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序章-ウリ・バルデンでの珈琲-

06『別世界での最初の二杯』

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実験の開始が約束されてから一週間後…ガムラ魔術学園に複数設けられた、魔術研究室の一室の主であるシナモンとキシルの実験が本格的に始動していた…

「コーヒーの実を乾燥させる為に必要な金網と送風機を、術式で造れるなんてモンちゃんって器用だね。」
キシルは、夕日が差す研究室の窓際に置かれた、コーヒー豆の乾燥台一式の創造主であるシナモンを褒める。

「キシルさん、ありがとうございます。…ゴーレムや結界と言った創造系統の術式は得意なのですが、その代わり戦闘関係の術式は苦手なんですよ…」
短く感謝を述べたシナモンは、微笑みながら謙遜したあと言葉を続ける。

「キシルさんが遭難された際の報告書を拝見しましたが、銃火器の扱いに長けているのも素晴らしいと思いますよ…どうして上手いのですか?」
一定のリズムで送風機の音が聞こえるなか、シナモンが探求心を満たす。

「うん…親の影響でハンティングが趣味だからかなぁ~(まぁ…元いた世界でハンティングしていたのは仕事の一種で…標的は、動物じゃなくて…)」
キシルは、少し考える素振りを見せた上で答える。

「まぁ、狩猟を嗜まれているのですね!」
シナモンは、嬉々とした声を上げる。

「それじゃあ…果実の外皮と種子を分離しようか…」
工程を進行させる為に、キシルが促す。

「そうですね…小麦の回転式の脱穀機に似せて、私の術式でコーヒー豆の脱穀機を創造してみましたが…上手くいくかどうか…」
不安を口にしたシナモンの視線の先にある機械は…乾燥させたコーヒーの実を上部の投入口から入れ、内部にある回転する刃に当たる事で、果実の外皮とコーヒーに使用する種子を分離した状態で排出される機能を持つ。

「まぁ、最初から上手くいく事なんて先ずないから…取り敢えずやるしかないよね。」
そう鼓舞したキシルは、乾燥させる事でサクランボのような赤い色から、深い紫色へと変化した果実を試作の脱穀機へと投入していく…

「そうですわね…それでは…」
そう意気込んだキシルは、回転式の脱穀機の右横についたハンドルを回していく。

すると、脱穀機が一定のリズム音と共に…機械の前面から外皮が…後部から種子が続々と排出されていく…

「よし…上手く分離されてるみたい…」
キシルは、排出されたコーヒーの白い種子…即ちコーヒーの生豆の状態を確認する。
「そうですか、良かった。」
シナモンも一安心する。

一度、脱穀機に入れただけでは分離出来なかった果実を再度、投入口へと入れていくキシル…

「うん…脱穀の工程は終わったね。」
「はい、お次が加熱…焙煎と言われていた工程でしょうか?」
作業を一つ終わらせたキシルに対して、シナモンが問い掛ける。

「そうなんだけど…その前に、形が欠けた豆を取り除く工程があってね…」
そう告げたキシルは、形の悪い豆を取捨選択し捨てていく…
「私もやりたいです。」
シナモンは子供のような好奇心を見せる。

そうして二人で、丸みのあるコーヒー豆だけを選んでいると…窓越しの景色がすっかりと夜空へと変わっていた…

「じゃあ、焙煎していくよ。」
「えぇ…キシルさん、頼まれていた金網状の楕円体の物を創造しました。」
そう答えたシナモンは…横幅30センチ、高さ25センチ程度の小型の手回し型の焙煎機を取り出し…その焙煎機の下へ研究室にある簡易調理器具のポータブルストーブを置く。

「じゃあ、コーヒー豆を金網の中に入れて…火を付ける。」
キシルは、マッチでアルコールランプを点火すると同時に、精密時計クロノグラフで時間経過を測定し始める。

そして…焙煎機のハンドルを回すキシルの様子を、無言でシナモンが見守る…

加熱開始から3分を経過したタイミングでコーヒー豆から蒸気が出始め…

「コーヒー豆の色が変化し始めましたわ…」
好奇心を溢したシナモンの言葉通り…加熱開始から5分経過すると、白い豆の色が、黄色から茶色へと変遷していく…

加熱開始から8分経過すると、コーヒー豆からパチパチっと音が聞こえ始めてくる…

「うん、1ハゼが来た…このタイミングで、ハンドルを回す速度を上げる…」
キシルは、コーヒー豆が発する音に更に集中する。

更に加熱を進めていくと…パチパチっという音が治まり…
それに合わせてキシルは、ハンドルを回す速度を緩める。

「モンちゃん、そろそろ火から下ろすから、コランダーの用意しておいて…」
キシルの言葉とほぼ同時に、今度はコーヒー豆からピチピチっと…さっきとは異なる音が聞こえ始めてくる。

