進軍してきた。
 デッカー将軍率いる援軍である。

 その数1万4千。
 翌朝公国軍の斥候は騎士団旗を140前後と数え、確かにそのぐらいの人数が前面域で布陣したのを確認した。

 丘の上の2万2千と併せてその数3万6千。
 王国軍は公国軍の1.5倍を上回ると判断された。

 公国軍は引き上げを命ずるかどうか判断に迷っていた。
 だが、その夕刻には公国軍に極めて悪い情報が入ってきた。

 後方中ほどに位置する荷駄にだ隊が王国軍の敵襲を受け、荷駄の大半が隘路の崖下に投げ込まれ、或いは火をつけられたというのである。
 荷駄隊は食糧を保管していた。

 およそ三分の二の食糧を失って、残余分は2万の将兵では四日分しかないという。
 すぐに伝令が走って、食料補給を公国側城塞のあるノモクスに連絡させたが、早くて食料が届くのは五日後になる。

 その三日後動くに動けない公国軍に更なる衝撃的な情報が舞い込んだ。
 ダンバル峠の峡谷部分で大規模な崖崩れが発生し、峠道が通行不能となってしまったのである。

 峠を警備していた兵士は夜間に大きな轟音と共に壁面のかなりの部分が崩れ、峠道を完全に岩石が覆ってしまって、徒歩でも通行困難と報告してきた。
 無論その時点で食料は公国軍には届いていなかった。

 公国軍は食料の配給を制限していたが、それでもそれから三日が限度であり、公国軍は飢餓の危機に陥った。
 王国軍に動きは無い。

 公国軍が隘路から出てくるのをひたすら待っているようだった。
 崖崩れが発生してから五日後、遂に公国軍から白旗を掲げた使者がデッカー将軍の前に現れた。

 公国軍将兵2万が投降するので命を救ってほしいという。
 公国軍は既に二日ほども何も食べていないと言う。

 ベンシャ軍とバルディアス軍の戦はこうしてあっけなく終わった。
 双方に左程の被害は無かったが、ベンシャ軍2万の将兵は虜囚となって、半年後ダンバル峠の開通と共にベンシャに屈辱の帰国を果たしたのである。

 焼け落ちたバルディアスの砦はその間に再興されていた。
 ベンシャ軍の荷駄隊を襲ったのは、カルベック騎士団の分隊であった。

 地元猟師に案内されて獣道を密かに進んだカルベック騎士団50騎ほどが夜陰に乗じて荷駄隊を急襲したものだった。
 これもまたマルスの進言によるものであり、ノーム伯爵の一存で決められた作戦である。

 荷駄隊は大分奥まった場所に居たので安心しきっており、警備はずさんであった。
 襲撃に加わった騎士団は、襲撃に一応成功するとすぐに山の中に撤退し、猟師の一人が案内して無事にクラカン丘に戻ったが、同行したマルスと二人の若い騎士見習いは更に奥に入り込み、ダンバル峠の峡谷山頂部に達したのである。

 山頂部に至る道筋は騎馬では到底無理であり、猟師の一人と三人の若者は正しく急峻きゅうしゅんな山をよじ登ったのである。
 そうしてマルスに言われるまま持参した品物を山の上で調合した。

 夜半になって、マルスは、その品を持ってロープで断崖絶壁の頂部から四分の一ほども断崖を降り、崩れやすい崖の岩棚にそれをおき、長い火縄に火をつけて崖をよじ登ってきた。
 全てが月明かりの中で行われ、マルスが仕掛けた火薬が轟音と共に爆発するとたちまち岩なだれのように岩壁が崩れ、峠道を完全に塞いだのである。

 マルスたち一行4人は、ちょうど白旗を掲げた公国軍の使者が将軍の前に現れる直前になって騎士団に戻って来たのである。
 ノームは荷駄隊襲撃の計画は聞いていたが、峠道の閉塞までは聞いていなかったので、勝手に危険な作戦を実行したマルスをしかったが、その顔は笑っていた。

 失敗すれば確かに問題であったが、実際に成功してしまえば、いかなる無茶な作戦であっても誉められこそすれ罰を与える理由も無くなる。
 ましてその帰着後に2万もの大軍が降伏してきたとなれば何をか言わんやである。

 マルスは約束通り母レアの元へ父ノームを無事送り届けることができたのである。
 この話は、若者たちは黙っていたし、ノーム伯爵も手柄話の如く吹聴はしたくなかったので内密にしていたのだが、案内した猟師の口からエミアス子爵を通じてデッカー将軍にまで漏れていた。

 そのため、騎士団がカルベック領内に戻って5日後には、王都サドベランスから使者が来て、伯爵の元へ国王の封書を届けたのである。
 封書の内容は、王命により此度の戦役で特に功のあった者を表彰するので、伯爵と共にその子息マルス、並びにそれに付き添った二人の若者レナンとデラウェアを王都へ連れて参れという内容だった。

 王都への出頭は10日後に指定されていた。
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