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番外編1.彼女は親父キラー

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付き合いだして一週間も経たないうちに、俺は莉子を両親に紹介した。

莉子は物凄く不安がって緊張していたけど、俺は絶対気に入られると確信していた。

何と言っても莉子は年上受けが良い。これは営業で一緒に働いているときから羨ましいと思っていたが、天性の才能だと思う。

元来真面目な性格で一生懸命。地頭が良いから話し相手をよく見て、相手が気持ちよく喋れるように相槌を打つのも上手い。

にこにこしながら話を聞いてくれて、さらにユーモアまであり機転も利く。

建築営業の業界では、若い女性はなかなか活躍の場がないというのが現状で、莉子も始めの頃は理不尽なことを言われては、よく飲みながら愚痴っていた。

それでも愚痴ってスッキリすると必ず『ああいうオヤジはメロメロに口説いてなんぼ!』と言い放ち、頭の固い年嵩の男相手に立ち向かう。

念入りに作った資料と倒れるまで無理して取得した資格で得た信頼、さらに莉子の魅力あふれるキャラクターを武器に有言実行。メロメロに口説いて契約を取り付けるのだ。

案の定、父とは恋愛結婚で今は専業主婦をしている母親はもちろん、我が社の副社長を務める父親は、そんな優秀な営業の莉子をいたく気に入ったようだった。

端から俺の恋愛や結婚に口を出す気はなかっただろうけど、莉子を気に入った両親が俺に見合いを持ってくる心配は万に一つもなくなった。

莉子もそれがわかったのか、『ありがとう、蓮』とはにかみながらも珍しく素直にとびきりの笑顔を向けてくれた。

メイクを変えてさらに可愛くなった莉子に我慢が利かず、そのままソファで押し倒してしまったのは、決して俺のせいではない。


そんなことをツラツラと考えながらデスクで残業をしていると、ふと書類ケースの上に置いていたスマホのバイブが着信を知らせた。

「……親父?」

珍しく父親からのメッセージ。
さらに意外なことに【水瀬聡志が写真を送信しました】とポップアップが出てくる。

「写真……って、はぁ?!」

ここが会社だということも忘れて声を張り上げた。同じく残業でデスクに残っていた数人の社員が何事かと俺を見るがそんなことに構っていられない。

写真に映っていたのは我が社の社長、水瀬仁志。爽の父親であり、俺の伯父である。

伯父がマイク片手に気分良く歌っている写真。反対の手は女性の肩を抱いている。

普段なら、酔っ払って店の女性に絡んでるのかと一瞥して終わりの写真も、肩を抱かれ一緒になって楽しそうな顔で歌っているのが自分の彼女となると話は別だ。

「何してんだ、あいつは!」

作りかけの資料を保存しパソコンをシャットダウンする。

足元に置いていた鞄と椅子の背に掛けていたコートを引っ掴むと、フロアに残る人に「お疲れさまでした」とおざなりに挨拶して会社を出た。

スマホを見るとご丁寧に親父から今いるであろう店のURLが送られてきた。

【莉子ちゃんと兄さんとカラオケなう。】

何が『なう。』だ、バカ親父!

さらに莉子からもメッセージが届いていたことに気が付いた。

【聡志パパと仁志パパにご飯連れてってもらうね】
【お父さんの話したらカラオケ行きたいって言うから行ってきます。仕事終わったら連絡してねー】

呑気なメッセージと共に、俺が以前気に入って使っていたパンダのスタンプが一緒に送られてきていた。

笹ではなく骨付き肉を口いっぱいに頬張っているパンダと、マイクを持ち目を閉じてうっとりと歌っているパンダ。

……なぜだろう。俺が自分で使っているときはとても可愛いと思っていたのに、そこはかとなく腹立たしい顔に見える。

親父達が莉子に聡志パパや仁志パパと呼ばせていると知ったのは、両親に紹介して一ヶ月も経たない頃だ。

いつのまにか連絡先を交換していて、今や息子の俺を差し置いて莉子だけを食事に誘うという気に入りぶり。

母も一人息子で実家に寄り付かない俺よりも、一緒に買い物ができる莉子を娘のように可愛がっているらしく、先週は実家で一緒にお菓子作りをしていた。

莉子の年上キラーぶりを改めて実感し、タクシーに乗り運転手に店の場所を伝えてから大きくため息をついた。

今日は金曜日。店に着いたら彼女を親父達から奪い返し、早々に家に連れ帰ろうと算段をつける。


【今から向かう】

【うん、お疲れ様】

【まじで、なにしてんの】

【飲んだり食べたり歌ったり? え、なんか怒ってます?】

【スケベ親父に肩抱かれてんじゃねぇ】

【ぇ、あなたの父上と伯父上ですけど】

【土曜、予定ないよな?】

【ない以外の回答は許されない空気を醸されても……】

【もうわかってると思うけどさ】

【さんま】

【まじで寝かさないから。覚悟しとけよ】


相変わらずバカみたいなメッセージのやり取りに一人ほくそ笑む。

急に返信が文章ではなく単語になったのは、俺が何を言ってくるのかわかって空気を変えたかったからだろうと容易に想像がつく。

莉子は俺をエスパーだ何だと口を尖らせるが、彼女はとてもわかりやすい。それに加え、三年以上いつか自分のものにしようと見てきた彼女のことが分からないはずがない。

これを読んで莉子がどんな顔をしてるのか、想像するだけで身体中の血が沸騰しそうなほど彼女が欲しくてたまらない。

目的地の前に着き、精算を終えてタクシーを降りる。

きっと顔を真っ赤にしているだろう可愛い彼女を連れ帰るために、俺は店のドアを押し開けた。



fin.
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