「はい、分かりました。」
そう答えたシナモンは、ホーロー製のザルを焙煎機の近くへ持ってくる…

「これでシティロースト位かな…」
コーヒー豆の焙煎度合いを判断したキシルは、火元から焙煎機を離し…シナモンが用意したザルへと移すと、黒くなった豆を素早くまんべんなく広げる。

「送風機で一気に冷やすのですね?」
「うん、お願い。」
シナモンが乾燥させる工程でも使用していた送風機を持ってきて…下からザルの上で広がる豆へと当てる。

「ふぅ…コーヒー豆が冷めるまで少し休憩しよっか…」
一呼吸したキシルの頬から熱い汗が流れ落ちる。
「そうですわね…水分補給しましょう。」
シナモンが、水を2つのコップに注いでいく…

「今回、焙煎した豆の一部を使ってコーヒーミルを試作するしかないから…取り敢えず今日は、ペッパーミルの改良版で豆を挽くしかないね…」
そう伝えたキシルは、コーヒー豆が冷めた事を手触りで確認する。

「焙煎したコーヒー豆も黒くて…それをペッパーミルで挽くなんて不思議な感覚ですね…」
シナモンがペッパーミルの中へ、コーヒー豆を2杯分の約20グラム入れ…時計回りに挽いていく…

「胡椒と同じく挽きたて特有の匂いがしますね…」
シナモンは、ペッパーミルの下に置いている容器に、積もっていく黒い粉を物珍しい視線を送る。

「お湯で抽出したらもっと匂うよ…う~ん、少し粗挽き過ぎたかな…」
キシルは、今後の改善点を見つけつつ…工程を進行させる。

「それじゃあ…最後の抽出をしていこうか…」
「アレを使うのですね。」
キシルの言葉に対して、シナモンは不敵な笑みを見せながら…研究室の備品棚から、実験器具のロートとフラスコ…そして、フラスコ用のスタンド、ろ過器を取り出す。

「飲み物を淹れるというよりは…隣国のプロインラント連邦で主に発展している錬金術キミアみたいですね…フッフフ…」
研究者としての感性を刺激されるシナモンが、お湯の準備も進める。

「まぁ、確かにこの淹れ方は、科学っぽいよね…」
そう答えたキシルは、フィルター用の布をろ過器に被せ、固定してから…ロートの下部に隙間が出来ない様に押し込む。

「科学?…確か、錬金術よりも進んだ技術分野でしたわよね…キシルさんって、私たちの国ウリ・バルデンでは本当に見かけない変わり者ですわ…勿論、良い意味でですよ!」
シナモンの焦りに合わせるかの様に、お湯が沸騰し終わる。

「分かってるって、ありがとう…沸騰も終わったみたいだし…フラスコにお湯を入れてっと…」
別世界での友人に対して微笑んだキシルは、お湯が入ったフラスコをスタンドに設置し…アルコールランプの火でフラスコの下部を更に加熱させると…更にロートへ挽きたてのコーヒー豆を入れる。

そして、フラスコの上部に乗せたロートへお湯が昇り始め…コーヒーの抽出が始まる…

「うん…このタイミングで一度、コーヒーの粉を軽くかくはんさせる…」
キシルが木製の匙で混ぜる様子を、シナモンが見守る。

コーヒーの抽出開始から、1分ほど経過したことを確認したキシルは再びコーヒーを軽く混ぜ、アルコールランプの火に対して蓋をし…加熱を終了する。

すると、上部にあった抽出されたコーヒーが、下部のフラスコへと戻っていく…

「よし、完成…」
キシルの短い言葉に対して、シナモンもオォ…っと短く返す。

フラスコを手にしたキシルが、2つのティーカップへとコーヒーを注いでいくと…挽きたてのコーヒーの香りが更に漂う…

「これがコーヒー…良い香りですわね…」
シナモンは、ようやく手にする事が出来る未知の飲み物に対して感嘆する。
「苦いと思うから、少しずつ飲んで。」
そう諭したキシルは、先ず香りから楽しむ…

「うん…粗挽きだったからあっさりしているけど、確かにコーヒーの香りと味がする。」
別世界に転移してから初めて好物を口にしたキシルの表情がほころぶ…

「私も好きになれそうな味わいです…紅茶と同様に砂糖を少し入れると美味しく頂けそうです。」
初めてのコーヒーを吟味したシナモンが、所感を述べる。

「確かに、砂糖を少し入れて飲むのもアリだよね。」
シナモンの満足そうな表情を見た、キシルは更に微笑む。

「キシルさん、実験の第一段階は成功ですね?」
「そうだね…改善点はあるけど、一先ず成功ということで…モンちゃんありがとう。」
二人の少女は、初めてのコーヒーと実験の成功を噛み締める。
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