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溺愛開始
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しおりを挟む「どうかしたか?」
「……別に」
でも今はそれ以上に物申したいことがある。だけど始業前とはいえ会社でする話ではない。
「蓮兄、用が済んだら自分のフロア行ったら? かなり目立ってるよ」
爽くんの言う通り、始業前とはいえ大多数の社員がすでに出勤してきている。半年前までこの課にいたとはいえ、朝から蓮がこの場にいるのはかなり目立つ。
「俺への牽制も。めっちゃ目立ってるし、なんか逆に煽られる」
ニヤリと笑いながら私の首筋にツンと指先で触れた爽くん。思わずビクッとして首を押さえると、蓮が物凄い勢いで私を引き寄せた。
「爽」
一言険のある声で名前を呼んで咎め、眼差しだけで相手を切り裂いてしまいそうな鋭さで爽くんを睨みつけている。
そんな朝のオフィスにそぐわぬ蓮の迫力にも「おー怖っ」と全然意に介さず首を竦め、自分のデスクに足をすすめる。
相変わらずの爽くんの態度に、怒っていいんだか安心していいんだかわからず苦笑するしかない。
すると私の腰を抱き寄せていた蓮が、幾分視線の鋭さを軟化させ私を見下ろした。
「お前、今週の水曜定時で上がれるか?」
「ん?あさってってこと?」
予定を確認すると、ノー残業デーとあって基本厄介な外回りは入れていない。
午前中と午後に一件ずつ、以前担当したお施主様へ何か困りごとはないかアフターフォローのお伺いに行き、帰社したら事務処理や次の日の営業の資料を作る程度。
「うん、上がれると思うけど」
予定を聞いてきた蓮にそう伝える。
飲みの誘いだろうか。今までだって水曜にお互い予定がなければ飲んでいたけど、わざわざデスクまで来て確認されたことはない。
不思議に思っていると、蓮は何でもないことのようにさらりと告げた。
「水曜の夜、親父も時間あるっていうから」
「……は?」
「両親に紹介する」
――――――……はい?!
「飯でも行こう」
「いやいやいやいや!」
親父って。親父ってあの親父?ホームページ探したけど顔写真載ってなかったあの親父?!
「急にどういうこと?!」
付き合って一週間もしないで彼氏の両親とご対面だなんてどんな試練?
しかもその親父、もとい父上様は我が社の副社長様ですよ。ハードモード過ぎじゃない?
「莉子が居もしない社長令嬢とか見合い相手に妬いて俺から逃げ出したりしないように」
「え?」
私のため?
お見合いしたりするんじゃないかとか、社長令嬢がライバルとして現れるんじゃないかって私が心配してたから。
否定するためにご両親に会わせてくれるってこと?
でもまさかご両親だって、自分の会社の一社員だとは思っていないんじゃないだろうか。
それこそ『どこの馬の骨』かもわからない私を紹介したところで、将来お見合いを勧められるリスクは変わらないのでは。
「いや、でも……」
「心配ない。莉子のこと伝えたら大歓迎だって言ってたから」
「もう話したの?!」
「建築営業の紅一点だって話したら、親父が楽しみにしてるって」
手が早い! もとい、手回しが早い!
しかもすでに私だと特定出来る情報を与えてしまっていて、断れない状況だと知る。
絶句している私に、蓮は不敵な笑みを見せる。
「もう逃げられないから」
「蓮……」
「あと、やっぱりそのメイクの方が可愛い」
わざと屈んで耳元へ囁かれ、瞬時に耳を庇いながら後ろにのけぞる。シレっと職場でも『可愛い』と甘い言葉を吐く蓮を、信じられない気持ちで見つめた。
「ははっ、なんて顔してんだよ」
「じゃーな」と笑って軽く頭をぽんぽんと叩くと、そのまま颯爽と営業のフロアを去っていった。
【水曜、何食いたい?】
【いきなりすぎじゃない?】
【いずれ紹介するんだし別にいいだろ】
【ろくなこと喋れる気がしない】
【いつものことだ】
【『大丈夫、オレがついてる』的なとこじゃない?】
【言ってやってもいいけど照れて逃げるなよ?】
【余裕なのが腹立つ】
【つーかしりとり飽きたわ】
【私が始めたんじゃないし!】
【勝負事で負けたくない】
【意地っ張り】
【莉子の彼氏はだれ?】
――――――……。
『蓮』と送ってやるのが癪で何かないかと考える。
れ、れ、れ……。
『れ』から始まる言葉が思い浮かばず、返信するのに時間が空いてしまう。
すると、何も送っていないのに【勝った】という文字と例のパンダ。新作なのか、小躍りしている様がイラつきを誘う。
きっと今私が考えていることなんてお見通しなんだろう。相変わらずの自分たちのやり取りに知らないうちに頬が緩む。
しりとりだろうとなんだろうと、蓮には一生勝てない気がする。
【蓮】
【ん?】
【んっとね、大好き】
始業二分前、蓮がスマホ片手に自分のデスクで突っ伏していたことを、私は知る由もなかった。
fin.
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